長い人生の旅路のなか
いろんな道があって
人と人が出逢って、別れて、また出逢って。
糸のように、絡まって、ちぎれて、結んで、またほどいて。
様々な感情を味わい、感じるなかで、
自分という生き物を知っていく。
自分の人生を知る。
わたしも少しずつ思いだしていっている。
この世に生まれた意味を。目的を。
わたしは一体 誰なんだろう?
どこに向かっているのだろう?
何がしたいんだろう
わたしは一体。。。。
長い旅路のなかで、何度も立ち止まっていた。自分のなかで肥大する
罪悪感、不安、心配。
入ったことがない道に入ることはその当時、覚悟もないわたしには到底できるはずもなく
また目の前の道の歩みを再開するしかなかった。
これでいい、これでみんなが幸せだったらそれでいいとさえ思っていた。
しかしながらある日、
あなたの夢はなんですか?
と聞かれた。わたしは答えられなかった。なかったし、考えたこともなくて、その場でありきたりな夢を言った。
ある日から、”夢をもっているひと”、”本当の自分の可能性を信じてるひと”に立て続けに出逢った。
わたしが見たことない世界と人。
「本当の自分を生きること」「自分が何者かを知ること」
このキーワードが”普通のいい主婦”だった自己犠牲の塊の人生をがらりと変えることになる。
変わると決めて自分を信じた瞬間から、自分の内側も外側も急速に変容し、
もう昔の自分では生きれなくなった。
合わせることもできるけれど、合わせることを選択しようとは思わなくなった。
そうすると、乗っている列車の違いが明らかになる。
ずっと一緒にいた当時の人から、
「変わったね。前のあなたがよかった。前のあなたに戻ってほしい」
とも言われた。
今振り返れば、幸せは感じさせてもらったけれど、当時の自分は本音なんて出したこともなかった。
変わったんじゃなく、本来の自分に戻っていってるのだった。
明らかに、同じ列車だったひとが別々になっていく。
それはどっちが悪いとかじゃなく、氣付いてしまったら、それはしょうがないこと。。
その列車を降りるとき、少なからず不安がよぎる。
その隙を天は見逃すことはなく、
「本当にそれでいいんだね?」
と究極の”お試し”を投げつける。
そこでどれだけ自分が自分の魂の声をそのまま聞き入れるか、決めれるか。
私は、決めた。
人生、一度きり。
この身で、この自分で生きられるのは今回が最初で最後。
怖いけど、心配もあるけど、今度こそ自分を一番に満たすんだと。
そうして決めた末の、
離婚だった。
何回も悩んでから
気づけば十数年が経っていた。
それから年月が過ぎて、今、。
わたしはまた全くまた新しい道を進み始めた。しかしその道は新しい、でもなく、
帰り道だった。
後半へ続きます
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