2月19日~20日の2日間で広島研修へ行ってきました。
ばたばたと忙しく動き回っていましたが、おかげさまで充実した時間を過ごせました。
広島で活動しているピースボランティアガイドさんも素敵な方ばかりでした。
可愛い雀のお出迎えもありましたよ♪
長崎大学リレー講座も5回目となり12月19日の最終講座を残すのみとなりました。
今日は、黒川清氏(1936年生まれ。東大名誉教授。2011年12月国会事故調委員長に就任。)の講座でした。
容姿ももちろん、声の張り、力強さ、講演スタイルどれを見ても60歳くらいにしか見えません。ビックリ!
ステージを歩き回りながら会場に注がれる熱い眼差し、豊かな表情、手の動き、聴衆は黒川ワールドに引き込まれていきました。
数回の講演を通して感じることは、世界で活躍する方のスピーチの上手さ。話すスピードは速くてまくしたてられるような感じなのですが言葉が生き生きとしているのです。すごいですね
これからの日本は個人が力を発揮させる時代だと云われていました。グローバルな視点とビジョンを持たねばならないと…。また民主主義制度をきちんと機能させる為にも、情報に踊らされることなく、自ら判断し、考え、発信し、変える努力を個々がすべきだと。
小雨降る11月17日(土曜日)、平和学さるくを行いました。
今年のテーマは長崎原爆文学
その中でも代表的な作品:秋月辰一郎著『死の同心円』にまつわる場所を訪ねました。
【秋月辰一郎】当時29歳、爆心地から1.4kmに建つ浦上第一病院(現:聖フランシスコ病院)医長として診療中に被爆。壊滅した浦上地区で唯一の診療機関として被爆者の救護、治療に奔走した。
戦後は、イデオロギーを超えた平和活動をめざし、平和運動の代表的存在として活躍した。
【十字架山】
禁教令や原爆の悲惨な歴史を乗り越えたカトリック信者の方が祈りを捧げる場所です。
【本原ルルド】
多くの被爆者が末期の水を求め、ここをめざした。
【秋月氏墓地】
平和を先導し続け、今はここで眠っています。
秋月氏が残した言葉に
◆「原水爆禁止というが、あれは金魚売りと同じだ」
原爆は、長崎の人々にとっても、いまや夏の風物詩になってしまったのである。
◆賢くて愚かな人間は、あの八月九日から、ぜんぜん変わっていない。悲しいことに同じあやまちをくりかえそうとしているのである。
◆沈黙と共に風化がはじまっている
などがあります。
これらは、原爆のみならず東北の震災に関しても
何に関しても、相通ずるものがあると感じてしまいます。
(残念なことですが…)