「ル、ルカは、そんなに私が嫌いなのかっ!?」
振り向くと、グランベリアの瞳がうるみ始めていた。
僕はそんなグランベリアの反応に若干ショックを受けたが、今一番ショックを受けているのはグランベリアだろうと判断する。
「ち、違うんだ。だって、こんな厳しい訓練やらされていて、声を聞いてしまったらそう思ってしまうよっ!」
と、自分の考えを肯定するが、改めて考えてみるとぶっ飛んでいる。
「わ、わかった…少しだけ緩和してやる、それでいいか?」
兵士達は突然わっ!とみんなで顔を見合わせて喜びを分かちあった。
「ごめんよグランベリア。そして、ありがとう」
「…じゃあ、一つだけ」
「ん?」
うるうるとした瞳で、うつむきながら視線を送る。
これは、まさか、上目遣い…!?
あのグランベリアがまさか。
「魔王城まで付き合ってくれ」
「だから、無理だって」
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グランベリアがついに泣き崩れてしまったところを何とか慰めて、僕達はグランゴルド城を出ることにした。
グランベリアには大変申し訳ないことをしてしまった。
兵士達の話を聞いているとつい…。
今まで共闘をしてきた四天王の一人を疑ってしまう僕も悪い。
整備された道を歩み、次の地方へ向かおうとしたところで、パピーはこんなことを切り出した。
「ルカ、あたしの種族のとこへ行かない、か?」
言いづらそうにしながらも、彼女はそう言う。
パピーの種族と言えば「人間との共存を望み、人間達に魔物というだけで討伐をされてしまった」種族である。
そんな悲劇的な事件がありながらも、僕が入っていってしまっていいのだろうか。
平和を望む僕が言うのもなんだが、もしかしたら…殺されてしまうかもしれない。
多分、パピーはそこらへんを考えて、言いづらそうにしていたんだろうと。
僕は思っていた。
「僕が行っても、大丈夫なの?」
「大丈夫なのだ!」
本当に大丈夫なのかという不安を打ち消すような、パピーの元気な声
行ってみるだけ行ってみよう。
危険になったらパピーと一緒に逃げればいい。
と、軽い気持ちでパピーに先導され、僕は整備された道から外れていく。
草原のような道から、更に険しい岩石がちらばる道へと変化を遂げると、いよいよドラゴン族っぽい所へ来た。
ここはサラマンダーと契約をするために来た山脈と似ている気がする。
険しいところだからこそ、他の生物を寄せ付けず、独立して生きていたドラゴン族。
それが人間の共存を望んでいるというのだから、僕はきっとその手を掴まなければいけないだろう。
どす黒い岩石が更に行く先を阻み始め、足場も悪くなってきた。
そこで、僕達よりも何倍もでかい岩石が二つ立ちはだかった。
正直、これはもう壁に近いものだ、ここを越えていこうなんて思わない。
しかし、パピーはその二つの岩石の前に止まり。
まるで心臓の鼓動を確かめるかのようにゆっくりとした動作で岩石に手を当てる。
「もしかして、ここが…?」
パピーが何も言わずに目をつぶると、岩石二つが離れるように動き出す。
そこへ現れたのは、小さな集落のようなもの。
この険しい場所には似合わない人間たちが作った家のようなものも見える。
「ここが、パピーの村なのか…?」
キョロキョロと見渡していると、一人の女性がこちらへ歩いてくる。
その人はとってもパピーに、似ていて。
パピーが成長したらこんな感じの子になるのだろうかと思わせる程。
「お姉ちゃん…」
パピーが呟く。
やはり姉だったか。
パピーは浮かない顔をしたままだ。
実の姉に会ったというのに、どうしてそんな顔をするのだろうか。
「パピー、久しぶりね…。そして、その人間が…そう…」
優しい微笑みをこぼしながらゆっくりと近づいてくる、パピーの姉。
「初めまして、ルカと言います。パピーに連れられてここへ来ました」
「ご丁寧にありがとう。私はパピーの姉よ」
とても気さくな方で助かった。
以前の事件のせいで、怯えられるか、敵対されるかもしれないと思っていたからだ。
パピーの姉は笑顔で握手を求めてきたので、僕もその握手に答える。
パピーと同じ、人間とは違う刺々しい手をしているのに、そのぬくもりはとても暖かった。
はずなのに。
強引に力が加わってしまったために、僕は体勢を崩した。
握っていた手を思いっきり引かれ、パピー姉の胸元まで近づいたところ。
腹部にとても強い衝撃を感じて、体をくの字へ曲げようとする。
しかし、その逆方向へ引き寄せられているために、その強い衝撃が抉りこんだ形になる。
人間の手とは違う突起物が骨や内臓を削ぐ。
激痛が駆け巡って、声にもならない空気を口から吐き出すことになる。
「…」
パピー姉から解放され、一歩後ろへ下がる。
瞬間に僕の頭は、今起こっていることが、予想の一つであることに気づく。
そっか…。
やっぱり、ダメなのか。
人間である僕じゃ…。
なんとかパピー姉の顔が見えるように、伏せている顔をあげると。
その瞳にはどす黒い物が渦巻いているように、僕は見えてしまった。
それは今起きた出来事の副作用なのかもしれない。
僕は何も口にできなかった。彼女達を殺したのは僕でもあるのだから。
抵抗することもできない。
こうして彼女に殺されることも当然なのかもしれない。
再び、顔を下へ下げる。
---------本当にこれでいいのだろうか。
彼女達と和解できないままで、良いわけがない。
こうして、彼女達が僕を殺すように、また他の人間を殺してしまったら。
きっと、僕の意思を継いでるアリスや四天王の標的になってしまう。
ただでさえ、僕は世界を救った勇者という称号がついている分。
あらゆる面から攻撃されてしまう可能性が出てきそうだ。
結局、種族が滅びてしまうかも知れない。
そんな運命がわかっているのに、何もしないでいいのか。
この種族は結局、未来には消えてしまう。
そんなの…!
心の奥でそんな言葉が浮上してくると同時に、パピー姉から想像を超える言葉が発せされた。
「パピー、もう演技はいい」
えん、ぎ?
「…っ」
ゆっくりとした動作で、パピーの方へ顔を向ける。
僕の目は大きく見開かれている
演技?一体…?
「ごめんなのだ…ルカ」
その言葉を否定することはない。
パピーは僕を見ているのに、その目が僕を捉えていないようにも見えた。
光を失ってしまったパピー。
「意味が…わか…ない…」
痛みの激しさの前に僕は膝をついてしまった。
しかし、視線はずっとパピーを見つめている。
それでも、パピーは何も行動しない。
それが、パピー姉の、言葉の効力なのだろうか。
「全部…えん、ぎ、だった…?」
パピーは何も言わないまま、小さく頷いた。
そうか、全部演技だったのか。
僕をここへ連れてきたのも、全てパピーが誘導したのか。
僕の中の何かが、プツンッと切れた。
再び地面をただ呆然と眺める。
もう、自分が信じていたものさえ忘れてしまいそうになった。
「今ま…で、全部…う、そ…」
「パピー、もうそろそろトドメをさしてやってもいいだろう」
パピー姉の冷酷な一言が鼓膜を揺さぶると同時に、岩石を踏み砕くような足音が聞こえる。
今までの出来事で動かなかったパピーが、パピー姉の一言で動き出したんだ。
彼女を眺めると、しかし、その表情は無に支配されている。
こんなパピーを見るのは初めてだ。いつも笑顔で、時々寂しそうな目をするけど…。
無の奥で、涙を流しているように見えたのは、僕が今までパピーと旅をしてきたための幻覚だったのか。
そんな僕の思いなど知らず、パピーはその腕を大きく振り上げると。
頭に重い衝撃が加わって、意識が遠のいていくのを感じた。