「ルカとはどういう関係なんだい?」

私は少しだけ体がビクッとなった。


「い、いえ、ただの友達…」

「本当かぁい?」

悪戯っぽい笑みを浮かべるおばあちゃんに、私はたじたじになってしまった。


友達、か…。

私はどうしたいんだろう。

ルカちゃんと…

急に鼓動が早くなって、頬が熱くなっていくのを感じる。

あ、あれ、ルカちゃんの風邪が移ったのかな…。

「友達でもいい、ルカをよろしく頼むよ」

おばあちゃんはもう少しで完成するおかゆに向き直る。

その横顔は、憂いを帯びているように思えた。

そして、なぜだか私の心を見透かせれているようにも思えた。

「あなたは、やっぱりルカちゃんの事情を良く知ってるんですか…」

「あぁ、あの子は昔からとっても苦労してるからね。やっと解放されたんだ、幸せにならなきゃ、おかしいのさ」

その横顔を私はじっと見つめていた。

「今は友達も多くできたみたいだし、そこまで心配することもないんだけどね」

私もルカちゃんの事情は多少知っている。

「おばあちゃん、聞きたいことがあります」


「なんだい?」

「おばあちゃんは、信じていた人から裏切られたら、どうしますか」


少し間を置いて。

「その人に全力でぶつかる、どうして裏切ったんだと、納得するまでね」

「ふふっ、そうですか」

全力で、ぶつかるか。

私が魔王様相手に全力を出しても…。

それで終わりに出来るのだとしたら、いい最期なのかもしれない。

そんなことを頭の片隅で考えた。

「よし、できたよ。野菜たっぷりのおかゆだ」

「わぁ…」

とっても簡単におかゆが出来てしまった。

おかゆの作り方すら知らなかった私には驚きだけど、全然難しい知識は必要ないみたいだった。

おばあちゃんにお皿を出されて味見を促されて、口にしてみると。


素朴で、ほっこりする味がした。

ルカちゃんの作る料理と同じ味。

「料理は愛情ってみんなよく言うけどね。食べてもらう人のことを考えて作れば、自然とおいしい料理ができるものさ」

おばあちゃんは簡単な料理で、私を驚かせてくれた。

「おいしぃ…」

「ルカちゃんに作っておやり」

おばあちゃんはウィンクして見せた。


私は「はい」と小さく呟く。

「…あの、もっと家事教えてください。私も家事をやってみたいです」

家庭なんてなかったから、家事を、私はあまり知らない。

「いいよ、教えたげる」

そう、おばあちゃんは私の事情なんて知らないのに、良いって言ってくれる。

私と長い間一緒に過ごしてきた仲間は、何も理由もないまま私を裏切ったのに。

私と今日初めてあったおばあちゃんは、簡単に私を助けてくれるのがとても皮肉に思えた。

「まずは、洗い物から、食べ終わった食器を…」


それから、おばあちゃんは料理と同じように家事を教えてくれた。

私が簡単であろうと考えていた家事は、そこまで難しくなかったが。

慣れがないとできないものも多かった。

洗濯物の畳み方は本当にやっていないとできないはずである。

これからルカちゃんの元でお世話になるのだから、これぐらいできるようにならないと。

それに、おばあちゃんは気を遣ってルカちゃんの家で家事を教えてくれた。

だから、教えてくれたそのままを反映させればいい。

「そろそろ、ルカの元へ行っておやり」

家事を一通り、何とかこなして見せた私に、おばあちゃんはそう声を掛けた。

「はい」

ルカちゃんの元へ向かうと、まだ苦しそうに胸を上下させていた。


「…」

これだけ家事を頑張っていても、ルカちゃんの苦しみを取り除くことをできるはずが、ない…。

そうだ、私はルカちゃんとの生活ばかりを考えていて、苦しみを和らげてあげる術を知らない。

「おばあちゃん、ルカちゃんの熱を下げてあげられませんか」

額の辺りを触りながら、そう訪ねてみる。

「風邪は寝ることでしか、治らないからね…それでも、栄養のたっぷりのおかゆを食べさせてあげれば、回復するのが早くなるはずだよ」

だとしたら、私が教えてもらったことはきっと、意味のあるもののはず。

「起きるのを待つしか…」

「熱を下げてしまったら意味がない、ルカはまだそこまで高い温度にはなってないから、安静にしてあげるのがベストだよ」

それを聞いて、今まで重かっただかまりが軽くなっていくのを感じた。

私は間違ってなかったんだ。良かった。

そう思える。

「じゃあ、ルカをよろしく頼むよ」

「…はい」

それからおばあちゃんは私達を残して、帰っていった。

おばあちゃん、ありがとう、本当に…。

閉まった玄関を見つめながら、私はルカちゃんの手を両手で握り締めた。

その瞬間に、頭を内側から鳴り響いてくる雑音。

激しい痛みに目を瞑って、開けた時には、あの時の景色が舞い戻っていた。

瓦礫の山を走るあの光景…。

案の定、その子は転び、私の家を見上げる。

私は途切れてしまわぬように、必死のその映像にすがりついた。

偶然か、それとも必然なのか、途切れることはなかった。

転んだその子は必死に起き上がり、家の扉を開ける。


―――――――――――――――――っ!?

扉を開けると、二人の男性と女性が転がっている横に、静かに佇む妖魔。

…なんで、どう、して。

その妖魔は私に悲しそうな視線を送り、そのまま空間を捻じ曲げ、消えた。

「おかあさん、おとうさん、おきて、おきてよぉっ!!」

妖魔がいたであろう場所へむかい、父と母であろう人物を揺すっても。

反応がなかった。

「ああああぁ、あぁ…」

握っていた両手をゆっくりと離し、放心状態へと陥る。

それはそうだ、それだけの映像を見てしまった。

「なんで、魔王様が、あの場所に…」

まだ、今の姿とは若干幼い、そんな気がしたが…。

両親の横に佇んでいたのは魔王様だった。



「ということは、私の両親を殺したのは、魔王、様…?」

動揺しているせいか、無意識に思いが口から零れ出ていた。

ふつふつと胸の奥から湧き上がってくる怒りと、殺意。

奥歯をかみ締める。

「魔王様…いや、アリスフィーズ!!!!」

両手を強く握り締める。

「殺す、絶対に、殺すっ…!!」

私のお母さんと、お父さんをっ…!

それを知っていながら今まで、知らぬ顔で・・・!!



裏切られたなら、全力でぶつかるとおばあちゃんも言っていた。


これもいい最期かもしれない。

「待ってろ、アリスフィーズ」

魔王城がある方向へ鋭い視線を向ける。

今にも飛び出そうとした。


しかし、私は動けなかった。

なぜなら、手をきゅっと掴まれて、私の動きは停止してしまったのだ。

ゆっくり振り向くと、ルカちゃんは苦しそうにしながら呟く。

「い、か、ないで…お母、さん」

ルカちゃんの片目から雫が頬を伝うのを見て、自分が今しようとしていたことを再確認する。

高まっていた熱が冷めていく。

「私、何やってるのかしら」

私の手を握ってくれたルカちゃんの、その手を両手で握り返すと、私の両目からも涙が溢れてきた。

今の私は、私ではないような気がした、周りが見えなくなっていた。

そんなの嫌だ、そんな自分勝手は、私のことを拒絶した人たちと同じだ。

…ねぇ、ルカちゃん。

私は裏切られた、とか思っていたかもしれないけど、私も結局みんなと同じかもしれない。

そんな私を、好きでいてくれますか。

「ひとりに、しないで、…」

ルカちゃんはそう呟く。

「大丈夫。ここに、いるわよ」

すると、ルカちゃんはまるで私の声を聞いたかのように、柔らかい笑みを浮かべた。

それだけで、憎しみや怒りが浄化されていくようだった。

握っていた手の平を額に押し付けて、私は涙を流した。

アリスフィーズに私の全てをかけた攻撃を仕掛けたい。

心のどこかで私はきっと思っているけれど。

今は、ルカちゃんの傍にいたい。

ルカちゃんが悲しむようなことは、したくない。

私はルカちゃんの手にそっとキスをする。

「私をここまで、夢中にさせる、なんて…罪な男の人…」

両親の仇よりも、ルカちゃんの体調を優先させるなんて…。

まだ両親について思い出していないのも、理由の一つかもしれないけど。

ルカちゃんを心配する気持ちが何よりも先に来るのが、当然であると思えるのも、事実。

そして、私は、今すぐにでも彼の全てを奪ってしまいたかった。

誰もいない土地へ行って、静かに二人で暮らすのもまたいいかもしれないという思い。

そうすれば、見えないしがらみに囚われることもない。

邪魔が入らない二人きり...。

そこまで、甘いルカちゃんとの生活を考えた私だったけど、すぐに、それが逃げていることであると気付いて。


その思いを振り払うように頭を横に振った。

「きちんと、向きあわないと…。ルカちゃんだったらそういうはずだわ」

まず、自分がどうして、こんな重要なことを忘れていたのか。

忘れていたということすら、気付かなかったのか。それがまだ不思議で仕方なかった。

この記憶はたしかに自分のモノなのに.。

もしかして、記憶.を封印されていたのかも。

そんな技をなせるのも、思いつくのは一人。

「くっ…」

すると、またふつふつと怒りが込み上げて、考えるのをやめた。

ルカちゃんの体に顔を押し付ける。

ルカちゃんの匂いが鼻孔をくすぐって、とても穏やかな気持ちになるのを感じて、途端、眠気が襲ってきた。

――そういえば、今日は色々なことがあって、疲れたわ…。

その欲求に身を委ねてみると、すぐに意識は落ちて行ってしまった。