今日、お世話になった寮の職員さんの通夜があります。
お世話になったと言っても、近くの別寮の方なので、ほとんどは合流の時期にだけ会うので
”昨日亡くなった”
と聞いたときは目を丸くしたものの
いまいち 亡くなったのだという意識に切り替わることができなくて
人の命は尊いのに
人の死はこんなにも実感がわかないものなのか
ものごころついた時から母が居なかった。
わたしを産む際に出血多量で亡くなったと聞いても
どこか鈍く現実味のないまま毎晩泣き
小学生の頃のある夜、ひとり布団の中で
”将来わたしが母になったときには自分の子供には絶対こんな寂しい想いはさせない”
と誓った
死 というものについて考えさせられながら
死と隣り合わせに生きてきたのに
今日もどこかで亡くなっている人がいるというのに
何故こんなにも実感のわかないままなのか
父とは中2の時に離れ
それからもう5年以上会っていない
そんな父がもし明日亡くなったら
どんな気持ちになるのでしょうか
それさえもわからない
周りにいる全ての人
わたしはきっと大切に扱ってなどいなくて
時には適当に 雑に 接してしまう時もある
親友にだってそうだ
死と隣合わせで生きていながら日本という国はそれを忘れさせてしまうほど安全性の高い国で
今日もそのなかで生きていることを忘れてしまう
いつのまにか忘れてしまう
