ファンとしては複雑
こんなことを考える昌磨ファンはわたしだけかもしれない(そうであってほしい)。でも、なんだかな、と思ったことは、のちに自分の汚点となるかもしれないけど書いておく。生で雑談配信が、今後もあるとのこと(自分で直接聞いたわけではない)。アーカイブには残さない、とのこと。ファンといってもひとくくりにはできない。一日に何度もSNSをチェックし、今日配信があると知ってその夜遅くまで配信を聴くことができる人は、もちろんたくさんいるだろうが、ファン全体に対する割合はそんなに高いとは思えない。そういう人は、発信能力も高いからSNSでは目立つけれども、大多数は、SNSは情報収集だけで発信しない、発信する余裕はないファンだろう。朝6時前に起きて子供のお弁当を作らなければいけなかったり、通勤しなければいけなかったらとても夜中の1時、2時まで起きてはいられない。もし、配信当日に突然告知があり、聴ける人だけ聴いてくれればいいよ~、アーカイブは残せないよ~、というやり方で何回も続くようだったら、正直萎える。彼の演技は好きだ。わたしにとって代わりがきかない、特別な選手だ。滑り続けてくれる限り、わたしはその演技を追い続けるだろう。でも、熱烈なファンとして、応援の気持ちでグッズを買うには、ある種の勢いがいる。お祭りの輪に入れない寂しさが重なると、その勢いは完全に失せる。「余計な出費がなくなってラッキー」と喜ぶべきなんだろうか。