---エピローグ---
目を開けると、手を握っているパピーの姿があった。
それは、まるで…。
いつか、どこかの僕のように思えた。
僕の身動ぎに気づいたのか、パピーはバッと起き上がる。
その目は赤く腫れてしまっていた。
ずっと、泣いていたのだろうか。
「ルカっ!ルカぁっ!!!」
赤くなった目元を嬉しそうに細める。
パピーはベッドに乗って、僕へ抱きついてきた。
色んなところが痛むけど、それを我慢して抱きとめる。
「パピー、無事だったんだね…」
「当たり前なのだ…ルカが守ってくれたから」
そうか、僕はあの状況でパピーをしっかり守れたのか。
「良かった…」
暫く二人で抱き合って、生きている喜びを噛み締めた後。
「僕はどれぐらい寝てたのかな」
「二日なのだ」
案外、そこまで長く寝ているわけではないみたいだ。
まぁ、そうだろう。
以前も自分の回復力を発揮する場面がいくつかあったから。
僕は純粋な人間ではなくて、半分が天使なのだから。
「そっか。パピーのお姉ちゃんはどうなったんだ?」
「お姉ちゃんは、隣で寝ているぞ…」
「えっ!?」
隣を見てみると、すやすやと寝ているパピー姉の姿があった。
パピーに集中しすぎて全く気づいていなかった。
というか、そこはパピーの場所なんじゃないのかな…。
「んっ…」
あの日見た威圧のある声とは違う、女の子っぽい声を上げたかと思うと、ゆっくりと目を開けるパピー姉。
「…ルカさんっ」
「えっ?」
びっくりしてパピーの方へ顔を向けると、何だか複雑そうな表情を浮かべている。
「ルカさん!起きたんだなっ!良かった!!」
こちらもバッと起き上がったかと思うと、腕に腕を絡ませてきた。
姉妹というか、動作が似ている…。
「ずっと心配だったんだっ…」
…っ。
えーと、いまいち状況が掴めないのだけど。
「二日間の間に何があったの?」
「二日間じゃなくて、あの日が原因なのだ…」
んっ?
多分、傍から見たら僕の頭にはきっとはてなマークのオンパレードである。
「えーと、君は、人間のこと嫌いじゃなかったの…?」
率直な質問を投げかけてみる。
「そうだ、でも…自分の身を顧みず、私を守ってくれたルカさんの姿を見ていたら、自然と心が引き寄せられるのを感じた…。ルカさんなら信じられると」
更に顔を僕の肩にのせて、嬉しそうな声を出す。
「ルカさんとなら、私たちの種族を継いでいけると思った。だから、もう人間を殺そうとは思えない。今はとっても愛おしいぐらいなんだ」
突然の方向転換に僕はがっちり固まってしまう。
いや、変わりすぎでしょこれは、あんだけ敵意むき出しだったのに!?
「ル、ルカはあたしのなのだっ!後から来て図々しいのだお姉ちゃん!」
とはいうものの、僕の真正面から抱きついているパピーはそのポジションからどかない。
「ふっ、甘いな妹、こういうのは先に取ったほうが勝ちなんだ」
二人は視線で火花を散らしている。
「私達の種族の生き残りは二人しかいない、パピーと私。そう、メスしかいないんだ。だから、種族を継ぐためにはルカさんが必要なんだ」
なんでルカさん限定なんですか。
「お姉ちゃんは別の人を見つけてくればいいのだっ」
「無理、却下、ルカさん以外ありえない」
キャラクター性守って!?
「それに、こうしてルカさんと寄り添えるのだったら、共存も悪くないと思ったんだ。母さんの願いだと思うから」
うん、そこもルカさん限定なのかな?
「僕は君たちのお母さんを殺してしまった…それでもいいのかい?」
パピー姉が言った母という言葉に、僕は後ろめたい気持ちになってしまう。
二人の母親を消してしまったのは、紛れもなく僕達だ。
「ルカさん、あれは殺したのではない。憎しみや恨みの呪縛から母さんを解き放ってくれたんだ。感謝している。愛している」
最後の方ちょっぴり、おかしかった気がしたが…。
でも、この現状に納得してくれているだけで僕は満足だった。
まだ人間を否定していたら、どうするべきなのか。
僕だったらきっと、いつまでも説得しようとしたはずだ。
「本当にありがとう、ルカさん。これで私達の種族は、長年の孤独から解放された」
「そうなのだ、あたし達はもう人間と生きていくことに決めたのだ」
二人は笑顔でそう言ってくれた。
人間との共存が、もう目の前なのか…。
「そっか、それなら良かった」
この二日間、パピー達は何かしらの話し合いでもしたのだろう。
「でも、お姉ちゃんがあたしについた嘘とか、使いっぱしりにされてたとかは許さないのだ」と威嚇するような視線をパピー姉へ突きつける。
「うぐぐ…す、すまなかった…」とさすがにパピー姉もたじろいでしまう。
彼女は信じることができなかった、他人を。家族を。
だから、これからは信じて生きていける人生にできればいいと思う。
まだ先は長いはずだ。
「これから信じていこう、疑うことで生きていくんじゃなくて、信じることで生きていけばきっと世界は変わるさ」
なんだか、こんな臭いセリフを言うのは恥ずかしいが…。
それが、他の全ての生物を繋ぐ鍵になればいいと思う。
「ルカさん…私もうルカさんに最大の信用をおいている、死を間際にした生物は素直になるものだ。あれが、ルカさんの本心なら、信じる他にないだろう」
僕は身を呈してパピーを、パピー姉を守った。
自分の命を顧みず。
でも、それを考えると後が怖いこともあるのだ。
今聞こえる、病室を揺らす地震のような足音もその一つ。
「どうやら、起きたようじゃな」
「……ルカ、良かった」
ものすごい音を立ててドアが壁にめり込んだ。
それだけで動けない体を何とか動かして逃げ出したい気持ちに駆られるというのに…。
エルベティエは本当に良かったという表情をしているが、たまもの表情は笑顔を貼り付けたようなもの。
「お主はっ!!」
と、一気に加速し、パピー達を吹き飛ばし、腕を振り上げる
「な、それまずい!!」
抵抗する間もなく、僕はげんこつをくらった。
あのたまものげんこつである。
全身がロボットのようにできているたまもの、げんこつ。
「いったあああああああっ!!!」
くらったところを両手で抑えて、うずくまる。
何とか痛みを発散することができないかベッドでのたうちまわっていると。
あらゆるところが痛むのに、更に頭を追加。
「以前も言うたはずじゃ、身を滅ぼすことはせぬようにと…。お主はもう、一人だけの人間として成り立っているのではないのじゃ」
呆れたように、安堵するように、ため息をこぼすたまも。
「でも、無事に戻ってきてくれたのじゃ、それだけは良しとしよう。一応、ウチが魔術の解析をしなければ、こやつは助かっておらぬことを実感するがよい」
と、視線をパピーへ送る。
パピーへ取り付けられていたある特定の条件を満たすと発動する魔術は、力の高揚を抑える魔術。
たまもが言うには、人間である僕が一緒にいたため、そして、パピーが僕へ好意を持ったために力が高揚し、魔術が発動してしまったらしい。
本来は抑える程度の魔術なのだが、今回は高揚が激しすぎたために発熱してしまったと、言っていた。
「……私も貢献した。だからご褒美」
そう言いながら、まるで母親のように、たんこぶができたところをなでるたまもと、物欲しそうな表情を浮かべるエルベティエ
「勇者のくせにこんなコブなんか作りよって」
「……ご褒美」
「ちょ!エルベティエだんだん近寄ってくるの怖いよっ!後何関係ないみたいな顔してるのたまも!?今さっきコブ作ったのあなたなんですけど!?」
すると、入り口付近に二人の気配が現れる。
「全く、一時はどうなることかと思った」
「まぁまぁ、一件落着よっ!ルカちゃんもよく頑張ったわね」
入り口付近には、優しい微笑みをこぼすアルマエルマと、僕を見つめて肩の力を抜くグランベリア。
「グランベリアちゃんが勝手に暴走するのも悪いんだから」
「ぐっ、す、すまなかった、ルカ…」
四天王が揃って、僕のお見舞いに来てくれたようだった。
左右交互に四人が座る。
パピー達は目を回して、気絶しているようだった。
たまもの快進撃はすごい。
「みんな、ありがとう、みんながいなければ僕はもう…」
「……当然よ、私達もルカに助けられた。助け合って生きて行くものでしょう」
エルベティエは嬉しいことを言ってくれる。
「本当にすまなかったな。今まで一緒に戦ってきた仲間が血だらけで倒れているのを見て、正気を失ってしまった」
それにしても、あのグランベリアは正直怖かった。
動体視力では認知できないスピードで飛び上がり、剣を構えていたのだ。
シルフの力で限界を突破した速度を出さなければ、今頃パピー姉の首はない。
そして、怒りに身を任せたその一撃は僕の脇腹を深くえぐった。
多分、グランベリアが気づいて、減速はしてくれたとは思う。
「ルカちゃんあんまり心配かけないでね、あの時駆けつけられたのはクィーンハーピーちゃんのおかげでもあるの」
「く、クィーンハーピーが?」
そういえば、パピーと旅を始めた頃にハピネス村でクィーンハーピーと出会っていた。
しかし、それっきり顔を合わせていないというのに。
「ルカちゃんは気づいていなかったみたいだけど、ずっとハーピーちゃんに監視されていたみたいよ」
とアルマエルマが窓の外に視線を向けたので、それ追ってみると。
木陰に佇んでいるハーピーが一匹いた。
僕がありがとうと笑顔を向けると、ペコリと頭を下げて飛んでいってしまった。
「クィーンハーピーちゃんはドラゴンパピーの種族に関して知識があったいみたいで、保険をかけていたのよ」
「…本当に、みんなに助けられたな」
あの旅がなければ出会えなかった魔物達に、僕は本当にお世話になっている。
「ところで、ドラゴンパピーの姉はどうしてずっとベッドに寝てたんだ。私が見舞いに来たときもだぞ」
グランベリアが不機嫌?ぽくそう言い放つ。
「何かルカちゃんが大好きになったみたいで、心配で心配で片時も離れたくないって言ってたわ、愛されてるわねぇルカちゃん」
ちなみに当の本人は気絶から立ち直ったのかやっとこさ立ち上がる。
グランベリアは更に眉間にしわを寄せる。
「ドラゴンパピーちゃんのお姉さんの夫となって、種族を助けるのかしら?」
そんな爆弾を投下しました。
エルベティエの眼光が攻撃的になる。
たまもとアルマエルマは微笑んでいる。
パピーは起き上がって不機嫌。
「まぁ、ドラゴンパピーの姉をこんな状態にしたのはルカなのじゃ、しっかり責任を取るんじゃな」
その言葉にパピー姉は何かを気づいたのか、ハッと驚き、たまもへ近づいてく。
「そうですか、お母さん。ルカさんは、私が貰ってもよろしいのですね」
「ウチはルカのお母さんではないぞ…」
外見からしてまるわかりなんですけど…。
じわじわ近づいてくるパピー姉にたじたじになるたまも。
「ドラゴンパピーちゃんのお姉さん、ルカちゃんのお母さんは私よっ?」
と言葉と同時に、エプロン姿に一瞬で着替えたアルマエルマ。
サキュバスお得意の早着替え。
「そうですか、お母さん、ルカさんを貰ってもよろしいですか」
「もちろんよっ」
「まって!!」
勝手に籍を入れる事に対して許可されてしまった。
「ルカはあたしのお婿さんになるのだっ!ルカのお母さん、あたしのお婿さんに欲しいのだ」
「わかったわ、一夫多妻制にしてあげる」
「ちょっと!?」
誰も僕の本物のお母さんであるのかどうなのか、疑うことをしない!?
「私は認めんぞ、ルカがそこらへんのどこの馬の骨とも知らない女と結婚するなど」
腕を組み、すごく不機嫌にグランベリアは呟く。
多分、良き戦友として気遣ってくれているのだろう。
「これから認めてもらえばいいのですか、お父さん」
「誰かお父さんだ!?」
確かに、セリフだけ聞くと至極、お父さんに見える。
「……私もルカが欲しい」
「一夫多妻制だからいいんじゃない?」
アルマエルマは面白そうだからって、絶対話を大きくしようとしている。
「よくないよっ!」
ドラゴン族とスライム族の夫ってどういう状況なの!
「ルカ、どうするのじゃ。あっちこっちから馬の骨を拾ってきて」
「その表現は微妙だ!?」
「仕方ない、ウチもルカの母親とやらになってやろう」
「お母さんが二人も!?これが一夫多妻制がであるがゆえなのですかお父さん」
パピー姉がお父さん?になっているグランベリア問う。
「この二人でどうやったらルカが生まれてくる!?」
「ルカ、何とかするのだ!」
という、パピーの無茶ぶりに、目の間前でカオスになっている魔物達へこう宣言。
「私、ルカは、パピーの種族と手を取って生きていくことを誓います…!こ、これでいいっ!?」
そう宣言したあとにみんなの顔を見ると…
あぁ、これが僕が望んでいた共存と平和の意味なのかと実感が湧いた。
「ルカ、これからよろしくなのだ」
「ルカさん、よろしくな!!」
二人が抱きついてきて、四天王は微笑んだり、頷いたり、少し不機嫌だけど内心は安堵しているはずだ。
「僕は半分天使だから、寿命も長いと思うんだ…だから、末永くよろしくお願いします」
合計六人と、これからも長い付き合いになるとは思うけど
パピーの種族を守っていこうと誓った。
完