翌日。
さとりに貸してもらった部屋の冷蔵庫に入っていた食材をバッグに詰め込む。
「紫達、きちんと食べてるかな」
そんな疑問を浮かべながら、俺は貸してもらった部屋を出て。
さとりの妹の元へと向かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ガチャ
鍵は開いたままで、すんなりと開いてしまった。
「失礼するよ」
少女は昨日と変わらず、虚ろな表情で座っていた。
「…朝食食べてないんだろう?今作るから、台所借りるよ」
「…」
少女は何も言わないまま下を向いている。
「ねぇ、君って何ていう名前なの?」
米を炊いて、ベーコンエッグをサクッと作りながら、俺は少女に聞くものの、口を開くことはない。
「ほらっ、できたよ」
両手に料理を持って、少女に近付こうとする。
「…近付かないで」
昨日と同じ応答。
「そんなこと言ったって、机に運べないじゃないか」
「…いらない」
「朝食はとらないと、体によくないぞ」
「…」
机に料理を運ぶと、虚ろな瞳は料理に向いた。
近付かせてくれただけでも、大きな進歩じゃないか。
ホッと胸を撫で下ろす。
「…いらない」
「まぁ…無理に食べることもないさ」。
せっかく作った料理がもったいないので、反対側のイスへ座り、朝食をとることにした。
…す、座らせてくれたことに感激。
「ねぇ、君って何て言うの?」
「…」
自分の意思でこの子を救おうと決心した時から、俺の心境は変わっていた。
それを察してくれたさとりは、この子の名前を言おうとはしなかった。
「…」
俺は、この子の口から名前を聞かなければ意味がないと思っている。
「言いづらかったら、言わなくてもいいよ」
無理に要求しても仕方がない、俺はそう思っている。
少しずつ、この子と仲良くなっていけばいいんだ。
この子がこんなに虚ろになってしまったのは、俺も含める、人間や妖怪のせいなんだ。
俺は拒絶なんてしないけど、彼女から見れば、俺は拒絶した人達の一部に過ぎない。
人間の心というものは、他の生物に比べても複雑だ。
だからこそ、心が見えてしまえるモノには恐怖を感じる。
拒絶してしまうんだろうな…。
食事しながらそんなことを考える。
「…こいし」
何か、薄っすらと聞こえた気がした。
「君の名前は…こいしっていうのかい?」
食事を止めて、下を向いている少女の表情を見つめる。
コクッと微かに頷いた。
「これで…呼ぶやすくなった」
こいし。
姉は古明地さとりだから、古明地こいし…か
「昨日も言ったけどさ、俺は白鳥神無。呼びやすいほうで呼んでくれ」
下手な笑みを浮かべて、俺は食事を済ませる。
「本当に食べない?」
こいしは首を縦に振った。
まぁ…妖怪はもともと食事はいらない生物だからな、取らなくてもいいんだろう。
でも、食事は空腹を満たすだけじゃない、おいしぃという感覚を味わって欲しい。
そういう意味で、こいしには料理を食べてもらいたい。
食器を洗って、部屋を掃除したり、昼食の準備して…と。
こいしは毎日このイスに座り一歩を動いていないのか、部屋には埃が溜まっており、冷蔵庫の中の食材は腐りかけているものが多かった。
一人暮らし、また、八雲家では家事をこなしていたこともあり、これぐらいはお手のもの。
「さっ、昼食作ろうかな」
俺が家事をしていると、時々、こいしは俺を見ている。
興味湧いてくれただけでも、大切な一歩だ。
この一歩を大事にしようと思いながら、下準備しておいたものにサクッと手を加えると時間短縮。
すぐに机に運ぶ。
「こいし、見てよ」
机に二人分のオムライスを運び、反対側に座る。
オムライスにはケチャップでこいしと書いておいた。
「頑張って作ってみた、よかったら食べてくれないか?」
少しの間オムライスを見つめて、こいしは首を横に振った。
「そ、そっか…。まぁ、お腹減ってないんだよな、食べたい時になったら言ってね」
俺はすぐにオムライスを食べ終えて、こいしのオムライスは冷蔵庫で保存することにした。
「じゃ、こいし、俺は自分の部屋に戻るから、また明日ね」
小さく手を振って、俺はこいしの部屋を出ていった。
「…鍵しないで大丈夫なんだろうか」
侵入者とか、来ないかな…。
そんな心配をしながら、自分の部屋へと戻っていく
でも、侵入者が来たとしてもあんな感じだから、すぐに侵入者も帰っていくか。
ガチャッ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あっ、さとり?」
俺の部屋の前、さとりは一人で立っていた。
「…あ、神無っ」
考え事をしていたのか、真剣な顔。
俺に会った瞬間、笑顔へ変わっていく。
「どうしたの?」
「ううん、別にこれといった用事はないの。ただ、どんな感じかなーって様子を見に来たの」
「あー、まぁ、ホテル生活は初めてだけど、思ったより家の部屋に似てたから、扱いやすいよ」
一日過ごしてみての感想を言ってみる。
なれない環境だと寝づらいのは確かにそうだけど、独りだからそこらへんはまだ大丈夫。
「そう?それは良かった。……こいしとはまぁまぁ打ち解けたようね」
「あれが打ち解けたーとは言えないけど…地道に接してみるよ。心配しなくて大丈夫」
死の恐怖は少しだけ消え去ったのかもしれない。
「そう、じゃあ…こいしのこと頼んだ…ではなくて…よろしくね」
「おぅ」
さとりはほんわかとした笑顔を浮かべて、去っていった。
「神無」
後ろを振り向くと、空とお燐がそこにいた。
「ん…どうしたのさ?二人そろって」
さとりといい、こいしが心配なんだろうか。
「いやぁ、さとり様が他人に興味を持ったり、しゃべってるのはとても珍しかったから」
お燐は笑顔でそう言った。
「今はそれが嬉しいの。立ち直ったとはいえ、やっぱり後遺症が伴っていたからさ」
「うんうん、さとり様、いい笑顔してたよー!」
「そうなの?君達は長いんだね」
「うんっ、ずーっと一緒にいるよー」
手を左右に広げて、お空が笑みを浮かべる。
「だからさ、一つの違いでもなんとなくわかるの」
お燐は俺の瞳を見つめる。
「何の変哲もない、とって食ってしまえばはい終わりーの人間なのにね」
平然と怖いことをいいはなった。
やめてくれ、トラウマが蘇る。
「その表現の仕方はどうなんだ…」
「…私からもお願いする、こいし様もそうだけど、さとり様も…お願いします」
「は、はぁ…。お願いされることじゃないけどなぁ」
頭を掻いて苦笑いを浮かべる。
本当に、普通にしゃべっているだけなんだけど。
「じゃ、お願い」
「お願いねぇー!!」
「お空、何をお願いしたかわかってるの?」
「わかんなーい」
「…」
二人はさとりと同じ方向へ歩いていった。
「あの三人、とってもいい妖怪達なんだけどな」
こいしもいつか、あの三人の優しさを理解できる日がくるはずなんだ…。
しかし、不安の塊は心の中をいつまでもさまよっている。
俺がナズーリンとの一件を終えた時、紫にナズーリンが黒い気を纏ったことについて質問したことがあった。
その時、紫は今までにないぐらい真剣な表情を浮かべて、俺の質問に答えた。
――――――「妖怪が良心を失い、闇に飲み込まれてしまうことは少ないことではないの」
――――――「闇に飲み込まれていたものを、正常な状態に戻すのはとても難しい」
――――――「だから、それを成したあなたは歴史に名を残すほどの逸材なのよ」
紫の言葉が静かに浮かび上がってくる。
紫が言うには、妖怪には誰しもが「闇」というものを持っているらしい。
それは、極限の状況や極限の悲しみ、寂しさにより稀に発生してしまう。
自我が喰われてしまう程深い闇、その後はただ破壊だけを望む化け物と化す。
こいしと初めて会った時に見えた黒い気が、いつ暴走してしまうのか不安だった。
あれは、ナズーリンが暴走した時と同じようなモノ。
暴走してしまえば、元に戻すことは難しい。
だからといって、急ぎすぎても意味がない。
黒い気が心のプレッシャーとなっているが、冷静を保たないと…。
「…俺の手には、癒しの力ある」
手の平を見つめる。
椛がそのようなことを言っていたのを思い出す。
力を使ってしまえば、俺は人間じゃなくなってしまうような気がして。
でも…それは俺の思い込みに過ぎないんじゃないか。
こいしを救うとしたら、それが最善手。
だとしたら、これは、俺の我侭?
複雑な思考が、何度も飛び交っていた。
さとりに貸してもらった部屋の冷蔵庫に入っていた食材をバッグに詰め込む。
「紫達、きちんと食べてるかな」
そんな疑問を浮かべながら、俺は貸してもらった部屋を出て。
さとりの妹の元へと向かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ガチャ
鍵は開いたままで、すんなりと開いてしまった。
「失礼するよ」
少女は昨日と変わらず、虚ろな表情で座っていた。
「…朝食食べてないんだろう?今作るから、台所借りるよ」
「…」
少女は何も言わないまま下を向いている。
「ねぇ、君って何ていう名前なの?」
米を炊いて、ベーコンエッグをサクッと作りながら、俺は少女に聞くものの、口を開くことはない。
「ほらっ、できたよ」
両手に料理を持って、少女に近付こうとする。
「…近付かないで」
昨日と同じ応答。
「そんなこと言ったって、机に運べないじゃないか」
「…いらない」
「朝食はとらないと、体によくないぞ」
「…」
机に料理を運ぶと、虚ろな瞳は料理に向いた。
近付かせてくれただけでも、大きな進歩じゃないか。
ホッと胸を撫で下ろす。
「…いらない」
「まぁ…無理に食べることもないさ」。
せっかく作った料理がもったいないので、反対側のイスへ座り、朝食をとることにした。
…す、座らせてくれたことに感激。
「ねぇ、君って何て言うの?」
「…」
自分の意思でこの子を救おうと決心した時から、俺の心境は変わっていた。
それを察してくれたさとりは、この子の名前を言おうとはしなかった。
「…」
俺は、この子の口から名前を聞かなければ意味がないと思っている。
「言いづらかったら、言わなくてもいいよ」
無理に要求しても仕方がない、俺はそう思っている。
少しずつ、この子と仲良くなっていけばいいんだ。
この子がこんなに虚ろになってしまったのは、俺も含める、人間や妖怪のせいなんだ。
俺は拒絶なんてしないけど、彼女から見れば、俺は拒絶した人達の一部に過ぎない。
人間の心というものは、他の生物に比べても複雑だ。
だからこそ、心が見えてしまえるモノには恐怖を感じる。
拒絶してしまうんだろうな…。
食事しながらそんなことを考える。
「…こいし」
何か、薄っすらと聞こえた気がした。
「君の名前は…こいしっていうのかい?」
食事を止めて、下を向いている少女の表情を見つめる。
コクッと微かに頷いた。
「これで…呼ぶやすくなった」
こいし。
姉は古明地さとりだから、古明地こいし…か
「昨日も言ったけどさ、俺は白鳥神無。呼びやすいほうで呼んでくれ」
下手な笑みを浮かべて、俺は食事を済ませる。
「本当に食べない?」
こいしは首を縦に振った。
まぁ…妖怪はもともと食事はいらない生物だからな、取らなくてもいいんだろう。
でも、食事は空腹を満たすだけじゃない、おいしぃという感覚を味わって欲しい。
そういう意味で、こいしには料理を食べてもらいたい。
食器を洗って、部屋を掃除したり、昼食の準備して…と。
こいしは毎日このイスに座り一歩を動いていないのか、部屋には埃が溜まっており、冷蔵庫の中の食材は腐りかけているものが多かった。
一人暮らし、また、八雲家では家事をこなしていたこともあり、これぐらいはお手のもの。
「さっ、昼食作ろうかな」
俺が家事をしていると、時々、こいしは俺を見ている。
興味湧いてくれただけでも、大切な一歩だ。
この一歩を大事にしようと思いながら、下準備しておいたものにサクッと手を加えると時間短縮。
すぐに机に運ぶ。
「こいし、見てよ」
机に二人分のオムライスを運び、反対側に座る。
オムライスにはケチャップでこいしと書いておいた。
「頑張って作ってみた、よかったら食べてくれないか?」

少しの間オムライスを見つめて、こいしは首を横に振った。
「そ、そっか…。まぁ、お腹減ってないんだよな、食べたい時になったら言ってね」
俺はすぐにオムライスを食べ終えて、こいしのオムライスは冷蔵庫で保存することにした。
「じゃ、こいし、俺は自分の部屋に戻るから、また明日ね」
小さく手を振って、俺はこいしの部屋を出ていった。
「…鍵しないで大丈夫なんだろうか」
侵入者とか、来ないかな…。
そんな心配をしながら、自分の部屋へと戻っていく
でも、侵入者が来たとしてもあんな感じだから、すぐに侵入者も帰っていくか。
ガチャッ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あっ、さとり?」
俺の部屋の前、さとりは一人で立っていた。
「…あ、神無っ」
考え事をしていたのか、真剣な顔。
俺に会った瞬間、笑顔へ変わっていく。
「どうしたの?」
「ううん、別にこれといった用事はないの。ただ、どんな感じかなーって様子を見に来たの」
「あー、まぁ、ホテル生活は初めてだけど、思ったより家の部屋に似てたから、扱いやすいよ」
一日過ごしてみての感想を言ってみる。
なれない環境だと寝づらいのは確かにそうだけど、独りだからそこらへんはまだ大丈夫。
「そう?それは良かった。……こいしとはまぁまぁ打ち解けたようね」
「あれが打ち解けたーとは言えないけど…地道に接してみるよ。心配しなくて大丈夫」
死の恐怖は少しだけ消え去ったのかもしれない。
「そう、じゃあ…こいしのこと頼んだ…ではなくて…よろしくね」
「おぅ」
さとりはほんわかとした笑顔を浮かべて、去っていった。
「神無」
後ろを振り向くと、空とお燐がそこにいた。
「ん…どうしたのさ?二人そろって」
さとりといい、こいしが心配なんだろうか。
「いやぁ、さとり様が他人に興味を持ったり、しゃべってるのはとても珍しかったから」
お燐は笑顔でそう言った。
「今はそれが嬉しいの。立ち直ったとはいえ、やっぱり後遺症が伴っていたからさ」
「うんうん、さとり様、いい笑顔してたよー!」
「そうなの?君達は長いんだね」
「うんっ、ずーっと一緒にいるよー」
手を左右に広げて、お空が笑みを浮かべる。
「だからさ、一つの違いでもなんとなくわかるの」
お燐は俺の瞳を見つめる。
「何の変哲もない、とって食ってしまえばはい終わりーの人間なのにね」
平然と怖いことをいいはなった。
やめてくれ、トラウマが蘇る。
「その表現の仕方はどうなんだ…」
「…私からもお願いする、こいし様もそうだけど、さとり様も…お願いします」
「は、はぁ…。お願いされることじゃないけどなぁ」
頭を掻いて苦笑いを浮かべる。
本当に、普通にしゃべっているだけなんだけど。
「じゃ、お願い」
「お願いねぇー!!」
「お空、何をお願いしたかわかってるの?」
「わかんなーい」
「…」
二人はさとりと同じ方向へ歩いていった。
「あの三人、とってもいい妖怪達なんだけどな」
こいしもいつか、あの三人の優しさを理解できる日がくるはずなんだ…。
しかし、不安の塊は心の中をいつまでもさまよっている。
俺がナズーリンとの一件を終えた時、紫にナズーリンが黒い気を纏ったことについて質問したことがあった。
その時、紫は今までにないぐらい真剣な表情を浮かべて、俺の質問に答えた。
――――――「妖怪が良心を失い、闇に飲み込まれてしまうことは少ないことではないの」
――――――「闇に飲み込まれていたものを、正常な状態に戻すのはとても難しい」
――――――「だから、それを成したあなたは歴史に名を残すほどの逸材なのよ」
紫の言葉が静かに浮かび上がってくる。
紫が言うには、妖怪には誰しもが「闇」というものを持っているらしい。
それは、極限の状況や極限の悲しみ、寂しさにより稀に発生してしまう。
自我が喰われてしまう程深い闇、その後はただ破壊だけを望む化け物と化す。
こいしと初めて会った時に見えた黒い気が、いつ暴走してしまうのか不安だった。
あれは、ナズーリンが暴走した時と同じようなモノ。
暴走してしまえば、元に戻すことは難しい。
だからといって、急ぎすぎても意味がない。
黒い気が心のプレッシャーとなっているが、冷静を保たないと…。
「…俺の手には、癒しの力ある」
手の平を見つめる。
椛がそのようなことを言っていたのを思い出す。
力を使ってしまえば、俺は人間じゃなくなってしまうような気がして。
でも…それは俺の思い込みに過ぎないんじゃないか。
こいしを救うとしたら、それが最善手。
だとしたら、これは、俺の我侭?
複雑な思考が、何度も飛び交っていた。