1すぐに洞窟の入口あたりまで向かい顔を出すと、暗闇の中で蠢くものが見えた。
パピーか、それともパピー姉か。
慎重に近づいていくと、その小さな人影は僕へ気づいて振り向く。
「ル、ルカ…」
「パピー、無事だったのか、良かった」
予想していた深刻な事態を回避できた。
安堵した僕は今までのことを忘れて、パピーの元へ駆け寄ろうとしたのを。
パピーは一歩後退して拒絶した。
「…パピー」
「あたしはルカを騙していたのだ…」
負い目があるのだろうか。
やはり、人を騙すなんてこと、パピーには荷が重かったのではないか。
「僕は気にしていないよ、何か必ず理由があったんだろう」
パピー姉に利用されていた線が高い。
僕は死んでいるパピーすら予想をしていたから、生きているだけで、良かった…。
そんな僕の考えは知らず、パピーの瞳は揺れていた。
「あたしは、ルカを殴ったのだ!お姉ちゃんに言われて…」
「それにも、何か理由があったんじゃないか」
更に一歩踏み出すと、パピーはビクッと体を揺らした。
怖がっている、のか…?
「どうしてルカは、そうやっていつも許すことができるのだ!?
あたしのお姉ちゃんとお母さんは違ったのだ!人間に襲われた途端に恨み、憎しみ…。許すなんてことしなかったのだ!!
…そして、お母さんはあんな姿になっていた…!!」
と、指差す先には、肉体が腐れ落ちてもまだ生きようとするゾンビのような、ドラゴンの姿があった。
「はっ…」
その姿に目を奪われ続けること、数秒して、僕は同じ表情でパピーを見た。
「これは…」
「あたし、お母さんが生きていると思ってたのだ…」
もう、何を信じていいのかわからないのだ。
そう呟くパピーに対して僕は、大きなショックを自分でもびっくりするぐらい感じていた。
あの純粋な彼女から、そんな言葉が出るなんて…。
短い間で培ってきたイメージが少しずつブレていく。
「あたしはルカに絶対、嫌われると思っていたのだ…。なのにルカは…」
ついにパピーは、揺れているその瞳の端に雫を溜め始める。
「もうお母さんはいないし、あたしはルカに殺されても、いいと思っていたのだ。
だってあたしはルカを騙して、殺す寸前まで追い込んでしまったのだ…」
パピーの母親を交渉材料として、パピーは騙されていたのかもしれない。
十中八九、命令に従わなければ母親を殺すとかいう脅しをしたのだろう。
それでも…。
「いいわけないだろう!?」
僕は洞窟一杯に声を張り上げた。
パピーは涙を溜めながら呆然と僕を見つめる。
「誰が死んでいいとか、殺されていいとかそんな理由は一つだってない!!」
「でも、あたしが信じていたお母さんはもういなくなってしまったのだ…生きている意味を、失ったのだ」
力なく呟くパピーの頬に、一筋の水の流れができる。
「だったら僕が、これからパピーの生きている意味になるっ!僕にはパピーが必要なんだ。
まだ旅は終わってないし、君に紹介していない人達がたくさんいる!!」
その間にも、パピーは大粒の雫を流し始め。
僕へ一歩、近づいてきてくれたのだ。
それは、まだ生きている意味を見出そうとする者のあがきであってほしい。
「君は全て演技と言ったけど、それは違うはずだ。僕の料理を食べておいしいと言ってくれた、あれは嘘だったの?
一緒に歩くと楽しそうに笑顔で話してくれるのも、病室で僕に対して言ってくれたありがとうの言葉も全部が嘘なの?」
小さく横に振り、次第にその否定の動作が大きくなる。
「そんなわけない、そんなわけないのだっ!」
一から始めたものが演技であっても、全部が嘘じゃないはずだ。
例え嘘だといっても、どこかに本当が混じっているはずなんだ。
「だったら、君は僕を騙してなんかいないさ」
僕は笑顔でパピーを見つめる。
そう、これが僕の出した答えなんだ…!
「じゃあ、あたしはこの世界にまだ、いていいのか?…ルカの隣に、いていいのか?」
嗚咽を漏らしながら、パピーはすがるように。
「当然だ、この世界に君は必要なんだ」
「…カ、ルカ…!」
くしゃくしゃになった顔で、走り出そうとするパピー。
僕は笑顔で彼女を迎えようとする。
…が。
「なっ…」
パピーが目を見開くと同時に強い衝撃が背中から伝わってきた。
吹き飛ぶ程ではない、よろけてしまうぐらい。
しかし、数秒遅れて、じんわりとした背中の痛みと生暖かい感触が、血管を張り巡らせたように伝わってくる。
肩の方にべっとりと血がついているのが見える。
頭では何が起こったのか理解しているはずなのに、痛みはまるでやってこなかった。
振り向くと、パピー姉が笑みを浮かべて立っている。
その爪には真っ赤に染まっていた。
「そうだったな、お前は並の勇者じゃなかった。厳重に縛り付けておくべきだった」
僕はパピーとの再会に夢中で、この状況へ追い込んだ張本人を忘れてしまっていた。
不覚にも背中を取られてしまったんだ…。
「…こんなことして、何の意味があるって言うんだ」
パピーが近寄ってこようとするのを手で制す。
僕達が一箇所に固まってしまえば、パピー姉の恰好の餌食になるはずだ。
「深い意味なんてない。ただ復讐したい、この種族の名をとどろかせてやりたい。単純だろ?」
「イリアスがいなくなった今、もう魔物が悪というレッテルを貼り付けられることもなくなったんだ!だからっ!!」
「人間と共存して欲しい…と?人間に弾圧された私達によくそれが言えたな」
「それは僕だって同じ事が言えるはずだ」
コップから水が溢れるように、背中から全身の血液が流れおちて行くのがわかっている。
パピーは口を手で押さえたまま、震えている。
「君が今、人間を悪としているように、当時の人間達には君たちが悪に見えたはずだろう」
「…何が言いたい?」
パピー姉の雰囲気に殺気が混じり始める。
「復讐は結局、お互いの価値観を捻じ曲げることしかないってことだ。僕が君達に殺されて歴史に名を刻んだとしても
君の種族は結局、悪役として取り扱われるはずだ」
「それでも、いい…」
「本当に…?君はさっき言っていた「お前は怖くなかったか、全ての生物から拒絶されてしまうことに」と、それは孤独だった故の言葉じゃないのか」
「それ以上は、もうやめろ」
パピー姉はつらそうな表情を浮かべる。
「もう一歩近づいてくれれば、笑顔で過ごせる日常があるのに、君はどうして歩み寄ってこないんだ!なんで拒絶しようとする!!」
動揺を見せていたパピー姉の視線が鋭くなる。
「だったら、母さんはどうすればいいっ!!死んでもなお死ぬことのできない、恨み憎しみの権化となった母さんは!?」
それでも、その鋭い瞳の奥に悲しみさが混じっているように僕は思えてやまなかった。
「母さんがかわいそうじゃないか…。人間に一番歩み寄ろうとしていた母さんが出来なくて、どうして私達にそれができる!それが運命だとでもいうのか。
そんな残酷なこと認めない。私はずっと母さんの味方であり続ける」
僕は内心ではホッとしていた。
まだ、自身の母親をそうやって気にかけるだけの、良心がある。
「そうか、なら君は、母親の意思を守るためなら、妹であるパピーを道具のように扱ってもいいということか」
「…」
「あの高熱もそうだ、君が仕組んだはずだ。死ぬかもしれなかったっ!」
パピー姉は歯を強く噛み、視線を外した。
「そうするしか、なかったんだ、私だってあんなことになるなんて…」
パピーに取り付けられていた魔術は、ある一定の条件を満たすと発動する設置型。
そのせいでパピーは高熱を出してしまったらしい。
「君は今、パピーの表情が見ることが出来るか、母親が生きていると信じて、君の命令を聞いていた彼女の表情を!!」
パピー姉は、涙でぐしゃぐしゃになったパピーを一瞬だけ見ると、静かにとじる。
「妹の思いを踏みにじってまで成し遂げたいことなのか、いい加減目を覚まそう。君の母親だって、君達に生きていて欲しいはずだ」
僕がなんとか説得を試みようとするも、パピー姉は余計な思いを振り払うように、首を横に振った。
そして、鋭い眼光が再び現れ始める。
「もういい、こんな会話等、意味を成さない」
そう言われてしまえば、僕にはもう、何も出来な…い…。
さすがに血を流しすぎたのか、立つことすら難しくなっていく、視界がぼやけていく。
脳みそへの血液が不足しているみたいに。
「天秤にかけよう、人間という種族である自分を取るか、それとも私達種族と共存をしたいがために、パピーの為に死ぬか。だ」
「お姉ちゃんっ!そんなの卑怯なのだっ!!」
「共存を望んでるお前なら、できるはずだよなぁ?」
口の端が大きくつり上がり、洞窟に響く小さな破裂音のようなもの。
僕がそれを指と指が擦れる音(フィンガースナップ)だと気づくのに数秒遅れて、後ろの方で大きく動く気配。
「お、お母さん…」
化物の叫び声のようなものが洞窟を轟かせる中、パピーの声が奇跡的に聞こえた。。
お母さんって、もしかして、あのゾンビのような…!?
「パピーにげ、て!!」
「お前の相手はこっちだ」
ぼやけた視界の中で、ゆっくりと…僕が恐怖するのを楽しむように近づいてくるのはパピー姉。
その右の爪は真っ赤に染まり、地面に雫を垂らしている。
「いい加減にしろっ!実の妹を殺してまで成し遂げたいことなのかよ!!」
「妹が死ぬかどうかは、お前にかかってるんだけどな」
そう、僕の選択でどちらが生きるか死ぬかで決まってしまう。
まるで、抜け道のない迷路に迷い込んだようだ。
どちらかを選べば、どちらかが死ぬ事になる。
だったら、僕ができることは一つなはずだ。
「やはりそうだ、人間はいつも自身の身が優先される」
鬱陶しそうに僕を見るパピー姉に振り上げた剣。
自分の身を守ることに徹したら、パピーが母親に殺される。
実の母に殺されるなんて残酷だ。
パピー姉を倒して、パピーを助けに行くなんてことは不可能だ。
ドラゴン族はただでさえ力のある種族である。
僕みたいなひよっこ勇者に勝てるはずがない。
パピー姉に剣を振り下ろす。
そう見せかけて、瞬時に僕はパピーの母親へ剣を振り切っていた。
「なっ!?」
パピー姉は構えていた大勢を崩して驚く。
剣は母親の腐った肉をや骨を鋭く切り刻み、粒子となってその姿が消えていく。
これでパピーの安全は守られたと言ってもいいだろう。
そして…。
素早い足音の直後。
お腹の方から胸にかけて、上へ向かって肉を引きちぎるような生々しい音が自分の体から聞こえる。
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次回
あいつがキレる
パピーか、それともパピー姉か。
慎重に近づいていくと、その小さな人影は僕へ気づいて振り向く。
「ル、ルカ…」
「パピー、無事だったのか、良かった」
予想していた深刻な事態を回避できた。
安堵した僕は今までのことを忘れて、パピーの元へ駆け寄ろうとしたのを。
パピーは一歩後退して拒絶した。
「…パピー」
「あたしはルカを騙していたのだ…」
負い目があるのだろうか。
やはり、人を騙すなんてこと、パピーには荷が重かったのではないか。
「僕は気にしていないよ、何か必ず理由があったんだろう」
パピー姉に利用されていた線が高い。
僕は死んでいるパピーすら予想をしていたから、生きているだけで、良かった…。
そんな僕の考えは知らず、パピーの瞳は揺れていた。
「あたしは、ルカを殴ったのだ!お姉ちゃんに言われて…」
「それにも、何か理由があったんじゃないか」
更に一歩踏み出すと、パピーはビクッと体を揺らした。
怖がっている、のか…?
「どうしてルカは、そうやっていつも許すことができるのだ!?
あたしのお姉ちゃんとお母さんは違ったのだ!人間に襲われた途端に恨み、憎しみ…。許すなんてことしなかったのだ!!
…そして、お母さんはあんな姿になっていた…!!」
と、指差す先には、肉体が腐れ落ちてもまだ生きようとするゾンビのような、ドラゴンの姿があった。
「はっ…」
その姿に目を奪われ続けること、数秒して、僕は同じ表情でパピーを見た。
「これは…」
「あたし、お母さんが生きていると思ってたのだ…」
もう、何を信じていいのかわからないのだ。
そう呟くパピーに対して僕は、大きなショックを自分でもびっくりするぐらい感じていた。
あの純粋な彼女から、そんな言葉が出るなんて…。
短い間で培ってきたイメージが少しずつブレていく。
「あたしはルカに絶対、嫌われると思っていたのだ…。なのにルカは…」
ついにパピーは、揺れているその瞳の端に雫を溜め始める。
「もうお母さんはいないし、あたしはルカに殺されても、いいと思っていたのだ。
だってあたしはルカを騙して、殺す寸前まで追い込んでしまったのだ…」
パピーの母親を交渉材料として、パピーは騙されていたのかもしれない。
十中八九、命令に従わなければ母親を殺すとかいう脅しをしたのだろう。
それでも…。
「いいわけないだろう!?」
僕は洞窟一杯に声を張り上げた。
パピーは涙を溜めながら呆然と僕を見つめる。
「誰が死んでいいとか、殺されていいとかそんな理由は一つだってない!!」
「でも、あたしが信じていたお母さんはもういなくなってしまったのだ…生きている意味を、失ったのだ」
力なく呟くパピーの頬に、一筋の水の流れができる。
「だったら僕が、これからパピーの生きている意味になるっ!僕にはパピーが必要なんだ。
まだ旅は終わってないし、君に紹介していない人達がたくさんいる!!」
その間にも、パピーは大粒の雫を流し始め。
僕へ一歩、近づいてきてくれたのだ。
それは、まだ生きている意味を見出そうとする者のあがきであってほしい。
「君は全て演技と言ったけど、それは違うはずだ。僕の料理を食べておいしいと言ってくれた、あれは嘘だったの?
一緒に歩くと楽しそうに笑顔で話してくれるのも、病室で僕に対して言ってくれたありがとうの言葉も全部が嘘なの?」
小さく横に振り、次第にその否定の動作が大きくなる。
「そんなわけない、そんなわけないのだっ!」
一から始めたものが演技であっても、全部が嘘じゃないはずだ。
例え嘘だといっても、どこかに本当が混じっているはずなんだ。
「だったら、君は僕を騙してなんかいないさ」
僕は笑顔でパピーを見つめる。
そう、これが僕の出した答えなんだ…!
「じゃあ、あたしはこの世界にまだ、いていいのか?…ルカの隣に、いていいのか?」
嗚咽を漏らしながら、パピーはすがるように。
「当然だ、この世界に君は必要なんだ」
「…カ、ルカ…!」
くしゃくしゃになった顔で、走り出そうとするパピー。
僕は笑顔で彼女を迎えようとする。
…が。
「なっ…」
パピーが目を見開くと同時に強い衝撃が背中から伝わってきた。
吹き飛ぶ程ではない、よろけてしまうぐらい。
しかし、数秒遅れて、じんわりとした背中の痛みと生暖かい感触が、血管を張り巡らせたように伝わってくる。
肩の方にべっとりと血がついているのが見える。
頭では何が起こったのか理解しているはずなのに、痛みはまるでやってこなかった。
振り向くと、パピー姉が笑みを浮かべて立っている。
その爪には真っ赤に染まっていた。
「そうだったな、お前は並の勇者じゃなかった。厳重に縛り付けておくべきだった」
僕はパピーとの再会に夢中で、この状況へ追い込んだ張本人を忘れてしまっていた。
不覚にも背中を取られてしまったんだ…。
「…こんなことして、何の意味があるって言うんだ」
パピーが近寄ってこようとするのを手で制す。
僕達が一箇所に固まってしまえば、パピー姉の恰好の餌食になるはずだ。
「深い意味なんてない。ただ復讐したい、この種族の名をとどろかせてやりたい。単純だろ?」
「イリアスがいなくなった今、もう魔物が悪というレッテルを貼り付けられることもなくなったんだ!だからっ!!」
「人間と共存して欲しい…と?人間に弾圧された私達によくそれが言えたな」
「それは僕だって同じ事が言えるはずだ」
コップから水が溢れるように、背中から全身の血液が流れおちて行くのがわかっている。
パピーは口を手で押さえたまま、震えている。
「君が今、人間を悪としているように、当時の人間達には君たちが悪に見えたはずだろう」
「…何が言いたい?」
パピー姉の雰囲気に殺気が混じり始める。
「復讐は結局、お互いの価値観を捻じ曲げることしかないってことだ。僕が君達に殺されて歴史に名を刻んだとしても
君の種族は結局、悪役として取り扱われるはずだ」
「それでも、いい…」
「本当に…?君はさっき言っていた「お前は怖くなかったか、全ての生物から拒絶されてしまうことに」と、それは孤独だった故の言葉じゃないのか」
「それ以上は、もうやめろ」
パピー姉はつらそうな表情を浮かべる。
「もう一歩近づいてくれれば、笑顔で過ごせる日常があるのに、君はどうして歩み寄ってこないんだ!なんで拒絶しようとする!!」
動揺を見せていたパピー姉の視線が鋭くなる。
「だったら、母さんはどうすればいいっ!!死んでもなお死ぬことのできない、恨み憎しみの権化となった母さんは!?」
それでも、その鋭い瞳の奥に悲しみさが混じっているように僕は思えてやまなかった。
「母さんがかわいそうじゃないか…。人間に一番歩み寄ろうとしていた母さんが出来なくて、どうして私達にそれができる!それが運命だとでもいうのか。
そんな残酷なこと認めない。私はずっと母さんの味方であり続ける」
僕は内心ではホッとしていた。
まだ、自身の母親をそうやって気にかけるだけの、良心がある。
「そうか、なら君は、母親の意思を守るためなら、妹であるパピーを道具のように扱ってもいいということか」
「…」
「あの高熱もそうだ、君が仕組んだはずだ。死ぬかもしれなかったっ!」
パピー姉は歯を強く噛み、視線を外した。
「そうするしか、なかったんだ、私だってあんなことになるなんて…」
パピーに取り付けられていた魔術は、ある一定の条件を満たすと発動する設置型。
そのせいでパピーは高熱を出してしまったらしい。
「君は今、パピーの表情が見ることが出来るか、母親が生きていると信じて、君の命令を聞いていた彼女の表情を!!」
パピー姉は、涙でぐしゃぐしゃになったパピーを一瞬だけ見ると、静かにとじる。
「妹の思いを踏みにじってまで成し遂げたいことなのか、いい加減目を覚まそう。君の母親だって、君達に生きていて欲しいはずだ」
僕がなんとか説得を試みようとするも、パピー姉は余計な思いを振り払うように、首を横に振った。
そして、鋭い眼光が再び現れ始める。
「もういい、こんな会話等、意味を成さない」
そう言われてしまえば、僕にはもう、何も出来な…い…。
さすがに血を流しすぎたのか、立つことすら難しくなっていく、視界がぼやけていく。
脳みそへの血液が不足しているみたいに。
「天秤にかけよう、人間という種族である自分を取るか、それとも私達種族と共存をしたいがために、パピーの為に死ぬか。だ」
「お姉ちゃんっ!そんなの卑怯なのだっ!!」
「共存を望んでるお前なら、できるはずだよなぁ?」
口の端が大きくつり上がり、洞窟に響く小さな破裂音のようなもの。
僕がそれを指と指が擦れる音(フィンガースナップ)だと気づくのに数秒遅れて、後ろの方で大きく動く気配。
「お、お母さん…」
化物の叫び声のようなものが洞窟を轟かせる中、パピーの声が奇跡的に聞こえた。。
お母さんって、もしかして、あのゾンビのような…!?
「パピーにげ、て!!」
「お前の相手はこっちだ」
ぼやけた視界の中で、ゆっくりと…僕が恐怖するのを楽しむように近づいてくるのはパピー姉。
その右の爪は真っ赤に染まり、地面に雫を垂らしている。
「いい加減にしろっ!実の妹を殺してまで成し遂げたいことなのかよ!!」
「妹が死ぬかどうかは、お前にかかってるんだけどな」
そう、僕の選択でどちらが生きるか死ぬかで決まってしまう。
まるで、抜け道のない迷路に迷い込んだようだ。
どちらかを選べば、どちらかが死ぬ事になる。
だったら、僕ができることは一つなはずだ。
「やはりそうだ、人間はいつも自身の身が優先される」
鬱陶しそうに僕を見るパピー姉に振り上げた剣。
自分の身を守ることに徹したら、パピーが母親に殺される。
実の母に殺されるなんて残酷だ。
パピー姉を倒して、パピーを助けに行くなんてことは不可能だ。
ドラゴン族はただでさえ力のある種族である。
僕みたいなひよっこ勇者に勝てるはずがない。
パピー姉に剣を振り下ろす。
そう見せかけて、瞬時に僕はパピーの母親へ剣を振り切っていた。
「なっ!?」
パピー姉は構えていた大勢を崩して驚く。
剣は母親の腐った肉をや骨を鋭く切り刻み、粒子となってその姿が消えていく。
これでパピーの安全は守られたと言ってもいいだろう。
そして…。
素早い足音の直後。
お腹の方から胸にかけて、上へ向かって肉を引きちぎるような生々しい音が自分の体から聞こえる。
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次回
あいつがキレる