失いかける時は気づかない

失った後から大切だったと気が付く時がある

それは生きるための通過点だったのかもしれない

どんな選択肢を選んでも、答えはそこにしか

たどり着かなかったのかもしれない


失くして、手放して、またこぼれ落ちても

いつかまた、その手に掴み取らなければならい

次の答えが同じだったとしても
6月

最愛の母が亡くなった。
家族の中で、唯一自分という人間を理解してくれていた人。
父親と姉とは断絶しがち・・・自分も距離をとるようになり
我が家は完全に崩壊寸前。

8月

職場で孤立している女の子。
引っ込み思案で、自己主張できないタイプ。
話掛けるととても喜んで、すぐに仲良くなった

ただ、その子を気に入っていた別の男が
こともあろうに邪魔されたと思い込み会社に報告
暴言まで吐かれたと主張され
パワハラに該当するか審査の対象に。
誤解は・・・多分晴れたと思うが。。。
結局、彼女は怖くなったか自分からも皆からも離れていく。

11月

行き着けの店の馴染みの子
ささいな行き違いから精神的に追い込まれたと言い出し
もう来ないで・・・とw

全てをひとつに受け止めるのは良くないこと
とは言え、今年は別れの年だった。

部屋に一人で居るだけで、胸の置くから不安という文字が込み上げる





途方にくれながら街を歩いていたとき
必ずよってくるのは警察官
職質掛けられた上、危険な薬物を持ち歩いているんじゃないかと
疑われた挙句に近くの駐車場に引きづりこまれw
3人がかりで持ち物検査&身元照会
そういえば、昔はよくやくざに間違われたっけ。。。

名古屋あるいているだけで弘○会の関係者と疑われてた。


何れにせよ・・・
よくない1年だったことに変わりなし。

残り1ヶ月と少し
なにが起きるか。。。
検討もつかない

突然、母親が尋ねてきた

親父に無理言って車を出してもらったとか

最近、連絡が無いから・・・と。

正月に帰ったばかりだった

その後も電話は入れていた

・・・。

母の手に握り締められていたもは

見慣れた封筒

銀行によってお金をおろして来たのだと

自分に差し出すしわくちゃな封筒



苦痛だった。

母の行動が読めなくなった息子がココにいる

見たくはなかった

毎年、小さくなっていく母親を

見ないように、気づかないように


現実とは非常

留まりたいと思っていても

意思とは反して時間は進む

そこにあった現実は、時間とともに崩され

今はちっぽけな体を引きずる母がいる


部屋を見て母は安心したように笑ってくれた

引越ししてきた頃よりも綺麗になったと喜んでくれた

階段を下りる母親

上り下りすらキツいハズなのに

無理して上がってきて。。。


今、何をすべきなんだろう

俺は何が出来る人間なんだろう

母にずっと笑顔でいてもらうには

どうすべきなんだろうか・・・


なぜだか苦しくて考えがまとまらない

そんなダメな息子。


気が付いたのはそれ位・・・。