“Naissance de Venus” Alexandre Cabanel



Quelque chose sympa



ヴィーナスもといアプロディーテー(ΑΦΡΟΔΙΤΗ, Ἀφροδίτη, Aphrodītē)またはアプロディタ(ΑΦΡΟΔΙΤΑ, Ἀφροδιτα, Aphrodita)は、愛と美と性を司るギリシア神話の女神で、オリュンポス十二神の一神である。美において誇り高く、パリスによる三美神の審判で、最高の美神として選ばれている。

その時に勝ち取った黄金のリンゴは彼女のアトリビュートの一つ。


元来は、古代オリエントや小アジアの豊穣の植物神・植物を司る精霊・地母神であったと考えられる。アプロディーテーは、生殖と豊穣、すなわち春の女神でもあった。


彼女の誕生の裏には恐ろしい事件がありました。


大地母神ガイアの息子であると同時に親子婚し夫でもあるウーラノスは

キュクロープスやヘカトンケイルという実のわが子の醜怪さを嫌い、彼らをタルタロスに幽閉してしまう。

これに怒ったガイアは末子クロノスに命じて、刃が魔法の金属・アダマスで作られた鎌でウーラノスの男性器を切り落とさせた。この時、海に漂流していたウーラノスの陽物の周囲にできた泡から生まれたのがアプロディーテー(ギリシャ語のアプロス、aphros 泡の意に由来する)である。


そんな生まれ方ありなのか笑

とにかく全能の神ゼウスもひれ伏す美しさでとりこにした男は結婚相手・愛人を含め数知れず。


そんなエロスをつかさどる女神は昔から大人気のモチーフだったそうです。

裸婦像がまだ許されない時代にも、女神だからOKというよくわからないエクスキューズにより

たくさんのヴィーナスの裸が描かれたそうな。


中でも最も有名なのはボッティチェリの“ヴィーナスの誕生”でしょうが。。

これも大好きな絵の一つですが、オルセー美術館でみたカバネルのヴィーナスは美しすぎました。


透き通るような白い肌の質感と、背景に広がる雄大な空と海の青、波の描写。

すべてが完璧に美しい!

これぞまさに完璧な美を誇るヴィーナス!と個人的には思うのですが。。



19世紀フランス・アカデミーで最も成功した画家のひとりアレクサンドル・カバネル。

画家らしい非常に甘美的で理想美的な官能性を示し、かつロココ美術的表現への回帰をも感じさせる本作は、1863年のサロンに出典された作品で、その美しさから皇帝ナポレオン3世が購入した同時代を代表するアカデミックな絵画である。

カバネルは、パリ市庁舎の装飾など公的な仕事も多くこなし、多数の賞や名誉を得た。

本作が現在においても注目を集めるのは、皮肉にも本作が出典された1863年のサロンに落選した、その後、隆盛を極める印象派の先駆的画家エドゥアール・マネの問題作『草上の昼食』や、次のサロン(1865年)で同画家が発表した『オランピア』としばしば比較される為である。

本作は典型的なアカデミズム絵画であり、印象派の思想や表現とは対極に位置付けられ、マネの友人で印象派絵画の良き理解者あった当時の文学者ゾラは、本作を辛辣に批評している。


「ミルクの川で溺死しているこの女神はまるで美味そうな娼婦だ。ただしこの娼婦は卑しい肉と骨から出来ているのではなく、ピンクや白のマジパン製ではあるが。」



いいんでないでしょうか、ミルクの川で溺れるマジパンで。

ロココ調だし、かえって乙女チックな感じでは笑


Francisco José de Goya y Lucientes

“Las Parcas”



Quelque chose sympa


ロマン主義の偉大なる巨匠、18世紀後半から19世紀初頭にかけて活躍したスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ晩年期の連作群≪黒い絵≫より『運命の女神たち』。



人間個々人の運命は、モイラたちが割り当て、紡ぎ、断ち切る「糸の長さ」やその変容で考えられた。

まず「運命の糸」をみずからの糸巻き棒から紡ぐのがクロト(Klotho,「紡ぐ者」の意)で人間に「割り当てる者」がラケシス(Lakhesis,「運命の図柄を描く者」の意)で、こうして最後にこの割り当てられた糸を、三番目のアトロポス(Atropos、「不可避のもの」の意)が切った。このようにして人間の寿命は決まるのである。


画面のほぼ中央では新生児から生命の糸を創出しているかのような仕草をみせる、人型の物から黒糸を曳き測る女神ラケシスが描かれており、その背後では女神クロトがレンズを片手に運命の糸を紡ぎ割り当てする用意を示している。そして右端では女神アトロポスがその終焉で糸を断ち切らんと待ち構えている。


そしてうすら笑みを浮かべた画面中央のこの人物はというと、この3人に寿命を決められようとしているところである。

なぜこんな表情なのかは個々の想像にお任せするとして、この作品の解釈としては

モイラ姉妹(運命の三女神)が司る運命を背負う(又は運命に捕らわれる)人間の、さらには暗い動向がなお続いていた自身や国そのものの象徴的存在と捉えることができるそうです。



彼は成功への野心に駆られて国王カルロス4世の首席宮廷画家に上りつめ、王侯貴族や廷臣たちの優雅な肖像画によって名声を得るも、不治の病に侵され聴力を失う。
また、ナポレオンの侵略により戦争と混乱に見舞われたスペイン社会の悲惨な現実や、心の奥にひそむ不条理な幻想世界への関心は、彼の後半生の芸術に大きな展開をもたらす。

彼の心に潜む大きく真っ黒な闇は、その作品に姿を現し、見る者に恐怖さえ与えます。



この人物のように、定められた運命に従うしかない弱者は、最後はもう笑うしかないということなのか。



人間の表情の一つで見る者の心を操ることができる・・・

波乱万丈の人生だからこそ彼はそれを知り得たのかもしれません。



もし彼の運命が、この女神たちの気まぐれで幸せなままだったら・・・?









"Pallas Athena" KLIMT, Gustav

ゼウスの一番最初の后はメティスと言う”知恵の女神”だった。しかし、父を裏切って王位を得たゼウスは、因果応報を恐れ、この有能な女神メティスが懐妊したと知ると、メティスごと食べてしまう。(サトゥルヌスと同じ・・なぜ食べるのか笑)
 
その結果、不死であるメティスはゼウスの中に生き続け、その有り余る知恵をゼウスにささげた。これゆえにゼウスは全知全能を誇る事が出来た。
 
しかし、その時の胎児はゼウスの中で成長を続け、ついにはゼウスが頭痛に悩まされ、その治療のために斧で頭を割った時に、金色の武装を纏って産まれる。ちなみに頭をかち割ったのはヘパイトス(鍛冶の神、工芸家の主、ビーナスの夫)
 
そうして生まれたのがアテナである。
 
アテナは、オリンポス12神の一人。また、彼女はアルテミスと同じく永遠に処女の純潔を守り続ける”処女神”でもあり、それゆえに極めて高い能力を持つ。
 
また、アテナはポセイドンと領地をめぐって争い、奪い取った事がある。その地とは、古代ギリシャの中心地である、”アテネ”であり、この地にある”パルテノン神殿”は、アテナを祭る神殿だ。ちなみに”パルテノン”とは、”処女”を意味する言葉だそう。
 

女怪メドゥーサの首を飾った胸甲アイギスで身を鎧い、正面から鑑賞者を睨みつけるその出で立ちは威厳に満ちており、女神としての聖性を感じさせると共に、狂気的で悪魔的な性格も顔を覗かせている。彼女が倒した巨人族バラスが名称の由来となった≪パラス≫は、処女や武器を持つ人を意味するとされている。


この作品はゼツェッション(ウィーン分離派)への理解を示さない保守的な伝統主義者たちへの侮蔑・挑戦と解釈されているそう。 画面背後にはギリシャの壷絵から借用した文様が描かれており、彼女がが黄金の槍を持つ左腕部分に描かれる梟(フクロウ)はアテネの象徴であるほか、その上に配された格闘するヘラクレスの姿は伝統と対峙し争う分離派を意味するとされている。

また女神が右手に持つ勝利の女神ニケ像の姿は、翌年にクリムトが手が けた傑作『ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実) 』の裸婦像を予感させるそうだ。なるほど。



実際に見ると意外と小さいサイズだったけれど黄金と暗色の対比が美しい!
写真ではこの金色遣いの素晴らしさは半減してしまうような・・・

やはりクリムトのアイデンティティは金色だと、この絵を見て改めて思うのでした。



"Nuda Veritas"


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Landscape with the Fall of Icarus

Pieter Brueghel the Elder(?)



この絵はギリシャ神話で有名なイカロスの伝説を、オヴィディウスの「メタモルフォーゼ物語」に従って解釈し、寓意的に描かれたものだそうです。

クレタ島の王ミノスに仕えた伝説的な名工ダイダロスが、自身の裏切りによってミノス王に捕らえられている息子イカロスの救出を目論み、息子イカロスに蝋(ろう)と羽で拵えた翼を与え空から脱出を試みるも、脱出途中で興奮した息子イカロスが空高く舞い上がったために太陽の熱で 蝋(ろう)が溶け、海へと墜落して死してしまう≪イカロスの墜落≫の場面。


ブリューゲル(?)は筋書きをそのままに再現しませんでした。オヴィディウスの叙述では、太陽は中天にあるはずなのに、この絵の中では水平線の彼方に沈もうとしている。そして海に落ちたイカロスは、波の上から脚を出しておぼれている姿で描かれている。

人物はみな一様に空中を見上げていることになっているが、この絵の中で空を見上げているのは羊飼いだけ。しかも彼が見ているのはイカロスではない。イカロスは彼の背後の海に落ちて、脚をバタバタさせているのです!

農民も漁師もイカロスのことなど眼中にないといった様子で、自分の仕事に熱中している。


主役(英雄?)なのにこの扱い。。少しかわいそうな気も。


しかしそれには画家の意図がきちんとあるようです。


この絵の描かれた当時、16世紀フランドルはスペインのハプスブルグに侵略され、その圧政に苦しんでいた。独立運動を行い、反抗する多くの人達が処刑されていたのです。
反抗者を幇助したり、賛美したりする人々も同じく。。。


太陽はハプスブルグ家。
イカロスはそれに挑んで命を落とした反抗者。
農民や漁師は自分に被害が及ぶのを恐れ、その姿を見て見ぬふりをする人々。


という説。



また農民が黙々と畑を耕している様子から、


「人が死しても、鋤は休まぬ」


というネーデルランド地方に伝わる諺の解釈もあるそうです。



どちらにせよ、なぜ?と思わせるものには必ず隠されたメッセージがあるものなのでしょう。




イカロスに戻りますが、イカロス墜落の物語は人間の驕りから身を滅ぼすという教訓として語られます。

しかしまた一方では彼を英雄として捉えています(童謡にもあるように)


「時間と空間の呪縛の中で、この大地に、そして一定の地域に縛りつけられ、限定された生命を持つ人間の魂はいつも飛翔を志している」・・・たとえ身を滅ぼしてしまっても、天への憧れから彼が挑んだことは英雄的行為であり、そういった若者がいなければ世の中は変わらないということなのでしょうか。


身の程を知らない“愚か者の死”か、自身の限界を知りながら挑んだ“英雄の死”か・・・


すべてのものは表裏一体、いつひっくり返るかわからないものです。


この絵の真贋論争のように。。






オルフェウスはアポロンとカリオペの息子で、父アポロンから竪琴をもらい名手となる。
その音色は人間だけでなく、動物をも魅了するほど美しかった。

ある日、妻エウリュディケが散歩をしていると、牧者アリスタイオスが彼女の美しさに心を奪われ、彼女めがけて進んできた。逃げる途中、エウリュディケは蛇に噛まれて死んでしまう。
オルフェウスは、黄泉の国の支配者ハデスのもとへ行き、竪琴を奏でてエウリュディケの返還を求めた。彼の悲しい琴の音に涙を流す妻ペルセポネに説得され、ハデスは、「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件を付け、エウリュディケをオルフェウスの後ろに従わせて送った。目の前に光が見え、冥界からあと少しで抜け出すというところで、不安に駆られたオルフェウスは後ろを振り向き、妻の姿を見たが、それが最後の別れとなった。

以後オルフェウスは、女というものをさけていた。彼に目を付けたトラキアの乙女たちは、オルフェウスをとりこにしようとしたが、彼は見向きもしなかった。 それに怒った女たちは興奮して、「あそこに私たちを馬鹿にする人がいる」と狂乱し、オルフェウスを八つ裂きにして殺してしまう。その頭と竪琴はヘブルス川へ投げ込まれた。 (無視しただけで八つ裂き・・・)

しかし首は歌を歌いながら河を流れ下り海に出て、竪琴とともにレスボ島まで流れ着いた。
ミューズの女神たちは、切れ切れの身体を集めて、リベトラに葬った。それを気の毒に思ったゼウスが星座に引き上げ、彼の琴は琴座となった。
幽霊となったオルフェウスは再び黄泉の国へ行って、エウリュディケに出会う。



Orpheus Gustave Moreau


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これはトラキアの乙女がオルフェウスの首を発見し、引き上げた場面。しかしギリシャ神話にこのようなシーンはありません。

この作品を描くにあたって、彼は新たなエピソードを加え、独自の甘美な世界を創り出しました。
二人が恋人同士だったかのような、そんな雰囲気です。
この名もない乙女の悲しげな表情も美しい。


モローはこの後、「切られた首」というテーマに没頭していきます。(あの有名なサロメとかとか・・・)



とても有名な作品ですが、比較的評価は低いようです。
モローの作品に時々あるそうですが、物理的におかしな箇所があるのです。

よーく見ると・・・トラキアの娘の左脚、どう考えても腿と膝下の比率がおかしい。
言われてみれば気になってしょうがないですが。


足元には「貞節」と「悲嘆」を表すレモンの木と二匹の亀。
なぜ亀なのか? 実は登場する理由がちゃんとあります。

この世で初めての竪琴(Lyra)はヘルメスが造ったといわれている。

亀の甲羅に二本の葦を差し、そこに弦を張った。(亀の甲に直接弦を張ったとの説も)。

ヘルメスの演奏を聞いたアポロンはその音の美しさに感動し、竪琴を譲ってもらった。

この竪琴はアポロンからオルフェウスに渡され・・・