最近、よく耳にする言葉に、「ベスト・インタレスト」という言葉があります。
直訳すると、「最善の利益」ですが、本当は、「本人にとっての最善の利益」という意味です。
介護、福祉、保育に携わっている人なら聞いたことがあるのではないでしょうか?

僕は不幸なことに、聞いたことがありませんでした。
もしかしたらどこかで見聞きしたことがあるかもしれませんが、大事なことだと思わず、忘れてしまったのかもしれません。

ベスト・インタレスト(best interests)とは、イギリスの成年後見制度にあたるMCA 2005(Mental Capacity Act 2005)、2005年『意思決定能力法』の中に書いてある原則の1つです。

参考までに、以下が5つの原則です。

・第1に,人は,意思決定能力を喪失しているという確固たる証拠がない限り,意思決定能力があると推定されなければならない
(第1原則:意思決定能力存在の推定の原則)

・第2に,人は,自ら意思決定を行うべく可能な限りの支援を受けた上で,それらが功を奏しなかった場合のみ,意思決定ができないと法的に評価される
(第2原則:エンパワーメントの原則)

・第3に,客観的には不合理にみえる意思決定を行ったということだけで,本人には意思決定能力がないと判断されることはない
(第3原則)

・第4に,意思決定能力がないと法的に評価された本人に代わって行為をなし,あるいは,意思決定するにあたっては,本人のベスト・インタレスト(最善の利益)に適うように行わなければならない
(第4原則:ベスト・インタレストの原則)

・第5に,さらに,そうした行為や意思決定をなすにあたっては,本人の権利や行動の自由を制限する程度がより少なくてすむような選択肢が他にないか,よく考えなければならない
(第5原則:必要最小限の介入の原則)

これに沿って考えるならば、2年前の僕は、両親共に認知症という現実を見て、何が本人の意思なのか、あらゆる手段で確認しなければいけませんでした。

意思が確認できない場合というのは、相手が植物状態でもない限り、必ず確認できるとされています。それをしないということは、怠慢になります。

実は、日本の法律でも似たことを規定しています。

民法858条(成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮)
成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。

成年後見人をしている人は、この民法858条を忘れ、「成年後見人は、財産管理と身上監護(介護契約)だけすればいい」と解釈している人がたくさんいると思います。
でも本当は、本人の意思を尊重して方針を決めなければいけないのです。

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僕が両親の遠隔介護を始めて1年の間に、大きな分岐点と言うか、決断を迫られたことが2回ありました。
今ふりかえると、2回とも、本人にとってのベスト・インタレスト(最善の利益)ではありませんでした。

1つ目は、父親です。
母親にちゃんと世話してもらえなくて、父親が脱水症状を起こして起きられなくなった時、僕は父親を入院させる(母親から離す)ことを決意しました。
でも、父親の意思を確認することや、父親にきちんと説明することをしてなかったと思います。

母親から離すこと、それが父親にとってのベスト・インタレストだったのでしょうか?

でも、あのまま放っておいたら、父親は死んでたと思います。
医師だった父親なら、相手を生かそうとするはず、元気だったら理解してくれるはず、そんな気持ちもありました。
でももっとちゃんと父親に説明や説得をして、父親の思っていることを聞くべきでした。

もしかしたら父親は、母親と離れて暮らしたくない、もう充分生きたからいつ死んでもいい、最期は自分の家で母親や子供らに看取られながら迎えたい、と思ってたかもしれません。今となってはもう確認できませんが…。


2つめの分岐点は、母親です。
父親が入院したことにより、実家で母親の独り暮らしが始まりました。
(父親が入院することになった時、母親も一緒に医者の説明を聞いていましたが、入院準備をしている姉と僕に対して、母親は何してるの?と聞いてきたので、母親は医者の説明を理解していなかったと思います)

独り暮らしになった母親は、訪問介護を手配しても、来てくれたヘルパーさんを必要ないと断るし、デイサービスを手配しても、一人では決して行きませんでした。

認知症の人が独り暮らしをすると、認知症がいっそう進むとよく言われます。その通り、母は次第に認知症が進み、財布をなくすことが多くなり(物盗られ妄想:自分で片付けたことを忘れ、他人が盗ったと思い込む)、お金を渡しても買い物に行かなくなり、母親は住み込みで働くと言い、身の回りの物や冷蔵庫の中身をみんな袋にいれてしまい、車で迎えが来るのを待っていました。
でも、働くことが決まったというのは母親が勝手に作った話なので、待ってても誰も来ない訳で…。
僕もそんなに毎週のように実家には行けないし、姉も行けないし、冷蔵庫に食べ物を入れていっても、袋にいれちゃうし…。迎えがすぐ来ると思っているから、買い物にも出ないし…。

そういう訳で、母親にはもう独り暮らしは無理だ、もう限界だなと思った時、決断しました。
後期高齢者の義務である健康診断と嘘をつき、母親を病院に連れていき、医師の診察を受けさせました。
前回検査した結果を見ると栄養が足りないので、このままだと栄養失調で倒れるので入院してくださいと、医師は母親を説得したのですが、母は入院しないと嫌がります。姉も涙流して説得したのですが聞かず、しょうがないので、医師の診断と家族が同意し、母親の同意なしに医療保護入院(強制入院)させました。

あの時、母親は入院しませんと意思表示してたので、母親にとってのベスト・インタレスト(最善の利益)は、入院せずに実家でそのまま生活することだったと思います。

僕はできるだけ母親の希望通り自宅で暮らすようにギリギリまで我慢したつもりです。しかし、独り暮らしはもう無理でした。あのままでは母親も栄養失調で倒れていたでしょう。苦渋の決断でした。

強制入院した母親は、強制入院させた僕らを恨んでおらず、家に帰りたいとは全然言わず、毎日きちんと3度食事をして、集団生活する病院に慣れていました。
(たぶん強制入院させられたことを忘れていて、まもなく父親が迎えに来てくれると思い込み、おとなしく待っていた様です)

退院後、父親と同じ老人ホームに入居できたので、遠隔介護している僕にとってのベスト・インタレスト(両親が同じところに住む)は実現しました。

施設の意向で、母親は1階、父親は2階と分かれたので、あまり会うことはなかったのですが、施設内でイベントがあると、二人を会わせて隣同士で参加させてくれました。写真に写った両親はとても幸せそうな笑顔でした。

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昨年の成年後見の利用状況を見ると、昨年親族が成年後見人等になったのが29.9%(前年比:-5.1%)、専門職(司法書士、弁護士、社会福祉士、行政書士など)がなったのが65.6%(前年比:+5.9%)です。
残念ながら、親族後見人の選任が減り、専門職後見人の選任が増える傾向にあります。

成年後見制度利用促進法では基本理念として、ノーマライゼーション、自己決定権の尊重、身上の保護の重視をあげています。

どうしてこの3つが基本理念になったかと考えると、専門職後見人は、財産管理を優先して行い、身上監護や自己決定権の尊重をきちんと考えて実践している人が少ないからじゃないでしょうか?
でもそれって、民法858条を正しく理解していないということになるんですよね。民法も勉強して国家試験に受かっているはずなのに、士業失格ですね(^_^)

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コミュニケーションの基本は『傾聴』『受容』『共感』だと言われます。

ですが、専門職後見人(特に弁護士や司法書士)は、時間が足りないのかわかりませんが、少し話を聞いただけで、すぐ結論を出す傾向がある気がします。

認知症の人と会話して、相手からニーズを聞き出すことは、とても難しいと思いますが、もっと話を聴いてあげてほしいです。そして共感してほしいです。
それが、本人にとってのベスト・インタレスト(最善の利益)を実現する近道だと、僕は思います。