Aさんは53歳、小学校の教員をしていました。新学期が始まり忙しい季節を迎えましたが、入学式の頃から元気がなくなってきました。

妻のBさんが心配して、近くのかかりつけ医を受診させたところ、特に異常はなく、うつ病の可能性があると言われました。

精神科でも受診したところ、そこでもうつ病と診断され、抗うつ剤の治療を受け、医師の勧めもあり、しばらく休職することにしました。

休職してしばらく経ってから、いきなり「散歩に行く」といい、出掛けることが多くなりました。
また、本箱の整理や部屋の整理に夢中で何時間もかかりっきりということがありました。

そんなある日、お酒を1升瓶で買ってきて、短時間に大量に飲んで寝てしまいました。今まであまりお酒を飲まなかったのに、何か人格が変わってしまったかのようでした。

そんなある日、警察から電話があり、Aさんがスーパーで万引きをしたため身柄を拘束したという連絡が入りました。
慌てて迎えに行くと、Aさんは素直に罪を認めて、反省をして、座っていました。
警察官の説明では、スーパーの酒売り場から1升瓶を持ち出し、レジを通らず外に出たということでした。

このあとAさんは、ある病気と診断されました。さて何て言う病気でしょうか?


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答え:認知症です。

若年性認知症に多い、前頭側頭型認知症(FTD)です。

そばにいる家族は、うつ病など他の病気を疑い、発見が遅れる傾向があります。

この病気は、50~60歳代に発症することが多く、アルツハイマー型認知症のように、記憶障害や見当識障害がほとんどありません。

↓こんな症状が出たら要注意です。
・今までの本人からは考えられない反社会的な行動をする
→反社会的行動とは、万引きや痴漢、他人の家の植木を引き抜くなどです。

・自分勝手な行動、生活を送る
→仕事や家族、友人、趣味など関心を持たなくなり、自分勝手に行動して周囲を驚かせます。

・執着心が強く、同じことを繰り返し行う

・スケジュール通りに行動することを固く守ろうとする

・会話ができなくなる
→本人から話題提供することがなく、話しかけても表面的な答えしか返ってこない

・喜怒哀楽を表さない


現在ではまだ、前頭型側頭葉認知症に効果的に効く薬はありません。
精神を安定させる薬を飲むと症状を抑える効果が期待できますが、病気そのものは治りません。

この病気は、認知症と言っても、ADL(日常生活動作)は自立しているので、介護認定を申請しても、要支援さえも出ない可能性があります。

もし反社会的な行動で警察に連行されてしまったら、診断書を見せて、病気であることを説明すれば、釈放されるでしょう。

このように、前頭型側頭葉認知症になると、家族は精神的にも負担が多い介護になるのです。

こんな認知症もあるのだと、頭の片隅に覚えていただければ幸いです。

(和光病院院長 今井幸充先生の講演会より)