バックグラウンドに揺れている
つくばで生活していた頃、アパートの近くに「ジェーソン」というディスカウントストアがあって、飲み物やお菓子が極端に安かったからよく行っていた。本当によく行っていたから、店内にかかっている音楽が耳に染みついてしまって、いつの間にかメロディを口遊みながら買い物ができるようになった。四つ打ちリズムの上にシンセの独特な音色で軽妙なメロディが乗っていく、〈フュージョン〉風打ち込み音楽。そのサウンドのチープさはともかくとして、微妙に捻った楽曲展開が面白くて思わず聴き入ってしまうことも度々あった。店内BGMとして「買い物」という行為の後景に退くはずの音楽が、僕の場合は割と前面に浮き出てきて、「お、気持ちいいコードの動き」「なんだその展開は…」といちいち気になってしまうことが多い。
フュージョンバンドやポップなインストバンドをYoutubeで調べると、「スーパーの店内BGMにありそう」という書き込みを高確率でコメント欄に見つけることができる。このコメントを音楽に対する解像度が低いものとして捉えることは簡単だが、むしろ〈フュージョン〉音楽がいつの間にか日常のなかで後景的に現れがちであること、押しつけがましさがないため実際にBGMとして使われやすいものであることを改めて気付かせてくれるような書き込みとして捉えることもできる。
商業施設の店内音楽は予めBGMとして、つまり「気にならない」「聴き流せる」ことを念頭に置いて、作られ、選ばれ、流されている。〈アンビエント(環境音楽)〉的な色合いを帯びて、作家性はある程度稀薄になり、さらに鑑賞の楽しみよりも実用性を重視される。しかし、例えば僕がそれを音楽的に聴いてしまったり、どこか懐かしさを感じて愛着を覚えたりするように、あるいはもっと深いところへ降りてゆくようにして、そういった音楽に強く惹かれて情熱を注ぐ人たちもいる。
「架空のスーパーの店内BGM」を集めたコンセプト・アルバム『MUSIC FOR SUPERMARKET』(2007年)は衝撃的な作品だ。このアルバムを作ったBEST MUSICの小田島氏・細野氏は「近所のスーパーにマイクを持ちこんで店内BGMを録音していた」「2年くらいかけて作った」という。キャッチーなんだけど絶妙に薄味のメロディ、ダサさと気持ちよさの間を掴むキメ、一瞬であの空気感を創り出すサウンド。凄まじく高いクオリティで〈聴き流すための店内BGM〉が再構築されている。
音楽ライターの柴崎祐二氏は〈俗流アンビエント〉という新ジャンルを開拓し、掘り始めたきっかけとして、このアルバムの存在を挙げている。柴崎氏によれば、〈俗流アンビエント〉とは、実際に音楽的に評価されている正統派アンビエントとは違って、むしろもっと実用性に重きが置かれ、ある別の目的に向かって「聴き流す」ために作られた音楽を指す。買い物や店舗作業を妨げることなく居心地の良さを演出するために使用される店内BGMをはじめ、ヒーリングミュージックやイメージトレーニングのための音楽など、柴崎氏は今まで音楽的に主題化されることのなかったものを敢えて掘り起こし、主題化しようとしている。
既に評価されているもの、音楽として主題的に認識されているものたちを掻き分けて、ようやく辿り着く僻地の一部に〈俗流アンビエント〉はあるのだろう。そこではもはや音楽家の顔は見えてこないし、音楽を「聴かせてくる」作為も殆ど感じられない。
実は生活のなかで前面化して聴かれている音楽は、音楽全体のほんの一部分でしかない。日常の流れの後面においても音楽は豊かに鳴り続けていて、それは時折ゆらゆらと前面に顔を出す。店内BGMのカッコいいフレーズが不意に気になってくることも、〈俗流アンビエント〉が音楽的に主題化されてくることも、後方から前方へ現れ出てくる音楽の揺らぎとして捉えられる。普段後方で息を潜めているそれを音楽として捉え直し、突如として揺らいでくることを受け入れるかまえを持ち得る限り、私たちはまだ聴いたことのない音楽を聴くことができるのだ。
【参考】(最終閲覧日:2021年5月10日)
・『MUSIC FOR SUPERMARKET』商品紹介ページ
・「BEST MUSICは社会学!!小田島等+細野しんいち=BEST MUSICがコロナ禍の大復活」
・「ポスト・ミューザック考 第二回:俗流アンビエント」
・TBSラジオ『アフター6ジャンクション』「俗流アンビエントミュージックとは?」2018年11月13日
(以下、内容総括的なブログ記事)
文章:ゆうき(@taka_yu_45)
タコのマリネ氏とのリレーエッセイ。お互いの文章に緩く触発されて、さりげなく連続するような文章を交互に書き繋いでいきます。
のんびり続けていきますのでよろしくお願いいたします。 ゆうき