ブログの更新、何ヶ月ぶりだろう。

二月に父が逝き、四月に初孫がやって来た。

今年の前半で、人生の縮図を体験した気分だ。

書きたいことがいっぱいある。

あり過ぎて、何から書いていいか分からない。

いっそ一言で言い表してみるなら、「感動」…かな。

なんとありふれた言葉だこと(・Θ・;)

でも父の逝き方はすごく感動的だったし、初孫の誕生もとても感動的だった。

父は姿を消し、その代わりに男の子が新たに家族に加わった。

この世で二人は会えなかったけど、父が逝く時お腹の中の胎児と「交代だな」とハイタッチしていったに違いない。

そう思うと、胸がいっぱいになる。

また色んなことを思い出しながら、感動したことを書いていこうと思う。

とりあえず今日はこんなところかな(*v.v)。








「自分のことばかり考えてるから悩むんだよ」と言われたことがある。

当時は「うん、確かに」と頭で納得したけど、今は胎で納得している。

今私は心臓病の父の介護で忙しい。

母も高血圧で上が190もあり、先日病院へ連れて行った。

二人がだだっ広い一軒家から我が家のマンションに引っ越してきて、三週間が経った。

父の在宅医療の道筋がついて一安心かと思いきや、今度は母の身体が悲鳴を上げ始めた。

次から次としなければならないことだらけで、自分のことなど忘れている。

今朝久しぶりにじっくりと自分の顔を鏡で見た。

ずいぶんやつれているかと思ったら、以前よりふっくらして肌の色艶もいい。

よく動くからご飯をいっぱい食べるし、悩んでいる暇など無いからストレスもない。

幸せとか不幸せとかいう感覚がよく分からなくなっている。

要するに、そんなことなどどうでもいいのだ。

でもね、なんか心が温かくて嬉しいんだよね。

自分のことばかり考えていた頃の自分も愛おしいしね。

生きてるって本当にいいわぁ☆♪(*^ ・^)ノ⌒☆





87歳の父が心臓病で倒れて二か月近く経つ。

救急車で病院へ運ばれ、そのまま20日間入院。

心臓は半分しか機能していなかった。

血管も細すぎて、カテーテル検査が最後までできなかった。

今まで何度も心筋梗塞を起こしていたはずなのに、医者嫌いの父は自分の気力と「救心」で今日まで命を繋いできたのだ。

今となってはバイパス手術しか延命の道はないが、高齢過ぎてリスクも高すぎる。

主治医もはっきりは言わなかったが、その表情から手術は勧めていないことが分かった。

何よりも本人が手術など全く望んでいない。

そして、もうすぐ82歳になる母による父の自宅介護の日々が始まった。

世に言う老老介護だ。

これからだだっ広い一軒家で迎える冬の寒さは、高齢の二人にとってかなり厳しいはずだ。

放っておける訳がない。

だから、私が二人を引き取ることにした。

入院以来すっかり衰弱してしまった父を自宅に連れてくることから始まって、引っ越しやらそれに伴う役所関係の事務手続き、そして在宅医療の病院の手配、介護認定等々、することがありすぎて毎日があっという間に過ぎていく。

慣れない環境で戸惑う母と二人でする父の看護は、本当に大変だ。

食も細くなり一人でベッドから起き上がることができなくなってしまった父を、先日病院に連れて行った。

車いすに乗せるのも一苦労、車いすから自動車に乗せるのも大変、移動は本当に大変だ。

父の状態も毎日違って気の抜けない日々が続いている。

でも、今私はとても幸せだ。

無我夢中で自分のことなど考える余裕がない。

目の前の現実だけを相手にして生きている。

忘我、あるいは無我に近いのかもしれない。

この充実感、なんて幸せなんだろうと心底思う。

覚醒なんて、覚醒を意識した瞬間に遠ざかる。

人は誰でも無意識のうちに覚醒を体験している瞬間があるのだと思う。

それにしても肉体を持って生まれてきたことは、本当に素晴らしいことだとつくづく思う。

ありがとう!\(^_^)/