馴染みなので話してましたが、
その占いに止まらず心理的というか
少しスピ系なことですが


自分では普段から普通だったりするので
考えることなく

「そうだな」

…と、
なんの意図もなく
「そうする」ことがあるので

これが効くのは自分だけなのか
分からないですが

他の方もよかったらどうかなと思ったので記します。



――前を向き、未来に希望を持ち、
「今の気分を上向かせる。」

そうするのが
運気を上げる条件にもなる。


…というのも
究極その通りだから、もう

「そう」

なのは重々に重々を
重ねて分かってるつもり、
分かっていますとも。

「そう」
なんだからそうでしょうって。



…けれど
そうして気分を上げなきゃいけない
事態にまで陥るからこそ
前が向けずに困ったりもしてる。

前向かなきゃ、そうしなきゃ
ということなのだけど

それを抜けきるまでは若干に
苦行ループのようなものがあるとして…


そうそれは

「今すぐそうして未来に明るいものが描けたら
こんな悩んでないかもです」

というくらい。
どっこいどっこいな気分もありますね。



こんな時は

「思い切り落ち込む」。

ということで
その気分に「飽き」でもこないと
なかなか抜けられないこと、ありますが


自分はここで、

「前を向かなきゃ」

…と、今の気分をがんばって(?)
打ち消すようなことをするよりも、


本人だけが持っている
「思い出」
という類のものを

「思い出してみる」。

そしてそれに

「浸ってみる」こと。


中でも自分が子供の頃などに持つ思い出
「懐かしい気持ちに浸る」

…という、

一種「後ろ向き」(?)な
振り返りの方が、
その今の苦しい一時を
無理に打ち消すというより

「溶かす」

ような、自然な消え方がする気がして、

あるいは何かを思い出して


結果、
「前を向けるようになっていた。」

…ことがあるので、
どういうことかなとも思いますが

後ろ振り返って
なにか「気持ちに浸る」
という持っていき方の方が

「がんばって前を向いて」
いくより自然な立ち直り
(あと、それまで考えもしない発想や気分など)

に、なっていることがあるので
いつもと違う慰め方をする方法として
(自分には)有用でした。

目的としては
頑張ってでも前を向く。
ということですが、

それがたとえ
頑張ってでも、
振り返ろうとでも…

結果として前を向けるようになるなら
手段にはなることがある?


ただこれもポイントがあるとしたら、
思い出すのがトラウマや傷に触る可能性があるなら
遠慮したほうがいいのと、どちらかというと


「その頃の自分」は

「なにが好きだったかな?」
とか

「あれが楽しかったな」
とか…

問いかけ的な程度に留めるのが
いいかもしれません。



思い出の中での感情は
「自分」という自分が
本当は何を望んでいるのか?や、

本来のニュートラル地点なんかを
「位置」で把握しやすいというか。
自分だけの指針にもなるのかも。


言葉でよく聞く
「原点回帰」
というのは自分にとってはどういうことを言うのか?
…は、その人だけが分かるものですね。


目の前だけじゃなく
自分の子供の頃のただ楽しい思い出や
懐かしい気分に浸る、
という

自分の「後ろ」にもなにか希望を見つける
力がある気がします。

(このやり方の方が
心情的に合っている時や物事もありそう?)



明るい未来のありかは頑張るだけじゃない
…かも?と思えたら、
どちらでも自分の気持ちを
コントロールしていけそうですし
少し気楽に過ごせるようになりそう。




――過去が良かれ、そうでなかれ、
過ぎ去ったものというのは案外
独特の気分を寄越すので

自分にとっては自分にしか効かない薬…
ともなりそう。


そんな何かを抱えているものが
今の自分を作る。
この人もそんな一人です。
(この人は学校関係でなんかあった)




*illustrasion by ~桃姫ユリ~


自分だけの体験から得たものって
その人独特の味を生むんでしょうね。


実際こういう言葉や表現とかって実は
「人に」じゃなくて
「自分に」向かって言いたいとか。

向けているのはいつも自分自身の心に、
なのかもしれないですね?