3年前にこんな事を書いたのだけど

この時の彼は、母が限界だということもあり、このあと自宅から離れた場所に長期のショートステイに行く事になった。
ロングショートステイという実に不思議な言葉だが、つまりは入所施設やグループホームはどこも受け入れてくれるところがないので、入所は無理だけど一旦は預かるよ、とお茶を濁したような形である。
それでもそこのショートステイ先は、彼を2年以上支援をしてきて、そこには彼の部屋もあったのだから、彼の居場所はそこだったはずである。

数ヶ月前、相談員さん経由で、彼がガラスを割った、2回目だ、もう一度ガラスを割ったらもう見ることはできない、とその施設から言われたという報告があった。
相談員さんは他の受け入れ先を探したようだが、見つかるわけがなく、そうこうしているうちに「またガラスを割りました、4月20日で契約終了」との報告が。
結局、自宅に戻るしかなくなり、日中はまた以前のように我が作業所に通う事になった。
そして彼が戻ってくる前に、関わっている事業所を集めてのモニタリング会議を開催。
そこにはもちろん追い出した事業所の職員も参加(いや、こんな言い方をしてはいけないね、そこの事業所も一生懸命やったんでしょう、力がなかっただけで)。
そこで、彼のそこの施設での日常を聞くが、まあ酷い。
日中の活動には全く参加できず(彼が嫌がる)、全裸で(彼が服を脱いでしまう)、布団もなく(彼が破くか外に出してしまう)、ポータブルトイレだけ置いた部屋で(トイレに行くのも嫌がる)24時間過ごしていると。
ご飯は朝は食べず、昼夜は食べることが多い。
薬は(てんかんの)支援員によって飲んだり飲まなかったり。

まあ、およそ人間の生活ではない。
母もその状態を聞き、私が見るしかない、と言う。
本当はそれは避けたかったのだが。

三年前に診断したお医者様、嫌がることはしないで良いとおっしゃいましたね?
どうしてくれましょう?
そもそも、嫌がってるわけじゃないんですけどね、不安がつのってそういう行動しているので。

そして4月20日に戻ってきました。
髪の毛もボーボーで。
そして足がボロボロ。
長い間靴下も履かずに寒くても素足だったからか、所々変色してブヨブヨのコブまでできている。

我が作業所では嫌がっても、パンツも靴下も履かせます、もちろん服も。
といっても押さえつけて履かせるわけじゃないですよ。
諦めないだけです。
すると彼が諦めます。

三年前、医者が言いました。
作業所では仕事も日常生活も出来ているというのは彼が諦めているからではないかと。
強制的にやらされているからではないかと。
例えとっかかりはそうだとしても、それは必ず彼の為になる事へ繋がる。
仕事だってやれた時は嬉しいはずだと確信している。

三年前に医者に言われたことを私はまだ根に持っている。
たいそうな論文ばかり書いて、たいそうな本を出版してわかったような診断をくだす。
信用しないぞ吉川さん。
支援者の邪魔はするな。

とにかくおかえりだったのだ。
久々に活動できてよかった。
 

 

三週間後

 

  

 


それから、別件。
最近、母が亡くなり、姉も自分の人生があるので、グループホームを探す事になったHくん。
作業所から車で10分程度の距離にあるグループホームに体験しに行った。
最近できたばかりのマンションの一階でやっているグループホーム。
3回体験に行って、

断られた…

理由は
冷蔵庫を勝手に開けて中のものを食べる。
冷蔵庫に鍵を掛けたら壊した。
他の人の部屋や職員の部屋のドアを勝手に開ける。
他の利用者さんが不安定になる。

えーと、なんつーか、もう何も言うことないんですけど、あんたらシェアハウスの経営でもしているつもりですか?
ホームページには障害のある方が快適に暮らせるように支援するって書いてあるけどなあー
嘘つきっ😢

と長文、
愚痴、でした。

腹が立って悶々とする事があったのだけれど、それを感情的に書き殴っては無意味だし、記録として読み返しても分かり辛いと思い、躊躇していたけれど、やはりここは思ったままを書く事が1番リアルで良いと思い直し、一応書き留めておくことにする。
本当はツイッターあたりに愚痴を垂れ流そうかと思ったのだけれど、思い出せば出すほど、これはきちんと意見をしておいた方が良いと考え直した。

私は今年度から就労継続支援B型から生活介護に事業形態が変わった日中の作業所の生活支援員である。

今年38歳になるMさん(知的障害重度、自閉症、私とは14年の付き合い)が、朝作業所へ行く前に母に暴力をふるうようになってしまい、母を暴力から守る為に、緊急一時的にMさんは春日井のコロニーへ入院した。

前から自傷はあり、物も破壊するため、母との2人暮らしは難しいとの判断で3年ほど前に一度我が施設を退所して、ホームへ入ったのだが、そこではうまくいかなかった。
そこの施設の日中の生活介護では全く作業はやらず、ほとんどが座ってうつむいたまま何もしないで過ごし、壁に頭突きで穴を開けるなどの破壊行為もあり、ホームの寝室になる個室では、ベットしかない部屋で裸のまま過ごし(服を脱いで破く、物は壊すか窓から捨てる)糞尿も部屋でしてしまうような生活をしていた。

それを知った母が耐えられずにホームを退所して家に引き戻したのが一年前。

そして又母との2人暮らしと我が作業所への通所が再開したのだが、その生活が一年経ち破壊行動が母へと向かってしまい、また母に限界が来てしまった。

春日井のコロニーの他にも、春日井のとある施設がショートステイで受け入れてくれることになり、一月あまりコロニーに入院した後はすぐに一週間ショートステイに行くことになった。

という前振り。
本題へ。

春日井のコロニーに入院中に、彼の担当者を集めて会議がしたいという依頼が相談員さん経由できた。
未確認だが、コロニーの医者発信だと思う。
施設長と支援員とで参加して欲しいとの事であったが、日中に2人も抜けて余裕があるほど大きな施設ではないため、私が1人春日井のコロニーまで出向いた。
会議のメンバーは、医者、担当看護師2名、ケースワーカー、送迎担当のヘルパー、相談員、母、私の計8名。

医者はテレビ出演や講演、執筆もしている割と有名な精神科医だというTYさん。
今から良い事は言わないので本名は書かないでおくけれど、それなりの権威があり発言をしてきたお医者様だから例え本名がわかったところで問題はないはずだ。

まず、担当看護師が入院してから現在までの様子を話した。
薬や食事の拒否、服を破く、特定の人と一緒じゃないと行動しないという人へのこだわりなど、想定内の話を聞いた。
慣れないところでそれほど日にちが経っていないのだから当然である。

そして、作業所での普段の様子を聞かれた。

そこでは色々話したが、一言で言うと、我が作業所では落ち着いている。
もちろん、今まで紆余曲折あったならではの穏やかさなのだが、自宅や2年間いたホームやコロニーでの話を聞く限り、作業所にいる時には本当にとても穏やかに過ごせている。
仕事もとても楽しそうにやりがいを持ってやれている。

そう話をすると、医者は唐突に「彼は作業の対価が給料だということを理解しているのか」と聞いてきた。

お金の細かい価値や、この作業でいくら貰えるなどの理解はないが、作業をしたことで給料をもらい、その給料で好きな事をする取り組みがある、という事はしっかりわかっていて、自ら給料を貰って、仕事頑張った!というアピールもある、と答えた。

すると、医者は、
彼ぐらいの知的能力だと、月一回の給料では作業の対価として給料があるということが、結びつかない、せめて給料の間隔を短くしてわかりやすくする必要がある。

と言う。


ここで、すでに私はハテナマークが付いているわけで。
作業の対価が給料であると、それなりに理解していると答えているのに、なぜにそこのダメ出しが始まったのか全くわからないし、そもそも「彼ぐらいの知的能力」ってなんですか?
おそらく診察はしただろうから、顔は合わせたであろう。
しかし、会って間もない人、しかも白衣を着た医者に彼が打ち解けるはずもないのは一目瞭然であり、会話が成り立つはずもない、そして医者は彼の発する言葉もおそらく理解できていないであろう。
それがよくわかるから、

何も知らないオマエが、何故、

「彼の知的能力では仕事の対価が給料だとわからない」

だなんて上から目線で言うんだよ、となるわけで。

すでにこの時点で、ちゃんと診察できていない。
というか、できていないのはいい。
そんな簡単にわかるわけない。
だからこそ、長年付き合って来た私を呼んだんじゃないのかい。
話聞いてるのか?
作業の対価が給料だって理解出来てるって言ってんだよ(心の声)
長年、作業してきて、そこは染み付いてんだよ。
でもそんなこと、医者に説明してどうなる?
問題はそこじゃないだろ?(心の声)


そして、医者は

彼には仕事をするかしないかの選択肢はあるのか?とたずねてきた。

ずっと、仕事をすることが主な目的の作業所としてやってきた、作業所に来たら仕事をする、という流れでやっている、もちろん気が乗らずやらない事もあるが、おおむね自ら作業を進め、笑顔でやれている、と答える。

すると、

仕事をするかしないかの選択肢がないのならば、それは強制労働だ

とおっしゃる。

またもや、私わけわからん。
なんですかホントに。

作業をやる事に問題があるって話してないけど、人の話聞いてんのか②

で、仕事中笑顔もあるし、やりがいを持ってやっていると感じている、と言ったんですけど、そしたら、

笑顔があるから、落ち着いているように見えるから問題がないってわけじゃない、「やる」「やらない」という選択肢のほかに「あきらめ」というのがある

と。

なんかね、言ってる事、そこだけみれば別に間違った事言ってないですよ。

だけど、それ、彼が諦めて強制労働させられてるって言いたいんだよね?

ってか本当に何の話?
作業所では問題なく過ごしてるんですけど。

って言うような返答をしたところ、

作業所に問題なければ、作業所に行く前の朝に暴力を振るうなど、調子が崩れるわけがない、普通、その直後にある出来事が嫌だから調子が悪くなる、と。

ここでようやく、この医者の見立てに気がつく私。

最初から、作業所に問題があると決め込んで、作業所の職員にお医者様からのアドバイスを、説教を、してしんぜようとして呼んだわけだ。

だったら最初から原因についてどう思うか聞けよ。

最近急にこんな状態になったわけでもなく、以前は夜中に母を起こして姉の家へ行くように騒いだり、通院で暴れて、帰りにもサンダルを他所の家の中にぶん投げたり、色々あってからの、今は朝に自傷→母への暴力、というのが、恐らくルーティンになってしまっていて、それは朝は特に一日の予定がわからずに、作業所が終わってから夕方デイサービスがあるかも、とか、通院があるかもとか不安要素が多い事が一つの原因であるのだろう。
かといって、先に予定を知らせてしまうと自宅で母に対して、行かないと電話しろ、などと夜から不安全開になって騒いでしまう。

そのへんの不安要素の話をすると、

夕方デイは必要性があるのか、

と言ってきた。

そんなに嫌なら止めればいいと。

ここも、長くなるから説明も軽くにするが、色々と悩んで、少しでも母から離れる事、様々なシーンに慣れる事などを課題にしてやってきた。

なんでアンタが嫌なら止めれば良いだなんて軽々しく言うのさ。

どうも、嫌なことはやらなくて良いという持論を持っていらっしゃるようで。
それで、あそびでうめつくす事を考えろと。
簡単に言ってくれるよ、遊びって難しいぞ。

で、夕方デイをやめても、通院もあるから不安要素はなくならない、と言うと、

通院はご褒美をあげればよいのでは?何か好きなものは?と。

それで母がオレンジジュースが好き、服を眺めるのが好き、と答えると

通院が終わったらジュースを買うとか、
服を買いに行くとか、

というアドバイスをくれる。

なんつうか、もはや失笑もん。

それで、解決してるならとっくにやってるわ。

というか、完全にバカにされてますよね。
なんでそんなマニュアルを今ここでアドバイス?


とにかく、なんでも本人に選択をさせる、ということを何度もおっしゃる。
無理に行きたくないところに行かなくて良い、お出かけや納品も本人に行くか行かないか選択させろと。

で、私が、納品の時でも「行く?」って聞いている、と言うと、ドヤ顔で、

行く?って聞いたら自閉症の人達は、おうむ返しで行くって答えるんですよ、と言われた。

しってます、てかそれ、マニュアルです。
あくまでも。
彼は、行きたくない意志がある時、行く?って聞いても行かない、と答えます。
そして彼はおうむ返しはほとんどありません。

もうね、話すだけ無駄ですよ。
何の会議ですかね?

あなたのマニュアルの知識を知らないフリしてほうほうと聞いていれば満足ですか?

やりたくない事はやらなくていい?

2年間入っていて、失敗した施設では、本人がやりたくないと言うからと、仕事は一切せず、一日中座って下を向いて過ごしていた。
お出かけもしたくないと言うからと土日はベッドしかない個室に裸のままこもりっぱなしだった。
我が作業所に戻ってきて、アルミ缶の分別作業を2年ぶりにやった時、作業しながら彼は泣き出した「仕事❗️」って言いながら。
そこの2年いた施設でも、もしもっと根気よく、嫌だと言っても作業に関わる環境をつくっていくことが出来ていたら、やりがいを見いだせていたはずだと思う。



そしてその医者、最後は、次の予定がありますので、と言ってさっさと先に退席してしまった。

一度作業しているところ見にきたら?

約3年前に書いたものを読み返して、ああ3年経って色々変わったなと。
http://s.ameblo.jp/pdd-as/entry-11579485713.html

この記事に返事?をしておく。

3年前に作業所に来た私の1つ年下のKくん、当時は突然始まる激しい自傷に困り果てていた。
めちゃめちゃ知識があり様々な事を話すのだが、唐突でその場に全く関連のない事ばかりで理解ができなかった訳だが、3年経ってこちらもわかる話が増え、会話が成立する事も多く、彼も作業所がすっかり自分の居場所として確立され、酷い自傷はほとんど無くなった。
とは言っても、まだまだ急に過去の嫌な記憶がよみがえり、グーで自分の顔面を殴り始める事もあるが、早めに止めてしまい言葉で対応すれば、彼も自分の言葉で鬱憤を説明するようになったし、こちらも全部ではないが、何に対しての感情なのかを理解できるようになった。
私は世代が同じ事もあり80年代アイドルの話とファミコンの話が合うところが楽しい。
久々におニャン子クラブの話と、ゼビウスの話をした。
ナムコのシリーズをギャラガ パックマン ゼビウス マッピー…と1から順番に復唱しているのを聞いて懐かしくてゼビウスやりたくなった。
とにかくありとあらゆる知識が豊富である。
テレビで地震のニュースがやっていると、「1944年12月7日にこの地方でも悲劇が起こった。」と昭和の東南海地震の歴史を教えてくれた。
様々な地方の「区」の移り変わりにも興味があるようで、横浜は何年までは区はいくつあり…と全く私が興味が持てない話にも詳しい。
作業所では毎日、内職の仕事をしていて、本人も決してその仕事が嫌いじゃないしむしろ、集中して自分の決めた数をこなしているときはかなりやりがいを感じていると思うが、正直本当はもっと有り余るこの能力を発揮できたら、と時々虚しく感じる。

もう1つ、3年前に1人で通っていて、問題行動ばかりだったGくんですが、丁度一年前に亡くなった。
1人で散歩中、川に入って溺れてしまった。
自分でゴミを捨てて、それをまた拾う、という事をゴミ箱でもやっていたが、川でも同じ事をしていたようだ。
当時は、ああしていたらこうしていたら、と思い、虚しい気持ち悔しい気持ちだったが、やっぱりどうにもできない仕方のない事だったような気もする。
何が正しいのかは未だわからないけど、そんなもんなんだろう。

そして4月から学校卒業したての18歳男子が2人仲間に。
2人共個性的過ぎて楽しい。
Yくんはスマホ大好き、ちょっとその辺に置いておくとすぐに触りに来る。
まだ経験はないが、勝手にデータを消すらしい。
文字の入力は女子高生より早い、天才的。
給料を、貯めてiPadプロを買うのが目下の目標。

kyくんは、ずっと歌を歌ってる陽気な性格。
歌詞はなくてメロディだけなんだけど、かなりしっかりした音程なのがわかる。
作業所に自分のカホンとボンゴを置いてあるのだが、ドンドンパン と横で叩いてみたら、しばらくして真似して叩いていた。
今まで、誰も興味を示さなかったから、ちょっと楽しい。
10月のまつりのステージでやれるといいな。


さて次は何年後かなあ。