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と
の現在に至るまで
父母のW認知症を機に、実家へ単身赴任。2年余り介護同居していました。
父は、2023年特養へ入居。
認知症は進んでいますが、支援員さんにお世話になりながら、穏やかに
暮らすことができています。
母は2020年MCI(認知症の前段階)と診断され、現在まで服薬継続中です。
2022年母の弁膜症が発覚し、2度目の手術。入院による認知症の急激な悪化を心配するも、ほぼ術前と同じ状態をキープ。
記憶、見当識障害があり、入院を機に介護保険を申請し認定されました。(当時要介護2→現在1)
2024年7月、私の就職を機に介護同居を解消。週2回のヘルパーさん訪問と週末に様子見に帰省する通い介護となりました。
2025年6月、母の卵管ガンが発覚し7月に緊急入院、そのまま家に帰ることなく旅立ちました。
遡って書いています。
葬儀当日。
家族葬で20名以内くらいかなと予想していた参列者が、ありがたいことに定員オーバー気味で、式場に椅子を足してもらいました。
棺をのぞき、遺影を見ては
「いい顔してるわ。。」
「めっちゃ良い写真やねぇ。。」と
みんな口々に褒めてくれました。
去年、父の特養に面会に行った帰り
古民家カフェで私が撮ったもので
見るたび
穏やかな母の気配に包まれるような
幸せな気持ちになる1枚です。
そして本来なら喪主として
この場にいるはずの父ですが
認知症で特養にいるため
母の訃報は知らせていません。
娘の私から見た父母は
お互いマイペースで
淡々とした夫婦でしたが
めちゃくちゃ孫煩悩な両親でした。
晩年トラブルに遭ったり
W認知症になった事で
それまで見たこともない
修羅場を繰り広げた事も
あったふたりでした。
今思うと、GWの面会が
父母が会った最期になりました。
夫婦として長い時間を過ごしても
こんな別れもあるんですね。
いつか向こうで
ふたりが再会した時
父「お母さん、先に来とったんか![]()
ワシゃあ、全然知らんかったが!!」
母「私だって、お父さんを見送ってからもっとのんびりして行くつもりじゃったのに〜
!」
とか話しそう、、、![]()
穏やかで優しげな雰囲気の
ご住職のお経が響く中
頭の中で母の戒名を反芻し
お経本を持っていないので
リスニングのみ。
(四十九日では小冊子が配られ
一緒に唱えることが出来ました)
喪主挨拶は開式前にそれぞれに
挨拶したので省略させてもらい
もう一つの小さな懸念はご焼香
参列者としてのご焼香は
何度も経験しているし
前の方々を真似ることもできますが
ふと、喪主としての焼香スタイルに
不安を抱いた私は前日にYouTubeで予習。
しかしそれは杞憂に終わりました。
家族葬のコンパクトな式場に
20数人入れば、焼香台スペースはなく
初めて見る「回し香炉」なるものが
キャスター台に乗って
奥から静々と登場しました。
着席したままご焼香を行い
スッと隣の夫に回すだけ。
母の冥福だけを
祈ってれば良かったものを
いらん心配が出来るくらい
余裕のある自分が
なんだか薄情な人間のようで
心中は少し複雑でもありました。
式は1時間ほどで終わり
棺に花入をしながらお別れの時。
旅立ちには靴がいるよねと
生前母と一緒に選んだ
スニーカーを棺に入れ
いつもかけていた眼鏡は
入れる事が出来なかったので
私が形見に貰うことにしました。
花一杯に埋め尽くされた母に
娘が「ばぁばに手紙を書いた。」と
小さな封筒を出して来ました。
無くさないように
手に持たせてあげよう?
母の手に封筒を握らせながら
ばあちゃんとの思い出が蘇ったのか
娘がわっ
と泣き出して、、、

囲まれた母の姿は
とても安らかで
とても幸せそうで
近しい人に見送ってもらえた
とても温かいお葬式。
みんなに感謝の気持ちで
胸一杯になりました。
よかった、、、
よかったよね?
お母さん
出棺が終わり
参列者に見送られながら
私が白木位牌を胸に
妹が遺影を抱いて霊柩車に乗り
一足先に斎場へと向かいました。
