『すみません。鬱は一度で治りますか?』と呂律の回らない方からお電話を頂きました。
こんなに《呂律が回らなくなる毒物を処方した人がいる❗️》と、電話を切ってから考えてしまった。
・・・『どれだけの処方してるんだ⁉️』
患者は苦しんでいるのです。
手許に《呂律が回らなくなり、頭がフラフラになれる薬》があれば飲んでしまうでしょう。
・・・苦しくて仕方ないのだから。
楽になりたい!そのための《心の麻酔薬》みたいなモノなのだから。
向精神薬を単なる悪魔の様に叩く人はいますが、私は同意出来ません。
時には、今すぐ死んでしまいたい程の苦しみが襲うこともある。
だから病院へ行くのです。
つまり、もう少し《マトモな処方》は出来ないのか?と言いたい訳です。
来る日も来る日も、精神科もしくは心療内科から出された《処方薬》を飲んでしまうのは当然と言えば当然。
だって、《苦しみの素》はいつまでも解消されないのだから。
つい最近も、ある相談者に1日の処方薬についてお尋ねしたばかり。
たくさんの薬を朝昼晩ときちんと飲んでいると言っていました。
お薬は《頓服》として、少しは必要。
だけど《薬で鬱が治る》と考えるのは、あまりにも(失礼ですが)短絡的に過ぎる。
私の知人には、ある日、本当に発作的に自室で自殺をしてしまった人がいます。
何故、発作的にと言えるかと言うと、
彼は自殺したその日に、ヘアカットに行き、綺麗にしたばかりだったから。。。
悲惨な死に方を選ぶのに、苦しい身体を引き摺ってヘアカットに行くというのは、あまりに合理性に欠ける。
人には、本当に急に具合が悪くなることもあります。
だから多少の《頓服薬》で急場は凌げるならそうした方がいいと思います。
けれど、急場を凌ぐだけですね。。。
鬱という病は、本当に病と呼んで差し支えないのか?議論の余地はあると思います。
うつパーソナリティーみたいな人たちは少なからず日本にはいます。
やはり、うつパーソナリティーの人々には、ある程度の共通点があります。
その共通点の中で《改善出来そうな所》は少しずつ改善した方がいいでしょう。
頑張り屋
完全主義
生真面目過ぎる
几帳面である ・・・
この様な《個人の性質の(過ぎる所)を整理してゆくことが大切です💚》
多少の顰蹙を覚悟で言わせて頂けば、
本来、心の問題が《精神薬》で治るなら、みんなが治っている筈です。
自殺者もかなり抑えられる筈。
あまりにも危険な症状が出た時は、薬を適度に使い、
《心の風邪》とも呼ばれる鬱が楽になるような《心の持ち方》の改善をして行けば、治る人は簡単に治る病です。
呂律が回らなくなる程の薬で毎日を過ごしている方々にも、《今はこの過ごし方しかない》という方もいるでしょう。
心が苦しい状態が、人間にとって最も苦しい状態である、と私は思っています。
あとは、一人一人、個別な悩みを抱えておられます。
そんな個別な悩みを緩和してゆくお手伝いをするには、
まず、呂律が回らない状態でのtherapyというのは無理なんです、
と言いたくてblog更新となりました。
心の苦しみにおられる方々へ。
どうかご無理なさいませんように💚