少しですが、身内話を。

 

19歳の時、姉が統合失調症になりました。22歳でした。

 

大学も慣れてきた頃、「お姉ちゃんの様子がおかしいから来て」と電話が。

 

疑問に思いつつ家に帰ると、姉が神妙な顔で親に何か話していました。

言っていることの仔細は掴みかねてだいぶ時間がかかりましたが、どうやら「一年前に殺人鬼と海で会って、一年、殺すのを延期してもらっていた。今日あたりがその約束の時期だ。だから殺人鬼に殺される前に、自分で死ななければ」と言っているようでした。

姉の様子は至極冷静でした。冷静に、以上のことを口走り、冷静にベランダから飛び降りようとしたり、外に飛び出そうとしたり、包丁を持ち出そうとしたりしていました。

 

衝撃でした。

昨日まで、普通に話していた姉です。

「変なことを口走っている」と言われた時、私は心のどこかで「意思疎通はできるだろう」と思い込んでいました。

ですが実際に話してみると、会話のテンポはスムーズなのに全く何を言っているかがわからない。

 

祖父、祖母も呼んで家族会議になり、令和の世なので、南京錠ではなく、家族が厳重に管理してる鍵がないと開かない仕組みのドアに改造して、姉が外に出ないようにしました。

 

姉の会社の内定は取り消しになりました。

 

 

それから1年、両親は姉をすぐ病院に連れていき、薬をもらい、社会復帰のためA型の作業所で働くことになりました。

 

姉は病気から回復しましたが、元には戻りませんでした。

 

薬により希死念慮や「殺人鬼」への執着が無くなった代わりに、性格が豹変しました。

一言で言うと、明るくなりました。

早口からゆったりとした喋り方になり、ぬい活や服の趣味が増えて、常にリビングにいるようになりました。

 

社会に戻ろうとする意思がある。会話量も増えて、自分の要求も言うようになった。

 

母も父も喜んでいました。私も笑いました。

でもその瞬間、絶対に思ってはいけないことが浮かんでしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰だ、お前は」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっとしました。なんてことを思ってしまったんだろうと思いました。でも、止められませんでした。

 

姉は変わりました。口調も、話し方も、声色も、仕草も変わりました。

 

姉は根暗でした。根暗で気むずかし屋でした。

 

漫画を90°以上開いたら「本が傷む」と怒るし、

誘っても全然来やしないし、

友達を作ろうともしないし、

からかったら怒りました。

 

めんどくさい人だけど、お菓子を買うときは黙って自分の分も買ってきてくれる。

そんな姉が好きでした。

 

今では、漫画を180°開いても怒らなくなりました。

自分からお出かけに誘いに来るようになりました。

インスタを始めて、♯繋がりたい タグをつけるようになりました。

からかっても何も言わなくなりました。

 

私のことを呼び捨てで呼んでいたのに、ちゃん付けで呼ぶようになりました。

好みまで変わって、イチゴ柄から花柄を好むようになりました。

苦手だったチーズや生クリームは、克服していました。

 

そう言う仕草をされるたびに、自分の中に「違和感」が募りました。一度持ってしまった違和感は、なかなか消えませんでした。そして積もり積もった違和感は、とうとう「不信」になりました。

 

もちろん、目の前にいるのは姉です。それはわかっています。ただ、目の前にいるのは「優しくて明るい」姉です。じゃあ、「根暗で気難し屋」の姉はどこに行ってしまったのだろう?

 

 

わかっていました。

他の人の体に、「根暗で気むずかし屋」の姉の精神が入るはずはありません。

ただ、姉が変わっただけです。

 

姉は、暗くて内気な自分を、病気を治すために殺してしまったのです。

 

病気になる前の姉とは、もう二度と会えないのです。

 

そう気づいた瞬間、涙が溢れて止まらなくなりました。

 

あの日から、病気にかかる前の姉は私の中で死んでしまいました。

根暗で気むずかし屋の姉は死んで、優しくて明るい”誰か”が残りました。

 

母は言いました。「きっとこっちが本当のお姉ちゃんだったのね」と。

でも、私にはどっちの姉が正気かなんて、判断できませんでした。

 

姉を姉だと思えない。

なんてことを思ってしまったんだろう。

自分の中で、とめどない自分への嫌悪感が溢れていきました。

 

以前の姉にもう会えないなんて悲しくて仕方がないし、こんなことを考える自分も最低だ。

 

暗いより明るい方がいいに決まってるし、無口よりお喋りの方がいいに決まっている。戻って欲しいなんて口が裂けても言えないし、言うべきではない。

戻ったらきっと姉は社会復帰から遠のくだろう。こんなこと考えても仕方ない。

 

そう思って必死に押し殺そうとしましたが、押し殺すにはあまりにも大きすぎました。

押し殺しきれなかった感情は、涙となって代わりに溢れてきました。

私はしばらく、声を殺して自室で泣いていました。

──

 

 

 

 

皆さんは、どう考えますか?

 

もし、あなたの大事な人がある日突然口調も好みも性格も全部変わっても、同じ人だと思いますか?思ったとして、今まで通りに接することができますか?

 

 

家族の幸せを願って。

 

 

 

 

注意:文中にありましたが、私はこの文章で姉をどうこうしようというつもりは一切ありません。どこかに吐き出さないと辛いから書きました。むしろ墓場まで持って行くつもりです、したがって私の関係者がこれを見たとしても、決して触れないでください。