出戻ったわけではないの、子連れ単身赴任
って感じ。パパはカナダでお仕事、私たちは日本で、お互いに行き来できる時にする。
今はそういうライフスタイル。
私も年老い

それにつれ、当然年老いてゆく両親。娘がお腹にいる頃に倒れて以来、大きな爆弾を抱える実家の母。
毎年、夫と娘を伴い日本に帰り数か月を過ごす。
そして、またバンクーバーに戻って行くたびに
『次もこうやって生きて会えるだろうか…』
そう、思いながら空港で泣く母に、「も~、また泣いてるしぃぃぃ」とからかう私。
毎回、一緒にわんわん泣いて、他の搭乗客の目を引いていた娘も、今は10歳。
テレが先立ち、ぶっきらぼうで、と~っても可愛げのない物言いをするようになった。
この子にとって、日本はマミーの生まれ育った国。
年に数か月、お客様扱いでみんなにちやほやされて過ごす楽しい場所。
それだけではなく、『日本もカナダも私の国』
そう思ってほしい・・・、って言うのはもちろん私のエゴかもしれない。
おじいちゃん、おばあちゃんがいなくなってしまう前に、
一緒に過ごす時間をこの子にも両親にも持ってもらいたい…。
これも単なる私のセンチメンタリズムかもしれない。
でも、そういう思いで長年温めていた“日本にベースを移す計画”を実行した。
数か月ぶりに会う日本の友達は、口をそろえて
『今度はいつまでいるの?』と聞く。
「う~ん、わからないけど、日本にベースを移して、当分はカナダと行ったり来たりは続けるつもり」と何度説明しても、次に会うと
『あれ~まだいたの?今度はいつまで…??』と聞かれる始末

彼らの中では、
『Naomi は日本にいない人』 という刷り込みがどうも出来上がってるらしい。
「も~、この間も説明したやん!!全然人の話し聞いてないし~
」というのが、ほとんどお約束になってる。
この一年、カナダにも帰ったけど、日本にベースを置いて暮らしてみた。
25年ぶりに暮らす故郷で、長年「訪ねる」だけの日本で、母という異なる立場と目線になった今暮らしてみると、結構カルチャーショック…というかアジャストしないといけないことも多い。
カナダとはライフスタイルも違うし、『常識』も違う。
まずは子供が適応できるか、そして自分も・・・。
何より、25年ぶりの両親との暮らし。
日々の暮らしとヘルスコーチの勉強とジャグリングの毎日。
リズムも考え方も世代間格差も、間に太平洋を隔てるほどに大きい

ぶつかることも多々あって、
その度に「あ~カナダに帰った方がいいかな」なんて、思うことも正直なところある。
長患いの母もいるが、私たちが戻って以来思いがけず父が5回も入院手術を繰り返した。
これからどんどん年老いていく両親とどんな風に向き合っていくか。
これは、今から誰もが遭遇するであろう高齢社会の避けて通れない課題。
やっぱり健康であるということ、病気にならない体を作ること、日々、年々変わっていく自分のバランスをみつけること、自分のカラダとこころとつながると言う事の大切さを日々実感中。
みんなが、それぞれに健康で、幸せに・・・
それぞれのPeace Balance Harmony をみつけたい。
我が家も現在進行形で模索中





、皆さんそれぞれにインスパイアされていました。
彼女の聡明さ、チャーミングさがにじみ出ていた80分でした。最後に、堀木さんの生き様のエッセンスをご紹介します。
