前回の続き。
子宮口6センチと、初産にしては順調な滑り出し。
助産師さんがバタバタと準備する中
ダンナさんは、どうしたらいいかわからない様子。
さほど陣痛も強くないせいか
まだまだ普通に会話をしていました。
分娩台は使わず、
窓際に敷かれた布団に横たわり
まずは、横向きで痛みが来る度に深呼吸。
その後、四つん這い、M字開脚・・・と、体制を変えていきます。
中でも、M字開脚が一番辛く、
且つ、M字にした足を自分で持つという
文字にすると分かりにくいけど
やってみると、かなりキツいスタイル。
ダンナさんは、私がダンナさんの首にぶら下がり
腰を下ろす(俗にいう、う◯こ座り)というのがきつかったみたい。
「殺される
」って言っていたから
ま、そんなこんなで気付けば5時間。
子宮口が全開に。
初産だと、ここが14時間ほどかかるのが平均とのことなので
やっぱり早かったのかな。
先生から出された運動プログラムを、比較的マジメに取り組んでいたのが
よかったのかも。
さ、ここからが本番。
「そろそろいきみたそうだね~」って言われても、いきみってのが
どんなものなのかよく分からない・・・。
痛みが襲う度、鼻から吸って口から吐く、というのを
繰り返しているうちに
ふと、おしりに違和感を感じた。
「なんか出そう・・・
」そして次第に口から吐く呼吸に、叫びとも思われる声がついてくる。
隣で「頑張れ!!!」と声をかけるダンナさんは
どう思っているんだろう。
外はまだお昼頃。
カーテンがかかった、薄ぼんやりとした空間の中
痛みと闘う私。
そのうちに、更なる痛みがやってきた。
もう、言葉では言い表せない。
呼吸ができているのかさえも、よく分からず
ひたすら私の叫び声だけが響く。
そして、私の口には酸素マスク
腕には点滴がつなげられる。
どうやら赤ちゃんの心拍が下がってきているらしい。
「りおかさん、ココ、触ってみて。赤ちゃん、もう出ていているから頑張って!」あたたかい感触が手に触れた。
あぁ、もう生まれるんだ・・・
頑張らなきゃ、頑張らなきゃ・・・
キモチはそう思えど、いきんでもいきんでも
赤ちゃんが出てくる気配はなく
「りおかさん、後もう少しだけど、このままだと赤ちゃんの心拍が下がるから切開しますね」
そっか・・・仕方ない。
切開だけはしたくなくて、マッサージも毎日していたけど
ここは、赤ちゃんが無事に生まれてくるために頷くしかない。
そして、14:20。
力強い泣き声と共に、するりと彼はやってきた。
産声を聞いた瞬間、私の目から大量の涙が溢れ出て
視界が霞んだ。
「おめでとう。元気な男の子ですよ」ありがとう・・・
生まれてきてきてくれて、ありがとう・・・
それしか言えなかった。
私とダンナさん、そして赤ちゃん。
家族が一丸となって、私の出産は無事に終わった。
産道が狭くて、頭が少し伸びていたけど
ダンナさんにそっくりな、カワイイ男の子。
転勤前からの不妊治療が10ヶ月
神谷LCでの治療が6ヶ月
そこから約8ヶ月。
会いたくて会いたくてたまらなかった我が子に出会えた。
不妊治療も陣痛も大変だったけれど
過ぎてみれば、貴重な時間だった。
お金と私の体力がもつならば、何人でも生みたい。
そう思った。
助産師さんが、胸の上に息子をのせてくれ、
カンガルーケアをした。
なんとも言えない幸せな時間。
立会い出産をしない予定だったダンナさんも、
立ち会ってよかったと言っていた。
2870グラム、50.5センチで生まれた息子は
これからどんなふうに育っていくんだろう。
まっすぐに育っていってくれたらいいな。
そんなわけで、高齢出産だけど何とか出産できました。
応援して下さった皆さんに感謝いたします。
今後は息子の子育てをしつつ、
産休・育休を経て、落ち着いた頃に年子覚悟で
二人目を目指します。
「どうしたの?」
「お腹痛い・・・」
」


散歩1時間


