良い心療内科の先生と出会うまで①~大学生の時に通い始めた心療内科~ 

 

前回の記事↑

 

前回の記事では、病院の先生に中学生の時に怒鳴られたお話を書きました。

その次にかかった病院は、心療内科で大学生の時です。

 

 

 

高校生の時は、よく体調不良で保健室に通っていたのですが、

一度過呼吸で倒れた際、保健室の先生に心療内科にかかった方がいいと勧められました。

しかし、私は受験生でそれどころではないと思ってしまい、

(実際それどころでしたが(^^;)

その時は行きませんでした。

 

大学生になった時は、不安障害で心療内科にかかることになりました。

そこの心療内科には複数の先生がおり、

最初にかかった先生はB先生でした。

 

B先生はおっとりとした優しい先生で、長い間話をしてくれました。

しかし、あまりにも長く話が続くので、自分でも何の話をしているか分からなくなることがよくありました。

 

しかしそれでも、B先生にみてもらえることは、当時の私にとって

とてもとてもありがたいことでした。

 

なぜなら、心療内科を初めて訪ねた時、

「人数が多いので、みてもらえるかは分かりません。それに、1~2ヵ月ほどまってもらいます。」

 

と言われたため、みてもらえるだけでも嬉しかったのです。

 

次回は、B先生に診てもらえるまで私がどうしていたか、について少しお話したいと思います。

 

良い心療内科の先生と出会うまで①~精神科の先生に怒鳴られた話~ 

 

現在通っている心療内科の先生は、

私の持っている発達障害に共に向き合ってくれる良き先生であると感じています。

 

しかし、最初からその先生に診てもらっているわけではありません。

 

私がはじめて病院にかかったのは、小学生の時で、

心療内科ではなく精神科に「強迫性障害」としてかかっていました。

その時の先生をA先生とします。

 

小学生の時はどれくらいA先生のもとに通っていたのかは定かではありませんが、

症状が落ち着いたと思い、病院に通うことをやめてしまいました。

 

しかし、中学生の時にまた「強迫性障害」の症状が出てきたため

再びA先生のもとに通うことになりました。

 

中学生の時の私は、勉強面で自分を追い込みすぎてしまい、不安なことが頭から消えず、夜も眠れなくなっていました。

 

私はそのことをA先生に話しました。

 

すると、A先生は私にこう尋ねました。

「どうして、そんなに自分を追い込むようになったのですか?誰かに言われたのですか?」

 

誰にも言われずに自ら自分を追い込んでいた私は、

「いいえ、誰にも言われてません。」と答えました。すると、

 

「自分で自分のこと追い込むなんて、おかしいだろ!」

と声をあらげて怒鳴られてしまいました。

 

その瞬間、全身から血の気が引いていき、頭の中がかすむような感覚になったのを覚えています。

 

もちろん、自分の考え方が「おかしい」ということは分かっていましたが、それがやめられないから辛かったのです。

 

それからは、その先生ではなくカウンセラーのもとで話を聞いてもらうことになりました。しかし、そのカウンセリングも途中でやめてしまいました。

 

今思うと、よく発達障害の薬を飲まないで耐えていたな、と感じてしまいます。

 

今回も読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

【発達障害の私】新卒の就活が上手くいかなかった話③ 

 

↑前回の話はこちらから

 

前回も紹介した通り、

私は就職活動で「適性検査」と「性格検査」にことごとくひっかかってしまうのです。理由は定かではありませんが、、、。

その他に苦労していたこととしては、面接の受け答えでした。

 

就職活動においては、「嘘」とはいかないまでも自分の良い面をなるべく見てもらえるとうな受け答えをすると思うのですが、

 

私は自分の良い面をみせようというところまでに考えがまわらず、「ありのまま」の回答をしてしまうことが多かったのです。

 

後から面接の話を他の人とする時、

面接の時の私の受け答えを話すと

 

「正直すぎる」とよく言われました。

 

例えば、面接の時に企業側が「弊社から内定をもらったらどうしますか?」と言われた際、

普通なら「喜んで就職する」と答えるところを、

正直に「御社からの内定をもらったうえで就職活動を続けます」=「キープします」のようなことを言ってしまったことがありました。

 

後から考えると「何であんなことを言ってしまったのだろう、、、。」と考えてしまいます。

 

そんなこんなで就職活動が私は上手くいきませんでした。

 

あの時に発達障害と分かっていたら、少しは違ったのでしょうか。

 

 

今回も読んでいただきありがとうございました。

 

 

【発達障害の私】新卒の就活が上手くいかなかった話② 

 

 

前回のお話はこちらから↑

 

結局内定を辞退した私だったのですが、

内定辞退を決め、別の進路を選択するまでは憂鬱な日々を送っていました。

 

 

上の記事でも紹介しましたが、食事がきちんと摂れなくなり、

泣きながら台所で生野菜をかじったりしていました。

 

「どうして私は就活が上手くいかないのだろう」

「今までの努力はすべて無駄だったのかもしれない」

「あの時もっと頑張っていれば良かったのかもしれない」

 

毎日毎日自分を責めては、人と比べ、部屋にうずくまって大号泣していました。

 

その時はすでに心療内科にかかっていましたが、まだ発達障害と分かってはいなかったため、

発達障害の薬ではなく、別の抗うつ薬の量が増えることになりました。

 

今思えば、その時に必要だったのは抗うつ薬ではなく、発達障害の薬だったのではないかと感じています。

 

 

そして、

私の就職活動が上手くいかない要因には、どの企業にも共通点がありました。

 

それは、いつも決まって「性格テスト」や「適性検査」を受けた後に落とされることが多いということでした。

履歴書やESは通るのですが、

「性格テスト」や「適性検査」になかなか通ることができなかったのです。

 

続きはまた次回に書こうと思います。

 

フォローやいいね、とても励みになります。

 

【発達障害の私】新卒の就活が上手くいかなかった話① 

 

人生の大きな選択といわれる就職活動、

結果から言わせていただくと、私の新卒就活は上手くいきませんでした。

 

私の通っていた大学はそこそこ有名な大学だったので、

周りの大学生たちは大きな企業を目指し、そこから内定をもらう人たちが多かったのに比べ、

私はそのような大きな企業を受けるも、お祈りメールをもらうばかりでした。

 

そしてようやくもらえた内定は、小売の接客をする仕事でした。

 

誤解のないように言っておきたいのですが、

私は仕事に優劣はないと思っておりますし、どのような仕事も絶対になくてはならない尊いものであると考えています。それだけは分かっていただきたいです。

もし私の文章で不快になられる方がいらっしゃたら申し訳ございません。

 

私は必死に必死に就職活動し、

ようやく手にした「小売りの接客業」の内定を最初は心の底から嬉しいと思っていました。

 

しかし、同じ大学の友人や同学年の友人と就職活動の話をした際、

「どこに内定をもらったの?」と必ず聞かれるのですが、

そのたびに「小売りの接客業」だよ、と答えると

 

「え!?小売り~?」と、笑いながら答えてくる人が大多数でした。

そのように言ってくる人たちは、大きな企業を目指している人たちだったため、私の答えにギャップを感じてしまっていたのかもしれません。

それでも、そのような対応はあまりいい気がしませんでした。

 

私の父も私の就職先について、悪くいってくることはありませんでしたが、

就職先について相談した時、

「なんでそこを選んだのか知らないけど、、、。」と言われた時はショックを受けました。

 

また、叔母からも就職先についてあまり良い評価はもらえませんでした。

 

そのような会話や出来事を繰り返すうちに、

私はなんとか掴み取った自分の内定が徐々に良くないものに感じていき、

鬱々とした気分の沼に引きずり込まれて行きました。

 

そして、内定式の前に内定を辞退したのでした。

 

続きはまた次回に書きます。