「あ、エルベティエ様…」

「……事情は聞かせてもらったわ。ドラゴンパピーの体調が優れないみたいね」

「すいません…あたしがこんなところに連れてこなければ」

すっかりと力をなくしてしまった表所を浮かべるスライム娘に、エルベティエは怒るような素振りも見せず、近づいていく。

スライム娘がやっていることは何となくわかる。

パピーの体温を下げるか、上げなようにするため体を冷やしてくれているのだろう。

「……今はドラゴンパピーの体調を改善することに力を尽くしましょう、やってしまったことは変わらないけど、今から変わることはたくさんあるわ」

と同時にエルベティエは僕に向けて静かに微笑んだ。

まるでそれは、あなたが教えてくれたことなのよ と言うように。

エルベティエは早速スライム娘と協力してパピーの体温を下げるのに貢献してくれた。

僕はエルベティエに向かって「ありがとう」と呟くことしかできず。

「たまも、もう少し詳しく事情を説明してくれないか」

たまもは頷いて、その口を開いた。

「二人は遊ぶために傍にある山へ入って、すぐにドラゴンパピーが歩けなくなるほど高熱を出した、ということじゃ。

そこのスライム娘はずっとドラゴンパピーの体温を上げぬように守ってくれていたのじゃ」



「そうか、スライム娘、本当にありがとう」

「うんっ」

例えば、パピーが一人で興味本位で山に入ってそんな状態になったら…。

そう考えると恐怖が襲ってくる。

「事情はわかった。…たまも単刀直入に聞くが、このパピーの病状は改善するの?」


「うむむ…。今はエルベティエ達に頼って、体温が上がりすぎてしまうのを抑えることしかできぬ」


「どうして!?薬とかはないの!?」

「……ルカ少し落ち着いて」

その言葉が脳みそに届くと同時に、まるで全身に氷を当てられたかのように興奮の熱が冷めていく。

…なんだか、さっきから取り乱してばかりだ。

「薬はないのじゃ。ここは人間の病院であるし、そもそも魔物はほとんど風邪や熱に掛かることはないの、じゃが…」

たまもは苦しそうに息をするパピーを横目で見つめる。

そ、そんな、だったら対処法なんてないに等しいじゃないか。


「今はドラゴンパピーの体温をどうにかして下げることに専念するのじゃ、その間に対処法を探すしかない…」

たまもの尻尾と耳はすっかり力なく垂れ下がってしまっていた。

いつもの堂々として、その長寿がゆえの知識を振るう姿ではない。

エルベティエやスライム娘はパピーの体温を上げぬように懸命に頑張っている。

自身の体がその熱で蒸発しそうになったとしても、水分をなんとか保持して…。

「ドラゴンパピー!病で倒れたって本当?」

扉が大きく開かれた。

もしかして、救世主が来たのかもしれない、心の片隅でそんな期待を抱いてしまった。

そこに現れたのは、元盗賊団の中にいた一人、ゴブリン娘。

息が少しだけ乱れていて、急いでこちらへ向かってきたというのが一目でわかる。

「ル、ルカ…?一体…」

ゴブリン娘は僕を見て名前を呟くが。

「……丁度いい時に来たわ、あなた、バケツに水を汲んで持ってきてほしいの、この子を助けるためには必要なの」

「わ、わかった!待っててっ!」

僕に事情を聞こうとでも思っていたのだろうか、それでも、エルベティエの「この子を助けるため」

その一言を聞くとすぐに振り返り、力持ちかつすばやさに自身のあるゴブリン娘は慌ただしく駆けていった。

ゴブリン娘と入れ替わるように続いて、妖狐が現れた。

「たまも様、やはり難しいようです…」

沈んだ表情と声で首を横に振る。

妖狐からこの先、僕が望む結果になるような言葉を得ることは、できなかった。

僕はただ呆然と立ち尽くすことしかできない。

短い間の旅だけど、僕が一番ドラゴンパピーの事を知っているはずなのに。


なんで僕は、出会ってきた仲間達が懸命に戦っているのを、ただ、眺めていることしかできないのか。

魔物に詳しくないから。

それとも、ただ無力な人間だからだろうか。

魔物のように、並外れた能力なんてもの、ないからだろうか。

「ルカ、すごくつらそうな顔してる」

いつの間にか傍に来ていた妖狐は、僕の顔を覗き込むようにしてそう言う。

その瞳で、僕の心の不安すら見つめられているような気分になり、僕は自然に視線を外した。

怖かった、自分の不安が表に出てみんなの迷惑をかけてしまう。

足でまといになってしまう、そんなの…・。

「確かに対処法はないかもだけど、今、ルカがするべきことはきっとあるはずだよ?」

「僕の、やるべきこと…」

妖狐は笑みを作って、頷いた。

その笑顔は僕の不安というなのわだかまりを溶かすだけの、暖かい熱がこもっていた。

「大丈夫、ルカならきっと、できるから」

妖狐は僕の手を優しく握ってくれた。

それだけで充分嬉しくて、涙が出てしまいそうになる。

「どうして、妖狐は僕のことをそこまでわかっているの?」


そう質問をしてみると、いたずらっぽい笑みを作って妖狐は僕から距離を少しだけ取った。

「…別の世界のあたしは、あなたこと、とってもよく知っているからだよっ」

そう言って満面の笑みをこぼした妖狐へ、疑問を投げかけることもできず。

妖狐は、早々と病院から出て行ってしまった。

「僕にしか、できないこと…」

ゆっくりと、パピーが寝かされているベッドへ近づいてゆき。

彼女の手を両手で包み込んだ。

「……ル……カ」

苦しい息遣いの中、パピーは僕の名前を呼んだ。

エルベティエとスライム娘は僕の行動に納得し、笑顔を見せてくれる。

「パピー、僕はここにいるから」


僕は無力な人間だけど、君の傍にいることならできるよ。



薬も確かな対処法もないけど。

君の傍に僕はずっといるから。

だから必ず、帰ってきて欲しい


パピー。

まだ、旅は終わってないから。


この思いがパピーに届くように。

そう願うと同時に、ゴブリン娘がバケツ三杯を持ってきてエルベティエの傍へ置いた。

そして、その様子を察したのか「ルカ、またドラゴンパピーを絶対、救ってね」そう言って去っていった。

僕は力強く頷いて、ウンディーネの力に意識を集中させた。

エルベティエとスライム娘を助けるために、その力を二人に注いだ。

「……ルカ」「ルカさん」「…カ…」

それでも、パピーの手は離さなかった。


僕にできることは、 これぐらいだから。















----------それから、パピーが目覚めることはなかった。