歌は心、 と仰っていた淡谷のり子さん、 メロディーに乗って自分の想いが飛び出した時、
同じ曲でも全くイメージが変わる気がします。
アメブロを始めた頃、来た下さった小林洋一さん、 平和の歌を歌われています。
世の煩い、想い、 戦争に向かう人の気持ちが上の音楽で分かる気がしました。
平々凡々と過ぎて行くようでも思いはしっかりいろいろな荒波にさらされ、立ち止まったり笑ったり人間の想いの複雑さを感じます。
フェースブックでは以前の宗教の方も来られていますので観ます。
以前在籍していたキリスト教に戻る気持ちはないのですが根本の生きていく中での気をつけなければいけない思いは、大事な点を示していると思う。
つまづきの石、
さざれ石、
平坦で綺麗に舗装された道は歩きやすいがそこは何も得るものがない。
先日帰宅時つまずいて転びそうになった。
そういう状態って周りはププププッと笑いそうになる。
おっとっとっとが面白いのである。
当の本人恥ずかしい。
でもつまづいて分かることは、足が上がっていない事実、
なるほどと、
仕事終わり残業終わりで買い物帰りで夜空を見上げながら歩いていたのでそうなった。
さざれ石も 砂利道は歩きにくい、滑るし、靴が傷みそうだし、
国歌に有るのは、それが集まり岩となり更に苔が生えるまで
とここまでですが、その後、
天皇家、国家が栄えますようにと言う意味なんだろうか、
ウィキペディアによると、歌を受けた人が栄えますようにと言う意味とか・・。
砂利とて、
細かくて不機嫌やマイナス思考にすればその認識に留まるが
細かい石の必要性もちゃんとある。
排水が良く、埃が立たない、軌道安定として線路の砂利、音で分かりやすい泥棒除けの庭の砂利、 京都の庭の海を見立てた砂利、敷き詰めると草が生えにくくなる、コンクリートと混ぜるとコンクリートの強度を増すなど、
また石も圧迫すれば結合する。もっと圧迫すれば分子構造によってはダイヤモンドになる。
唯の石も考えようで生きて来る気がします。
特にブログのネタはないのだけど
こけながら も色んなことが考えられるんだなと思った。
さて、緊急事態宣言解除して昨日は伊丹空港にゴールドジェット11月まで就航だけど、まだコロナ感染者が多いので見送った。
明日(今日)もアマビエジェットが来るけど、行く予定はない。
植物園も開園したようで シュウメイギク撮りに行きたいけど、行かないと思う。
京都もあちこちで集団感染(クラスター)が発生している。
特に京都市内、見えないだけに油断が出やすいのですが解除されても十分気をつけないと貰ってしまう。
私は、二度のワクチン接種終了しているけれど感染はする。
軽症で治まればとはいえ、その菌は何日もに渡り 家族や周りに振り撒かれる。
そのことを頭に入れていれば人通りの多い所は避けられると思います。
気持ち次第ですね。
昼間凄く寝たのでこの時間眠気が有りませんがちょっと寝ます。
では、