人間はやっぱり自分の経験の範囲でしか

物事を察せないものなのだろうか?


知らない痛みは察せない・・・・

何だかんだ言ってみてもそういうものなのかもしれない。


こないだ友だちに新しい彼が出来たという事で紹介してもらった。


とっても気さくな人でお話しも面白くて、素敵な人だった。


だた、話の中で少しだけ「怖い」と思った瞬間があった。


その2人はお互い別に長年付き合っている彼氏・彼女がいる状況で出会って、

惹かれあって、お互いの彼氏・彼女と別れて最近付き合い始めたばかり。


会話の中で、お互いの元彼女・元彼氏の話が出てきた。

その時、2人が

「やっぱり似た者同士が上手くいくんじゃないかな?

結局、俺たちって似てると思うんだよね。

だから極端な話、俺の元彼女と○○(今の彼女)の元彼氏が

付き合ったら性格的にぴったりなんじゃないかと思うんだよね~」

と言っていた。


これはあくまで冗談の一種だし、当人たちにとって深い意味などない。


けれど、そういって笑い合う2人を私は一瞬、怖い、と思った。


長年付き合って、振られてしまった元彼女・元彼氏の

痛みを私がわかるわけではないし、その場に合わせて

相槌を打っていた私も私だけど。


人は幸せな時は人の痛みには鈍感なのかもしれないし、

恋愛というのは概してそういうものなのかな?


ちなみに2人は異性に振られてしまったとか、そういう経験がないらしい。


知らないものはわからない?

知らない、というのは、幸運な偶然の産物であって、罪ではない?


別居前の私だったら

この発言にある種の怖さなんて感じたりしなかったのかもしれない。

目も前の幸せそうな2人以上の風景に想いを廻らせる事もなかったのかもしれない。


別に痛みを知る事、分かる事が高尚なことだとか、そういう事が言いたいわけではない。


ただ、やっぱり人は知らない痛みは察せないものなのかもなぁ、と思った。


私にも察せない痛みや苦しさが世の中にはたくさんあって、

私が何気なく話した言葉で、誰かに「怖いな」なんて思わせてきたのかもしれないんだなぁ、と。。。







私と夫の間でひどい喧嘩が繰り返されるようになった発端は

私と義母の仲がしっくりいかなくなった事から始まった。


でも、嫁姑というのはどこの家庭でも多少は揉めるものだと思う。

私は自分の実家に母方の祖母が同居していたので、

幼い頃から嫁姑の確執がどういうものかを見て育った。


彼に提案された同居を承諾した時から、ある程度のことは覚悟していたつもりだった。


離婚を考えるようになった当初は、正直、義母を恨んだこともあった。


でも、発端が例え嫁姑問題だったとしても、それで壊れてしまったということは

完全に私たち2人の間に問題があったということだ。

世の中にはそういう問題も乗り越えて絆を深める夫婦はたくさん存在しているのだから。


夫は代々続く家業の跡取り息子だった。

最初は私も意気込み過ぎていたのだと思う。

恥ずかしくない嫁でいなくては、と常に緊張し、気分が張り詰めていた。


姑は、夫の家業をフォローしながら3人の男の子を育て上げたタフな女性で、

何でもテキパキとこなす、気の強い人だった。


私はものすごくおっとりした母親に育てられたので、最初はそのはっきりした

物言いがすごく怖くて、内心ビクビクしていた。


でも、必要以上にビクビクしていたのでは仕事も覚えられないし、

ああいう女性にはうっとおしく写るだろうと思い、私なりに必死で付いていっているつもりだった。


夫は長男だったので、将来的に跡を取るというのが暗黙の了解だったが、

義父もまだまだ現役だったので、修行という意味もあって、関連企業に勤めに出ていた。

そういう環境だったので、必然的に私は義母や義父に付いて1日の大半を過ごしていた。


そんな日々のストレスをやってはいけない事だと頭では分かりつつも、

外で疲れて帰って来る夫にぶつけてしまう事が多かった。










自分の離婚話とは関係ないのだが、最近立て続けに似たような男性の話を聞く機会があった。


一人は結婚9年目で別居、子ども2人、現在離婚裁判中、子どもは奥さんが引き取っている男性Aさん

もう一人は結婚3年目で離婚、子ども1人、子どもは元奥さんに引き取られている男性Bさん


Aさんは仕事関係で知り合った人で、お互い別居中の身ということがわかって以来、たまに一緒に食事をしたりする。

Bさんは大学時代の友達の彼で、友だちを含めたまに会う。


AさんとBさんは職業も年齢も生活スタイルも全く異なる2人だけど、

この人たちと話していると、何というか、似たような疑問を感じてしょうがない。

それは、子どもに対する考え方というか、子どもの事を第3者に話す時の話し方がすごく似ているのだ。

そして、私は「それはポーズなのか?真実なのか?」とても疑問だ。


もちろん、世の中には離婚を経ても子どもを愛情深く育てている男性もたくさんいらっしゃると思うし、

現に私の周りにもそういう男性もいる。

私が、AさんとBさんにたまたま立て続けに会ったために、気になっただけのことかもしれない。


会話の中で、新たなパートナーとの関係とか新しい女性との出会いとかそういう事に話しが及ぶと、

私はAさんに対しては「子どもの事はその人はどう言ってるの?」と聞いてしまう。

Bさんに対しては彼女が側にいる事が多いので、私から聞くことはないけど、彼女とBさんとが子どもについて話してるのを聞いている。


AさんもBさんも

「自分が子どもの父親であることは一生変わらないし、それなりに責任(つまりは主に金銭面)は果たしていくつもりだけど、子どもは母親に引き取られているわけで、将来的な自分の生活に子どもは全く関係ない」というスタンス。

「全く関係ない」というような直接的な表現は使わないけど、でも要はそういうことを言っている。


「子どもがいる離婚経験者」が、これから新たな恋人を得るのは、一般的に言えば独身男性よりはハードルが高いのかもしれないけど、だからと言って、「それはそんなに大した事じゃないから」という事をむやみやたらに主張されるとかえって逆効果な気がして仕方ないのは私だけだろうか?

失礼を承知で言わせてもらえば、そういう発言をしているAさん、Bさんを何か浅ましい・・・と思ってしまう。

子どもを持ったことがない私がこういう事を言うのはおこがましいのかもしれないし、女性である私が思う子どもと男性のそれは違っていて当たり前なのかもしれないけど。


そういう子どもに対するスタンスはポーズなのか?

本心では子どもと将来的にもちゃんと関わっていきたいと思っているけど、それを言うと新たな恋愛にとっては大きな障害となりそうで、口に出せないのだろうか?

それとも、これは本心で、新しい恋愛云々とは無関係に本当に精神的に父親であることは放棄したいのだろうか?

よくわからない・・・・


もし私が子どものいる離婚経験者と恋愛関係になるとしたら

物理的にも精神的にも自分がその子たちの父親であることの責任を全うしたいと思っている人

(現実的にいろいろ問題があったとしてもそういう気持ちを持っている人)

の方がよっぽど魅力的に見えるだろうと思うが・・・・


元奥様や子どもたちに対してそういう態度を取っているということは、

もしいつか自分とも関係が上手くいかなくなった時に取る態度が透けて見える・・・という気がしてならない。


Bさんと付き合っている彼女にBさんをどう思うか?と聞かれたので、

やんわりと上記のような事が引っかかるかなーと言ったら

彼女は「やっぱりそう思う?私も何かそこが気になるんだよね・・・・だから長く付き合う相手じゃないなって最近思うようになった」と言っていた。。。


私は特に子ども好きなわけではないし、過去に縛られて生きるのも違う、とは思っている。

だけど、それと現実問題として自分が背負っているものの大きさをちゃんと認識する、ということは

別問題だと思う。


綺麗事なのかもしれまんせんが・・・・















このブログを書き始めてから夫との間にあった出来事も

ちゃんと言語化して、自分の中で消化していこうと思っていた。


気が付くと、克利やミサキのことを書くことの方が多くなっている。


物理的に夫と顔を合わせたり、何かしらのやり取りをしたり、

とうことがなく、膠着状態のような感じになってしまっているのも

原因のひとつだけど、、、、


やはり、私の中でまだ言葉にすることができないのだと思う。


夫とのことに関しては、思い出して、綴っていく、という作業が出来にくい。


夫との付き合いにおいて、考えてみれば、私は本当に無防備だった。

そういう意味では、本当に心から初めて他人を愛した、ということだったのかもしれない。


何も飾らなかったし、駆け引きも、計算も、そんなことは考えもしなかった。


そのままの気持ちでいつも接していて、彼もそれを受け止めてくれていたのだろう。


そうやってやってきた分、上手くいかなくなったとき、

そのままの剥き出しの心が傷だらけになっていった。

それはお互い様だったと思うけど。


克利との事は、とても悩んだし、それなりに苦しいとも思ったけれど、

やはり、どこか始めから自己防衛をしていたような気もする。

いつかは終わってしまうものだから、と。








それでも、やはりいつまでも逃げ続けるわけにはいかない。

自分の中で整理を付けて、消化していかなくては、

私は本当の意味で前へ進むことはできないのだろう。









T氏は快く引き受けてくれた。

週末を利用して何件か不動産屋を回った。


場所については、会社にも私のマンションにも乗り換えなしで行けて、

でも、不自然でない程度に私のマンションよりも会社に近い辺りを

私からT氏に提案した。


T氏は「その辺りは住みやすいだろうからちょうどいいかもね」と

特に何の疑いもなく同意してくれた。


そして場所以外は私は極力口出しをしなかった。


「男の人が住みやすい部屋って女の視点とは違うと思うから」

私は、T氏にも克利にもそう言った。


結局、T氏が候補を絞って、写真を撮って、克利にメールを

送ってくれた。そして克利は部屋を決めた。


克利が選んだマンションは木に囲まれた素敵な建物で、

窓が大きく採られた最上階の部屋が克利の入居希望日にギリギリ間に合う

タイミングでクリーニングできるとのことだった。


ここに私は何回くらい来ることができるのだろう・・・とぼんやり考えた。





T氏に部屋選びを手伝ってもらおうと、なるべく私の趣味を排除しようと、

結局、そんなことは気休めに過ぎないのかもしれなかった。

そんな小細工をするくらいなら、いっそのこと、一切の言い訳をやめて、

すぐに別れるべき・・・・そう思う気持ちもあった。


でも実行に移せないのは私の弱さだ。

克利の新しい部屋を見ながら、ほんの少しだけ、ここで過ごす2人の時間に

想いを馳せることを自分に許してしまう私の弱さだ。


私たちが終わった後で、克利は、そんな私の弱さをどう思うのだろう?

克利の転勤に伴って、部屋探しを頼まれた。


会社が用意してくれる部屋も一応はあるらしいのだが

場所が私のマンションからは少し遠い。


それで、会社と私の部屋との間くらいに住みたいと言ってきた。

その方が私も何かと便利だろうから、と。


そう言われた時には克利とこれからも関係を続けていくことは無理だと

心を決めつつあった私だが、別れ話は彼が東京に来て、少し生活が

落ち着いてからにしよう、と思っていた。

転勤に伴って引き継ぎやらいろいろで、克利はいつもにも増して忙しそうで、

切り出すタイミングも掴めそうになかった。


私と別れても勤務が変わるわけではないわけだし、

そういう部分でダメになってしまうような人でもない。


だが、部屋のことはとても困った。

克利は部屋のことはすべて私に任せる、と言った。

私が気に入った所ならきっと自分も気に入ると思うから、と。


私と別れた後も私の選んだ部屋で生活するのか、と思うと

私のしていることはとてつもなく残酷なことだ。


どうしようか悩んだ挙句、私は克利と私の共通の友人のT氏に

一緒に部屋を選んで欲しいと頼んだ。


T氏はもちろん私たちの関係について知らないが、ミサキと克利が

付き合っていたことは知っている。

2人が別れた後も私と克利が友人関係にあることは知っているし、

克利ともそれなりに付き合いがあるので、頼み易い人物だった。


克利には「一人で部屋探しは心許ないから」と伝えた。

克利は、「それもそうだね。面倒な事頼んじゃってごめんね。」と言った。










ミサキに克利と私のことを話した時、

その私の話し方は相当ずるいものだったと思う。


夫との離婚問題で精神的に参っていたときに克利に随分

助けてもらったこと。(あくまで友人として)

その後、2人の間に恋愛感情のようなものが芽生えたこと。

でも、ミサキの帰国の報告を受けて考え直し、私は克利に甘えているだけ、

克利は私に同情しているだけ、なのかもしれないと思ったこと。

克利が東京転勤になったこと。


ミサキは驚いていた。

驚いて、言葉を失っていた。


でも、これらはもう起こってしまった過去の事で、

自分にとっては2人がこれからどうするつもりなのかの方が

重要だと言った。


私は、ミサキの反応を見ながらしゃべっていた。


「やっぱり、克利とは友人に戻るべきだと今は思っている。

克利にとっても私にとってもその方が良いと思う。」

と応えた。


克利からは、「ただの友人にはもう戻れないよ」と言われていた。

それは仕方のないことだ。

これは、友人を2人失うよりは、まだましだという私の打算だから。


ミサキは私のその言葉を聞いて明らかに表情を和らげた。

安堵しているのがわかった。


これで、良いのだと思った。







先日、難病を抱えながらも仕事を続け、できる限り普通の生活を送っている

友人と他愛もない話をしていた時に、

「京子の今の夢って何?」

と聞かれた。


答えられなかった。


夢・・・・何なのだろう?


友人は

「俺はこういう今の生活が一日でも長く続いてくれることが夢。

俺は今、すごく幸せなんだ。毎日、俺って幸せだなーって感じるんだ。」

と言った。


私にはずっと夢があった。

それはとても分かり易くて、具体的で、だからずっと走り続けられた。


結婚は夢ではなかった。

でも、夢を追いかける過程で結婚もできたら尚良いな、とは思っていた。

実際に結婚をして、その時、私は自分の夢と自分の結婚を天秤にかけたくなかった。

どちらも単純に失いたくなかった。欲張りだったのかもしれない。


だから、夢を先延ばしにした。

結婚して、新しい生活に慣れたら、また追いかけることができると思った。

とても単純に。幼稚に。


そして、今、結婚も夢も失ったような気がしている。


両者は独立したものではなく、私のなかでいつの間にか

重なり合ったものになっていたのかもしれない。


でも、それはいくらでも軌道修正できるはず。


人生は思い描く通りには進まない。

その度に幾度も軌道修正しながら、やっていくものなはず。

繰り返し、ひとつずつ、丁寧に。。。。。


このくらいで潰れる夢なら、私は本気で目指していたわけではないということ

なのかもしれない。


私の今の夢・・・・・・・


それは、また夢を抱けるようになることかもしれない、と思った。


夢は、それが叶うことも重要だけれど、

夢を抱ける、ということそのものがとても幸せなことなんだと、この歳になって気付いた。


彼は今が幸せだと言う。


幸せは自分の心が決めるもの、という言葉をどこかで聞いたけど、

本当にそうなんだと思った。


彼の望む今の生活がどうか長く続きますように、と心から願った。




克利の東京転勤が決まって、ミサキも帰国し、

ミサキと久々に再会を果たし、

私と克利とのことをミサキに話さなければいけない時がきていた。


どういう話し方をすればいいのだろう・・・・と悩んだ。


一番気をつけなくてはいけないのは

ミサキのプライドを傷つけないようにすること、だと思った。。。。


本当は「なるべく正直に、ありのままを話す」だと思う。

それが友だちに対してせめてもの誠実さかもしれない。


これがもし、私がこれからも克明と一緒にやっていく、と気持ちを

固めていれば、それが筋だと思う。


でも、私にはそこまでの覚悟はない。

というより、私にはまだ「未来」というものが描けない。

克利云々とは別にしても誰かと未来を描くような気持ちが沸いて来ない。


ありのままの自分の気持ちをもし正直に話して

「これからどうなるかわからないけど、とりあえずこういう事にはなってます」

というような報告をしたとして、ミサキはどう思うだろう?と考えた。


逆の立場だったら・・・・・

もし、本当に2人が真剣に一緒にいたい、と思っているという話なら

戸惑いはあってもまだ受け入れられる気もした・・・


結局、私のこの中途半端な気持ちが性質が悪い。

私にいろいろな事情や気持ちがあるにしろ、

みんなそれぞれに事情があるのは当たり前で、私が特別なわけじゃない。

客観的にみれば、私は克利の優しさや気持ちを利用しただけ、ということになるのだろう。


それは、ミサキのプライドをどれほど傷つけることだろう・・・・

「ありのまま」を話すということは、結局自己満足に過ぎないのではないか、と思った。

それで私は多少、楽になるかもしれないが、聞かされたミサキにとっては・・・・・



今更ながら自分の浅はかさに嫌気がさす。


克利と私の間にあった一連の出来事について、このブログでも非常に中途半端な

書き方しかできていないが、


実は、彼は今月から転勤で東京に来ることになった。


転勤が決まったと聞いたとき、私は正直戸惑った。。。


なぜだかこんなタイミングでミサキも克利も東京で生活することになろうとは・・・・


よりによって、こんな展開は予想だにしていなかった。


これはもう覚悟を決めてすべてをちゃんとしなくてはいけない、と

神様にでも言われている気がした。


まずはミサキに打ち明ける・・・


克利とこれからどうしていくか、正直、最近の私にはわからなくなっていた。

前はわかっていたのか、と問われればそれも違うのだけれど、

明らかに状況に気持ちが追いつかなくなってきていた。


仕事のことと私のことは関係ないのはわかっているけれど、

東京での生活に、私が近くにいる生活に克利がいろいろと

期待をしていることを心からは喜べない。。。。


不安と恐怖の方が大きい。


克利も私のそんな気持ちに気付いている、と思う。

気付いているけれど、そのことに触れれば、私から別れ話が出ることが

何となくわかっているのだろう。

明らかに不自然なやり方でその話題を避けている。


一方、私は、もう絶対に避けられない壁だと覚悟を固めつつある。