昔は、自分の誕生日はいつなのか、意外と知らない人がいた。

母の誕生日は5月6日となっているが、以前、母の小学校の卒業証書を見た時、5月5日生まれとなっていた。

先日お電話をした母の妹も、5月5日だと言った。

きっと5月5日が誕生日なのだろう。でも戸籍は5月6日となっていることも確かだ。

母はどっちでもいいという。きっとそうなのだろう。

なぜなら私の誕生日も5月6日で、「娘と同じ誕生日」がもうお決まりだからだ。

 

今年は5月4日に施設に訪問して、お誕生日のカードやお花、ケーキなどを渡した。

その時は上機嫌だったが、案の定翌日、こんなところにいたくない、お前は私の気持ちなど、なってみなければわからない、

といつもの「呪い」を口にする。もうかれこれ5年以上、同じセリフを聴いている。何度聞いてもこちらの心が傷づく。

 

そして当日5月6日、たぶんこの10年で初めて母と会わないし、電話もしない誕生日になった。

私は祝日にも関わらず仕事で、且つ忙しかったので、気づいたらもう夕食後の時間だった。母に電話したけれど、

電話に出なかったし、いつもなら向こうからかかってくるのにそれも無かった。

そしてもうすぐ日が変わる時刻。

思えば母は、自分から私の誕生日にお祝いの電話をかけてきたこともなかった。

そもそも誕生日とか、結婚記念日とか、家族のそういう思い出に関して、母は全く関心を示さなかった。

それでも誕生日は一緒に過ごすのが恒例となっていたのに。

 

私は今日、還暦を迎えて、人生の2周目に入る。

母との縁も、転換期に来ているのだろう。

ひとりでも寂しくないように、母のいない日々がそう遠くないうちにやってくることに、そっと慣れていかなければならない。