宮古、美しの島
撮影で、初めて宮古島へ行きました。
合間に、シュノーケリングに挑戦。
シーズンオフで、どこもお休み。
ようやく見つけたのは、宮古島の北にある平良島のダイビングツアーショップ。
ついてくれたのは、インストラクターの池田さん。
まず、浜辺で1時間のレッスンを受け、それからガラスボートで沖へ。
バスクリンは、ここで作ってるのかと思う海!
案内してもらったのは、巨大なテーブルサンゴの森。
これ、5メートルもあります!
感動しているボクです。
もちろん、ニモもいます。
最高の体験でした。
「沖縄にもこんな場所はないよ」と言って、快く穴場を紹介して下さった池田さん。
写真も送って頂きました。
本当に優しい海の男です。
是非、宮古島で、感動の体験を!
株式会社 アイランドエキスパート
0980-73-7060
映像制作をお考えなら、映像制作センター にご相談ください。
東京発、企業向け映像制作のスペシャリスト集団です。
企画から制作、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則
色の力
BSで、『BS世界のドキュメンタリーシリーズ 戦争を伝える』という番組が、連や深夜に放送している。
これは再放送だが、興味深い。
第二次世界大戦の貴重な白黒フィルムの映像を、デジタル技術でカラー化した映像である。
白黒がカラーになったからといって、何も変わらないだろうと思って見たのだが、驚いた。
リアルなのである。
すべてのカットではないが、人間の表情の生々しさに驚いた。
生きている、リアルに生きている感がしっかり伝わってくる。
これまで見ていた白黒による映像は、どこか別世界、遠い過去の幻影のように感じていたのだろう。
色が入るだけで、これほど身近に感じられるものなのだろうか。
色の力。
人間の目は、思考よりも敏感であった。
映像制作 をお考えなら、< 映像制作センター >にご相談ください。
東京発、企業向け映像制作のスペシャリスト集団です。
企画から制作、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則
ロックの遺伝子たち
ちょっと、YouTubeチェックしたら、U2のEdgeと共演していてビックリ。
あの名曲だ!
いいですねー。
ロックの遺伝子は引き継がれていく・・・
映像制作をお考えなら、映像の制作センターにご相談ください。
東京発、企業向け映像制作のスペシャリスト集団です。
企画から制作、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則
3D???
3D映画のつまらなさ、一過性を指摘し続けるコッポラは、やはり正しい。
しょせんは、「アトラクション」に過ぎないのだから。
『アバター』は、2Dで見ようが、3Dで見ようが、4Dになろうが、つまらない。
3Dに関する記事をチェックしてきたが、ようやく、まっとうな文章を読んだ。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100618-00000302-newsweek-int
是非、読んだ見てください。
映像制作をお考えなら、< 映像制作センター >にご相談ください。
東京発、企業向け映像制作 のスペシャリスト集団です。
企画から制作、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則
Twitter VS Blog
Twitter始めるとBlogが面倒になりますね。
サクッとかけるメディアの方が、イマのスピードに合っているということでしょう。
よろしければ。
federicof5をフォローしてみてください。
映像制作をお考えなら、< 映像制作センター >にご相談ください。
東京発、企業向け映像制作のスペシャリスト集団です。
企画から制作 、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則
LEDの時代。
先日、前橋で撮影をした。
昼食時に話をしていると、照明の田川さんが「今、LEDですね」と言っていた。
そう、街中だけでなく、撮影の照明機材もLEDの波が一気に押し寄せている。
LEDの利点は、
1 熱を持たない。(熱くならない)
2 電力を食わない。(乾電池でもok)
3 外光や蛍光灯と親和性がいい。
4 ディマー(調光ボリューム)が付いていて、コントロールが楽。
5 衝撃にも比較的強い。
最高だ!
フリッカーの問題をチェックする必要はあるだろうが、とにかく素晴らしい。
アメリカ数社から、オンカメラ用も出ている。
http://www.flolight.com/microbeam-256.html
時間をかけれないインタビューや手持ちでドンドン行くショットには、いいかも!
映像制作をお考えなら、 映像制作 センターにご相談ください。
東京発、企業向け映像制作のスペシャリスト集団です。
企画から制作、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則
マスメディアは、もはやマスではない。
見つけた記事から。
TBSが初の赤字23億円
TBSホールディングスが13日発表した2010年3月期連結決算は、広告収入の落ち込みが響き、純損益が23億円の赤字となった。連結決算の公表を始めた01年3月期以来、通期での純損失の計上は初めて。
不況の影響で企業からの広告出稿が減ったことに加えて視聴率が低迷、放送事業の収入が大きく落ち込んだ。売上高は前期比5・7%減の3512億円だった。
11年3月期は番組制作費などコスト削減を進め、売上高が3490億円、純損益は38億円の黒字転換を見込んでいる。
マスメディア、とくにテレビ局が赤字になる時代が来るなんて、15年前はだれも想像しなかった。
マスメディアが広告から哲学までも牛耳っていた。
「驕れる者は久しからずや」
これは加速するだろう。
iPadもその一因になるだろう。
とにかく、28日予約したiPadが来るのが楽しみだ!
映像制作をお考えなら、< 映像制作センター >にご相談ください。
東京発、企業向け映像を 制作 することのスペシャリスト集団です。
企画から制作、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則
奇跡の人? ショーン・ペン
「あいつ、ついてるなー」
運のある人ラッキーな人間を見ると、我々は口にする。
この「ついている」、もともとは「憑いている」から来ている。
つまり、「人間ならざるものが憑く」ことを意味する。
人の運不運は、人知では計り知れない別次元のものなのだろう。
ここに一人、「ついている」男がいる。
場所は、アメリカ。名前は、ショーン・ペン。
昨日、ネットでこんな記事を見た。
ショーン・ペン、がれきの下から子どもと女性を救助
現地ではヒーロー・ペンと呼ばれる
1月に発生した大地震により壊滅的な被害を受けたハイチを救おうと活動していたショーン・ペンが、2月に訪れていたハイチで女性と子どもを救出していたことがわかった。
イギリスのザ・サン紙によると、2月半ば現地でボランティア活動に参加し、がれきの除去作業を行なっていたショーンらはがれきの下に女性と小さな子どもを発見。周囲の人々の手を借り無事に救出し、負傷していた女性と子どもを自らの車に乗せ、現地で医療活動していたマイアミ大学病院のキャンプまで運び、治療が終わるまでずっと見守っていたそうだ。女性は脚に、子どもは頭部にそれぞれ重いけがを負っていたが幸い命に別状はなかったそう。
また、アメリカのWebサイトのyahoo! 7によると、過去にも積極的にボランティア活動を行なってきたショーンだが、今回のハイチ復興のために募金機関の設立をし、2月半ばから娘のディランと共に実際にハイチを訪れて食料や衣服の配布、医療機関のために医者の手配などの活動を行ってきた。今回の訪問も11人の医者と共に現地を訪れていた。
活動するショーンのジーンズは裂けTシャツはボロボロ、けがをするのもいとわずに現地の人々と復興活動に取り組んでいた。ショーンは「援助が実際に被災者に行き届いているのかを確認したかった、震災により荒廃してしまったハイチに少しでも早く平和が訪れるように最善をつくしたい」とコメントしている。現地ではヒーロー・ペンと呼ぶ人もいるほどショーンは精力的に救助活動にあたっていた。
<シネマトゥデイ>より
ショーンが人命を救えるのは、偶然とは思えない。
人知を超えた力から活かされている男に思えるからだ。
彼の監督作は、全て素晴らしい。
『インディアン・ランナー』『クロッシング・ガード』『プレッジ』『セプテンバー・イレブン』「イントゥ
ザ・ワイルド』、あらゆる点で、ハリウッドに属さない正真正銘の「インディペンデント映画」である。
そのどの作品も、ゴールドではなくクロームの輝きを放っている。
そして、彼が救ったのは、ハイチの人たちだではない、役者たち、埋もれた作家たち、マイノリティの人々をも救った。
失意のどん底のミッキー・ロークをカムバックさせたのもショーンである。
(同時にオスカーにノミネートされた時、ショーンの受賞を喜んだのは誰よりもミッキーだった)
『クロッシング・ガード』はチャールズ・ブコウスキーに捧げられているし、『イントゥ・ザ・ワイルド』はジョン・クラカワーが原作である。
役者としても、真にオリジナルなショーンは、『ミルク』でハーヴェー・ミルクを演じている。
(役者としても「憑いている」ことは誰もが知っている。『カリートの道』の悪徳弁護士、ジャコ・ラインハルトをモデルにした『ギター弾きの恋』、『アイ・アム・サム』の知恵遅れのパパ、中でも特筆すべきは『21グラム』だろう)
映画史上、唯一無二の存在である。
この「憑いている」男の人生を、見続けたい。
一番無駄のないCM 映像制作 をお考えなら、映像制作センターにご相談ください。
東京発、企業向け映像制作のスペシャリスト集団です。
企画から制作、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則
至高の<ラブストーリー>としての、『罪と罰』
こんな経験はないだろうか?
自分の頭の中ではハッキリしているつもりだった重要な事が、人と話しているうちに意見を全く変えてしまったという経験。
誰しもあるはずだ。
つまり、<自分>とは、「曖昧」な存在、「相対的」な存在である。
<自分>がこういう人間だと思っているものは、一時の「思い込み」に過ぎない。
<相手>がこういう人間だと思っているものは、一時の「思い込み」に過ぎない。
人間とは、無常の、相対的な、存在である。
その事を、誰よりも良く知っているのがドストエフスキーであった。
ドストエフスキーの物語は、つかみづらい。意味を取りにくいと、人は言う。
しかし、それは、話を複雑にするために、答えを明示しないのではない。
作家の知性が劣っているために、整理を放棄しているために、あるいは読者を惑わすために、答えを明示しないのではない。
「だって、人間って相対的な生き物でしょ? コロコロ変わるじゃない?」
ドストエフスキーはそう言う。
昨今の小説や映画のように、「定まった人物同志が事件によってまた別の定まった存在になる」のではなく、「元々曖昧で不安定な人間同士が揺れ動き細胞分裂のように変化を繰り返していく」。
これがドストエフスキーの小説群だと言っていい。
その一番の成功例が、『罪と罰』だと、ボクは思う。
今回、話題の亀山郁夫訳で読んでみた。
多くの人がいうような訳の善し悪しは、どうでも良かった。
圧倒的な物語とその語り口に、打ちのめされた。
この小説を読むのは4回目であるはずなのに。
「人間とは決して自分自身と一致しない存在である。(中略)
人格の真の生を捉えようとするなら、ただそれに対して<対話的>に浸透するしか道はない。そのとき、真の制覇こちらに応え、自らすすんで自由に自己を開いてみせる」
とバフチンが言うように、この小説は<対話>によって成立している。
モノローグですら、である。
モノローグとは、本来「自分の内心を吐露する」パートであるはずなのに、ここでは、モノローグさえも「自己との<対話>」になっている。
<対話>の度に、登場人物たちは変化していく。
そうして物語は、「人間の曖昧さ、相対性」を浮かび上がらせる。
「<私>は消えた。
という事は、作者の自己の疑わしさが、そのまま世界の疑わしさとして現れたということであって、今更、公正な観察者なぞが代理人として、作者の内に現れる余地はなかったという意味である。
人と環境、あるいは性格と行為との間の因果関係に固執するいわゆる自然主義小説の世界は、もっと深い定かならぬ生成の運動に呑まれ、人間の限定された諸属性が消えて、その本質の不安定や非決定が現れ、信仰や絶望の矛盾や循環が渦巻く。
ここに現れた近代小説における世界像の変革は、あたかも近代物理学における実体的な<物>を基礎とした従来の世界観が、電磁的な<場>の発見によって覆されたにも比すべき変革であった。」
by 小林秀雄
そして、それだけではなかった。
激しい物語の行き着く先は、「愛」であった。
「ふたりを復活させたのは愛だった。おたがいの心に、もうひとつの心にとって尽きる事のない生の泉が秘められていたのだ。(中略)
彼は甦った。彼はその事を知っていた。新しいものとなった全存在で、完全にそのことを感じていた。そして彼女は、いや、彼女はただ彼の生命だけを生きてきたのだ!」(江川卓訳)
この「甦る」という言葉は、この小説の白眉である「ラザロの甦り」に通じている。
つまり、殺人者であるラスコーリニコフがラザロのように甦る。そこには、キリストの化身となった娼婦ソーニャの存在があってこそである。
「彼は、ただ感じているだけだった。観念にかわって生命が訪れてきた」(亀山訳)
主人公が頭の中でこねくり回していた哲学・論理の敗北宣言であり、愛の勝利宣言でもある。
美しい。ただ、美しい。
「愛」とは、実は、人間の<相対性>を再認識させる最良の装置だったのだ。
「愛」を前に、人間は「個」を放棄せざるを得ない。
「相対性」にあらがい抵抗してきた主人公は、「絶対性」に挫折し、最後に「愛」という究極の「相対性」を受け入れ、そして甦る。
何という道のり! 何というダイナミックな、物語の帰結だろう!
ところが、評者は誰も気づいていない。
分析し、ロジックをこねくり回し、ラスコーリニコフと同じ観念のワナにはまりながら、知の優越感にひたっている愚か者。
ところが、ただひとり、この物語の真髄に気づいた男がいた。
それが、監督ロベール・ブレッソンである。
彼は、「愛」の勝利を最後に発見し、『スリ』を完成させたのである。
『罪と罰』とは、犯罪小説でも、哲学小説でも、倫理小説でもなかった。
歴史上、最も純粋な恋愛小説であった。
映像制作をお考えなら、< 映像制作センター >にご相談ください。
東京発、企業向け映像制作のスペシャリスト集団です。
企画から制作、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則
『アバター』、宮崎駿に遠く及ばない稚拙さと殺戮趣味
見るつもりはなかったのだが、余りにも話題になり「映画が変わった」とまで言われると見ないわけには行かず、正月に『アバター』を見に行った。
は? これはなんだ?
3DやCG技術は、どうでもよろしい。
この物語の稚拙さはなんだろう。
最初から、「ポカホンタス」の焼き直しを未来にやろうとしたのはまあいいだろう。
(Navi族は、ネイティブアメリカンのNavaho族からとったのだろう)
え? こんなにあからさまに、宮崎アニメをパクッていいの?
『アバター』で感動したという人は、果たして『ナウシカ』を、『ラピュタ』を、『もののけ』を見ていないのだろうか?
宮崎アニメを、頭の悪いアメリカ人がそのまま自己流に租借して、恥ずかしげもなくパズルのように継ぎ合わせただけではないか。
Web上で短時間で見つけた3枚の画像だけでも、『アバター』のシーンと見間違うほどである。
もし宮崎がアメリカ人なら、敏腕弁護士が名乗りを上げて裁判となり、勝利したことだろう。
もちろん、争いや競争を望まない、優れた東洋の知である宮崎は決してそんなことはしないが。
それに引き換え・・・
宮崎のように、愛を信じていない、人間を信じていない、奇跡を信じていない、聖なる力を信じていない、自然の驚異を信じていない。ただ、一つのことを描きたいがために、宮崎のテーマを利用、いや悪用した。
ただひとつのこととは・・・ 殺戮シーン。
とにかく、何が何でも殺戮場面を演出したいという演出家の妄執がうかがえる。
しかも、この時代に!
部族の住む象徴の大木が倒れるシーンは、貿易センタービルの崩壊を想起させる。
「周囲の部族の力を結集するんだ!」という主人公の叫びは、「多国籍軍でイラクを攻め入るんだ!」という叫びと合致する。
いやはや・・・
9.11以降に、いまさら、「力には力を!」という雄たけびを上げるとは、もう現代の映画とは思えない。
『ブレイブハート』のメル・ギブソンの雄たけびに感動した時代はとっくに過ぎているのに気づかないのだろうか。
確かに、宮崎の作品にも、争いはあり、殺戮はある。
しかし、そこに必ず伴う「痛み」が、この映画には全くない。
すべては、殺戮を演出するためのお膳立て、言い訳に過ぎない。
更に、現地の人間(生物)を、必ず「土人」扱いにするあの無神経さはどうだろう。
『マトリックス』シリーズのときもそうだった。
現地の群集を描くとき、なぜ決まりきったように、同じような踊りや合唱シーンで愚かさを強調するのはなぜだろう。
そして、土人を救うのは土人自身では無理で、、決まって白人ヒーローの手によってなされるのである。
レイシスト=マイノリティ侮蔑主義は、本人も気づかないところで露呈してしまう。
白人同士の争い、正義、大義名分のために、マイノリティを自在に利用する無神経さ。
「白人優越主義」は、今だに消えていない。
しかし落胆するのはやめよう。
アメリカには、真の知の人であるイーストウッドがいる。
この不愉快が一瞬にして払拭できる日は、2月5日。
つまり、イーストウッドの新作『インビクタス』の公開日を待とう。
映像制作をお考えなら、< 映像制作センター >にご相談ください。
東京発、企業向け映像制作のスペシャリスト集団です。
企画から制作、完成後のアフターケアまで、完全サポート。
全国どこでも、お気軽にご相談ください。
映像制作センター代表 杉森秀則

















