それが、妖狐の不安を消し去る要(かなめ)となるのであれば…。


そういう思いで瞬きをした時。


僕の腕に妖狐はいなくて、周りは暗闇に包まれていた。


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先程まで空いていた窓はしまっていて、月明かりは失われている

突然の出来事に、戸惑いながらも。


「ようこ?妖狐!!」

つい先程、一緒にいると誓ったはずの妖狐を探しに行く。

妖狐はどこにいるんだ。今離してしまったら…っ!!




それ以前に…。


今いるここが、現実なのかすら、定かではない。


暗闇の恐怖が心へ忍び寄ってきた時。

遠くの方でうっすらとした光が見えて、何ふり構わず走っていく。

妖狐、妖狐なのか…?

光の姿がはっきりしてくると

二人の人影見えた。


一人は妖狐を成長させた姿にとても似ている。

長い銀髪の和服姿に、狐耳の九尾。

しかし、妖狐ではないことはわかった。

そして、もう一人は人間の男性で。

僕と似ていた。

「「ルカさん」」


二人は大人びた声で名前を呼ぶと、優しく微笑んだ。

もしかしたら、この二人は…。

「ルカさん、妖狐はずっと一人で生きてきたんだ。本当は私達が見守ってやらなければいけないのに…」

男性は少しだけ寂しそうにして言う。

「ですから、あたし達はルカさんにお願いしに来ました。妖狐を、あたし達の娘をどうか幸せにしてください、お願いします」


それは幻か、夢なのか。

この世にいるはずのない二人と僕は接していた。


「あの子はあたし達とともに育ってきた里のことを本当に愛しているはずなの。でも、あの子もワガママ言いたい時期なの、だからわかってあげてね」

妖狐の母は「あたし達」と言う。

その意味は僕にもわかった。

生きていなくても   こうして、彼女のそばで見守っているのだと…。

「妖狐は本当にあなたのことが大好きだよ。私と話をしているぐらい、笑顔が輝いている。だから頼んだよ。妖狐のだけの、勇者となってね。」


僕は「はい」と返事をする。


もう会えないかもしれない、妖狐の両親からの頼みであるのなら叶えてあげたいと思った。

僕の両親はもう、いなくて。

彼女のように周りの期待があったわけではないけど。


彼女の辛さが 痛い程わかってしまうから。



「あなたはとても優しい人間だよ、あなたのような人が娘をもらってくれて私は嬉しい」

まるで僕の父のように、大きな手のひらで頭を撫でてくれた。


あぁ、頭を撫でられるのってこんなに心地よいものなんだ…。



「ですから、あたしから魔法をあげます」



「もう、会えるのはこれで最後になりますから」


妖狐と似ている女性はゆっくりと僕へ歩いてきて。



優しく抱きしめてくれた。


その心地よい感触に身をゆだねていると


月の光が視界を照らして、窓の外から吹いてくる風が僕へ生の実感をくれる。

我に返ったのかどうなのか。僕は妖狐であろう人物を抱きしめていた。


そして彼女も、それに答えるように強く抱きしめていた。

先程まで見失っていたその感触。

「ルカさん、あなたのことをお慕いしております」


その声は、妖狐の母親のモノではない。

確かに妖狐ものだった。


抱きしている手のひらに、長い髪の感触があるけど。

随分身長が高くなってしまっているけど。

僕にはこの子が 妖狐なんだとすぐにわかる。


「これからも、あたしと歩んでいってください」


大人になった妖狐が僕を見つめて、そう呟いた。

銀色の耳と髪、九つの尻尾。

長いまつげに優しい眼差し。


これが、将来の妖狐の姿。

「…はい」

少しだけ見とれて、僕は確かに返事をする。

神秘的な光を受けながら、僕たちは結婚式のように誓いのキスをした。

これが僕と妖狐を 一歩先へと後押ししてくれる魔法だった。