十数年前
若い頃、一緒に働いていた元同僚が亡くなった。
会社を辞めてから数年後のことだった
年齢が1つ歳上の誕生日が1日違いのその人は
初めて会った会社での顔合わせで
『同じ配属先になるってすぐにわかったよ!』と言っていた
それは私も同じで
この人は一緒に働く気がする…と部屋に入ってきた瞬間に感じた
その予感は的中し2年近く一緒に働く事になった
たまたまその仕事が暇な事もあり
生い立ちから恋愛、人生観、沢山の話をした
姉のいなかった私は彼女を姉のように感じていて、彼女もまた妹のように可愛がってくれた
たまにケンカしたりもしたけど
本当に仲良く姉妹のように過ごしていた
私が最初に仕事を辞め
それから互いに様々な事を経て
その度に連絡を取り合っていた
十数年前、久しぶりに元気なのだろうかと近況報告を兼ねてと私からメールをした
すると彼女から電話が来た
彼女は先日まで入院していて
やっと退院したところだったという話だった
穏やかに静かに様々な話をしたのだけれど
死期が迫っているのだと
はっきりは言わないが、それを悟っているのだとわかった
私も気づきながらもそれを気づかぬふりで話を続けた
彼女には幼い子どもがいて
ずっと成長を見ていきたいと
毎日毎日が愛しいと話していた
そして人生の転機を迎えていた私に
応援の言葉をかけてくれた
それから一月待たずして訃報が入り
様々な理由から
弔電のみを送り
お別れ出来ないまま
時間が経ってしまっていた
私の中にはずっと彼女がいて
それは言霊として私の中に行き続け
どんな時も私を支え続けてくれた
倒れそうなときも自分を見失いそうな時も
その言葉が私を立ち上がらせてくれた
彼女にしたら
何気ない一言だったのかもしれないが
生前、花が好きだった彼女は
私の事を
白いカラーのようだと言ってくれた
真っ直ぐで清らかで穢れがなくて
どんな時も芯が通っていて
白いカラーみたいだよね。 と
それからしばらくして辛いことがあり
この言葉を思い出した私は
いつなんどきでも
真っ直ぐ清らかであろうと
ブログの名前を『カラー』とした。
いつしかそういう人であろうとすることが私の人生の大きな支えとなっていた。
昨日、お別れと御礼をようやく伝える事が出来た。
写真ではあるが
彼女の幼かった子どもも立派に成長している姿をみることができた
悲しみに暮れていたであろう家族も
彼女の死を乗り越えて
しっかりと歩んでいる姿をみることもできた。
私だけがあの日のまま何かがずっと止まったままだったのだと気づかされた。
そんな私もきちんとお別れをし
私の子どもの姿も見せることが出来た。
また人生の転機を迎えている私はまた彼女と会うことが出来た。
彼女は本当に美しい人で
彼女が生きたかったという人生を
生きられている私は
今を大切にしていこうと改めて思った。
そして言葉は人を救うこともできるし
また逆もありうるということも忘れてはいけない と強く思った。
私は前者でありたいと思った日だった。
ありがとう
あなたが生きた証は私の中でしっかりと生きています。
そしてさようなら
また会う日まで