翌日、平和な朝に俺は台所に立ち、机に朝食を並べる。
「あっ、神無!やっぱり帰ってきてたんだね」
いつも通り、藍が二番目に起きてきて、その後に紫、橙と続いていった。
「お帰り神無。無事でなによりだわ」
「おかえりなさい、神無っ!」
起きてきた橙と紫はそんなことを言った。
「コレでも結構しんどかったんだけど…」
椛が俺のせいで行方不明になったり、風邪を引いたり、色々な人が押しかけてきたり…。
「ごめんね。何か大きな力の衝動を受けてしまって、隙間の位置が安定しなかったの」
「お、大きな力?」
すぐに神奈子様と諏訪子様を思い浮かべる。
も、もしかして、あのアマゴイのせい…?
可能性はあるだろうな。
「あたし達も大変だったのよ。ま、飛べるから宴会には間に合ったけど」
飛べるだけマシと思うのは俺だけだろうか。
それ以前に隙間が安定しないのに宴会へ行くのって、なかなかつわもの。
「宴会が終わったあたりで隙間も回復してきてたから、神無も大丈夫だと思って迎えに行かなかったのよ、大丈夫だった?」
「色々と大変だった。妖怪の山を足で登ったりね…」
後半は隙間のことなんか頭から抜けてしまっていたけど、それは言わないでおいた
「ふふ、それは災難だったわねぇ」
紫は笑って流した。
その場面に遭遇した俺は苦笑いしかできなかった。
一歩手順を間違えば死活問題。
椛には感謝感謝である。
「それで、今日こそ紅魔館へ飛ばすのかしら?」
「いや、今日は地霊殿 へ飛ばしてもらいたいんだ」
スッと鋭い視線が向けられる。
「地霊殿?」
「あぁ、なんか観光地になっているらしいじゃないか、先に言ってくれればよかったのに」
幻想郷の観光地なんか、俺が行くべきじゃないか。
俺以外、逆に誰が行くって言うんだ。早苗かな?
「あっ、確かに地霊殿は温泉とかで知名度を上がってきているわね。それなら飛ばしてあげてもいいわ」
それならって、どんな理由だったらダメなのだろうか。
なんだかその点気になるので、心にとどめておこう。
「宿泊していくから、服とかバッグに詰めなきゃ」
用意してくれていると言われたけど、申し訳ないし、着慣れている服のほうがいいだろう。
と、つい声に出してしまう。
「えぇ~~~~~!!」
橙が少し大きな声で叫んだ。
「帰ってきたと思ったらすぐに行っちゃうっ!遊んでよぉ~」
ぷくっ~と頬を膨らませて涙目な橙。
「ごめんな、今日は誘われちゃってるからさ」
橙の頭を撫でて、怒りを抑えようとする。
気持ち良さそうに目を細めるその姿は、かわいらしい。
けど、何だかとても申し訳ない。まるで幼い子をいじめてしまっているような…。
「うにゃぁ…、か、帰ってきたら遊んでよぉ?」
「あぁ、わかった」
紫と橙と話してから、藍を確認すると、藍はじーと俺を見つめていた。
微かに頬を膨らませているようにも見える。
果たして、橙と遊ばない俺に怒っているのか、それともただ俺が地霊殻に行くことに怒っているのかはなぞである。
どちらにしよ俺に怒っていることには変わりなかった。
「…帰ってきたら、なんか手軽に作れる料理でも教えようか?」
「っ!丁度同じことを思っていたよ!頼んでもいいかな?」
ニコニコと笑顔に変わった藍。
「わかった。考えておくよ」
「世話かけるわね」
紫は同情してくれたのか、そう言って肩をポンポンと叩いた。
「私にも何かないの?」
すっと鋭い視線を向ける紫は、同情などしていなかった。
「…何かお土産でも買ってくるよ、三人にさ」
「わぁ~い!」「すまないね」「わかったわ、期待してる」
三人はそれぞれの言葉を述べる。
なんだかんだいって元気であった。
「じゃ、チーズを入れて…っと、準備もできたことだし、紫、隙間を開いてくれないか」
「なんでチーズなのよ…」
「いや、非常食として」
ちなみに賞味期限も近いのでそこまで非常食として役に立たない。
じゃあ非常食じゃねーよ。
「チーズを非常食ねぇ…。まぁいいわ、隙間を開くわよ」
「おぅ、じゃ、三人共、行って来るから」
「「「いってらっしゃい」」」
闇の中へと体を埋めると、八雲家が遠くなっていくのが、目でわかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ぼやけた光が見えてすぐ・・・。
「あらっ」
「おっ」
着地をすると、すぐ目の前にはさとりがイスに座っていた。
「…まぁ来て欲しいとは言ったけど、リビングへ直で来ることはないわよ…」
で、ですよねぇ~。
お客さんに「どうぞ来てください」といったら、玄関から来るとかが基本だよねぇ。
いきなりリビングで突っ込んでくる人はいない。
「すいません…」
「どうかしましたかー?さとり様」
台所にはお燐が見えた。
とても綺麗に片付いているリビングへ俺は着地してしまった。
土足で。
「あっ、神無。面白い訪問の仕方するね」
お燐は「にゃはは」と笑いながら言った。
案外、こういうジョークがすきなのかな?
俺は紫のじょーくに踊らされているだけなんだけど。
「これじゃ常識外れてるみたいだな…。すまない」
「まぁいいわ。じゃ、ホテルへ案内するわね。」
さとりは立ち上がってリビングを出て行くとしたので、付いて行こうとすると、階段を騒がしく降りてくるような音が聞こえた。
「さ、さとり様~。何か怪しげなものが確認できましたけど…って、さとり様、この方は?」
騒がしい人物は、カラスのような羽、胸には奇妙は瞳、片腕には空気砲のようなものを身に着けている女性。
「白鳥神無よ、私が地霊殿へ招いたの」
「あっそうですか、不審者が来たかと思いましたよ…」
ふぅーと汗を拭く。
この場に二人がいなかったら・・・。
この空気砲なんかで吹っ飛ばされていただろうか。
確かに客観的に見れば不審者である。
「名前何、だっけ?まぁいいや、あたしは霊烏路空。よろしく」
「…あぁ、よろしく」
「それじゃ、行くわよ神無…」
「おぅ、じゃあな空」
「うん、じゃあね…って、名前なんていうの?」
「神無だ」
手を振って、その場を後にする。
―――――――――――――――――――――――――――――
「…ねぇ、ちょっといい?」
ホテルのような個室が続く通路をさとりと歩いていると、急にさとりは立ち止まった。
振り向いて、静かに、俺の瞳を見つめるさとり。
「…あなたに、会ってほしい人がいるの」
「あ、会ってほしい人?」
「私の妹よ」
なぜ、さとりの妹に会わなければいけないのだろうか。
「この部屋にいるわ…」
心が読めるはずなのに、さとりはあえてそれをスルーした…。
聞いても意味がないということか、これは実際に会って見ろと言っているのだろう。
目の前のドアノブを回して、俺を部屋に入るように指示する。
「…わかったよ…」
恐怖心がないわけではない。
もしかしたら、怪物でも入っているのかもしれない…と。
さとりの妹が怪物とか言うのは中々ひどいけど。
でも、さとりの時々見せる深刻な顔は、それを打ち消していた。
静かに戸が閉まる。
そこはリビングになっていて、なぜか四つあるイスに、一人の少女がポツンと座っていた。
「…」
リビングへ進むと、ずっと下を向いていた少女が、虚ろな瞳をこちらへ向ける。
「どうも…俺、白鳥神無って言うだけどさ…き、君のお姉ちゃんのお誘いでここに来たんだ、よろしくね…?」
なんで俺がこんなことをしなければいけないのか疑問の塊である。
下手な笑みを作って話しかけるものの、少女の表情は変化しない。
てゆうか、俺は元々口下手なんだっつーの。
さとりに名前だけでも聞いてくればよかったと後悔した。
重い空気のせいか、身動きが取れない。
少女は俺に興味がないのか、一目見て、下を向いたまま。
この状況を打破するには、やっぱり…近付くことだろうか。
久しぶりに人見知りが発動して、戸惑っている。
コツン。
俺の足が一歩踏み出すと、少女は虚ろな瞳で、俺の視線を跳ね返す。
「…近付かないで」
鋭い一言に静止する。
あれ、幻想郷に来てこんな拒絶のされ方
今まであっただろうか。
「…ど、どうして」
少女の言葉が体を固めてしまったせいか、もう一歩踏み出そうとは思っていないのにバランスを崩してしまって…。
コツンと床に悲しく足音が響いた。
「近付くな!!」
次の瞬間、何が起こっただろうか、自分でも意識が飛んでしまったとしか思えない。
俺は、リビングにあった窓から飛び降りようとしていた。
「えっ…」
驚きと恐怖で、落ちる先の地面を見つめる。
「な、なにこれ…もしかして、この子の能力?」
急いで窓を閉める。
鼓動を高めようとする心臓を押さえて、座りこんでしまう。
少女を見ると、相変わらず虚ろな瞳で、下を向いていた。
少しだけ、黒い気が見えた…!
ナズーリンの時と、同じような、不気味な感じ。
…しかし、今は死を目の前にした恐怖心がまさり、この部屋を出てしまったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
部屋を出ると、さとりは険しい顔をしていた。
「…何がなんだか理解できないが…。あの子一体どうしちゃったんだよ…」
何で俺がこんな目にあわなければいけないのだろうか。
俺はこの地霊殻に観光しに来ただけだと言うのに。
「前にも言ったけど、私は自分の能力のせいで、嫌われ者の妖怪だったの」
「…あの子もそうだってことか?」
さとりは頷く。
「あの子は私のように立ち直れなかった、だから心と能力を閉ざしてしまい、無意識を操れるようになったの」
あっ…。
だから、俺はあの子に無意識を操られて、自殺をしようとしてしまったのか…。
手の平を見ると、少しだけ震えていた。
随分前まで、死を受け入れることができたはずなのに…。
今は震えている。
はは、変わったなぁ…。
「姉である私でさえ…あの子を救えることができなかった…。私も、あなたと同じようなに、窓から飛び降りそうになったわ」
さとりは苦しそうな表情を浮かべる。
「私があなたをここに招いたのは、観光の意もあるけど、妹のことでもあるの…」
さとり達がわざわざ招いた意、そして、紫が一瞬、俺が地霊殻へ行くことを躊躇した意。
…すべて繋がっていく気がした。
「俺に…か?」
眉を潜める。
どうして、俺に・・・?
「あなたにしか頼めないの、あなたのような人にしか」
俺のような・・・人?
「えぇ」
さとりは頷いた。
「実の姉であるさとりができなかったこと、俺にできるだろうか」
「…あなたに頼みたいの」
…。
「…その頼み、断っておく」
死を隣り合わせにして、頭を頷ける者はいない。
ましては、今さっき自殺しかけたんだ。
「…神無が決めることだものね」
やるせない表情のさとりは、俺から視線を外した。
「あれっ、でも…」
しかし、さとりは俺の瞳をキョトンとして見つめた。
「だけど、俺の意思でやらせてもらう」
「えっ…?」
「俺は頼まれなくても俺自身の意思であの子を救いたいんだ。孤独は俺も良く知っているから…さ…」
「か、神無…っ!」
「俺は自分の意思でやる、さとりに頼まれたからじゃないぞ?だからさ、俺が万が一、死んでしまった時…」
「自分を責めたりしないでくれ」
これが、死を隣り合わせにした者の、本当の意思なんだろうか。
「…えぇ」
さとりは驚きつつも、真剣に頷いた。
「じゃあ、あなたの部屋に案内するわね」
「うん」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さとりが案内してくれた部屋は、とても綺麗な部屋であった。
「ありがと、とってもいい部屋だね」
「えぇ、気に入ってもらえてよかったわ」
「それじゃ」
「あぁ、また」
ガチャンという音ともに部屋のドアが閉まった。
「…そんなあなただらこそ」
「あの子に触れて欲しいの」
ドアの前で、静かに呟くさとり。
「あっ、神無!やっぱり帰ってきてたんだね」
いつも通り、藍が二番目に起きてきて、その後に紫、橙と続いていった。
「お帰り神無。無事でなによりだわ」
「おかえりなさい、神無っ!」
起きてきた橙と紫はそんなことを言った。
「コレでも結構しんどかったんだけど…」
椛が俺のせいで行方不明になったり、風邪を引いたり、色々な人が押しかけてきたり…。
「ごめんね。何か大きな力の衝動を受けてしまって、隙間の位置が安定しなかったの」
「お、大きな力?」
すぐに神奈子様と諏訪子様を思い浮かべる。
も、もしかして、あのアマゴイのせい…?
可能性はあるだろうな。
「あたし達も大変だったのよ。ま、飛べるから宴会には間に合ったけど」
飛べるだけマシと思うのは俺だけだろうか。
それ以前に隙間が安定しないのに宴会へ行くのって、なかなかつわもの。
「宴会が終わったあたりで隙間も回復してきてたから、神無も大丈夫だと思って迎えに行かなかったのよ、大丈夫だった?」
「色々と大変だった。妖怪の山を足で登ったりね…」
後半は隙間のことなんか頭から抜けてしまっていたけど、それは言わないでおいた
「ふふ、それは災難だったわねぇ」
紫は笑って流した。
その場面に遭遇した俺は苦笑いしかできなかった。
一歩手順を間違えば死活問題。
椛には感謝感謝である。
「それで、今日こそ紅魔館へ飛ばすのかしら?」
「いや、今日は地霊殿 へ飛ばしてもらいたいんだ」
スッと鋭い視線が向けられる。
「地霊殿?」
「あぁ、なんか観光地になっているらしいじゃないか、先に言ってくれればよかったのに」
幻想郷の観光地なんか、俺が行くべきじゃないか。
俺以外、逆に誰が行くって言うんだ。早苗かな?
「あっ、確かに地霊殿は温泉とかで知名度を上がってきているわね。それなら飛ばしてあげてもいいわ」
それならって、どんな理由だったらダメなのだろうか。
なんだかその点気になるので、心にとどめておこう。
「宿泊していくから、服とかバッグに詰めなきゃ」
用意してくれていると言われたけど、申し訳ないし、着慣れている服のほうがいいだろう。
と、つい声に出してしまう。
「えぇ~~~~~!!」
橙が少し大きな声で叫んだ。
「帰ってきたと思ったらすぐに行っちゃうっ!遊んでよぉ~」
ぷくっ~と頬を膨らませて涙目な橙。
「ごめんな、今日は誘われちゃってるからさ」
橙の頭を撫でて、怒りを抑えようとする。
気持ち良さそうに目を細めるその姿は、かわいらしい。
けど、何だかとても申し訳ない。まるで幼い子をいじめてしまっているような…。
「うにゃぁ…、か、帰ってきたら遊んでよぉ?」
「あぁ、わかった」
紫と橙と話してから、藍を確認すると、藍はじーと俺を見つめていた。
微かに頬を膨らませているようにも見える。
果たして、橙と遊ばない俺に怒っているのか、それともただ俺が地霊殻に行くことに怒っているのかはなぞである。
どちらにしよ俺に怒っていることには変わりなかった。
「…帰ってきたら、なんか手軽に作れる料理でも教えようか?」
「っ!丁度同じことを思っていたよ!頼んでもいいかな?」
ニコニコと笑顔に変わった藍。
「わかった。考えておくよ」
「世話かけるわね」
紫は同情してくれたのか、そう言って肩をポンポンと叩いた。
「私にも何かないの?」
すっと鋭い視線を向ける紫は、同情などしていなかった。
「…何かお土産でも買ってくるよ、三人にさ」
「わぁ~い!」「すまないね」「わかったわ、期待してる」
三人はそれぞれの言葉を述べる。
なんだかんだいって元気であった。
「じゃ、チーズを入れて…っと、準備もできたことだし、紫、隙間を開いてくれないか」
「なんでチーズなのよ…」
「いや、非常食として」
ちなみに賞味期限も近いのでそこまで非常食として役に立たない。
じゃあ非常食じゃねーよ。
「チーズを非常食ねぇ…。まぁいいわ、隙間を開くわよ」
「おぅ、じゃ、三人共、行って来るから」
「「「いってらっしゃい」」」
闇の中へと体を埋めると、八雲家が遠くなっていくのが、目でわかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ぼやけた光が見えてすぐ・・・。
「あらっ」
「おっ」
着地をすると、すぐ目の前にはさとりがイスに座っていた。
「…まぁ来て欲しいとは言ったけど、リビングへ直で来ることはないわよ…」
で、ですよねぇ~。
お客さんに「どうぞ来てください」といったら、玄関から来るとかが基本だよねぇ。
いきなりリビングで突っ込んでくる人はいない。
「すいません…」
「どうかしましたかー?さとり様」
台所にはお燐が見えた。
とても綺麗に片付いているリビングへ俺は着地してしまった。
土足で。
「あっ、神無。面白い訪問の仕方するね」
お燐は「にゃはは」と笑いながら言った。
案外、こういうジョークがすきなのかな?
俺は紫のじょーくに踊らされているだけなんだけど。
「これじゃ常識外れてるみたいだな…。すまない」
「まぁいいわ。じゃ、ホテルへ案内するわね。」
さとりは立ち上がってリビングを出て行くとしたので、付いて行こうとすると、階段を騒がしく降りてくるような音が聞こえた。
「さ、さとり様~。何か怪しげなものが確認できましたけど…って、さとり様、この方は?」
騒がしい人物は、カラスのような羽、胸には奇妙は瞳、片腕には空気砲のようなものを身に着けている女性。
「白鳥神無よ、私が地霊殿へ招いたの」
「あっそうですか、不審者が来たかと思いましたよ…」
ふぅーと汗を拭く。
この場に二人がいなかったら・・・。
この空気砲なんかで吹っ飛ばされていただろうか。
確かに客観的に見れば不審者である。
「名前何、だっけ?まぁいいや、あたしは霊烏路空。よろしく」
「…あぁ、よろしく」
「それじゃ、行くわよ神無…」
「おぅ、じゃあな空」
「うん、じゃあね…って、名前なんていうの?」
「神無だ」
手を振って、その場を後にする。
―――――――――――――――――――――――――――――
「…ねぇ、ちょっといい?」
ホテルのような個室が続く通路をさとりと歩いていると、急にさとりは立ち止まった。
振り向いて、静かに、俺の瞳を見つめるさとり。
「…あなたに、会ってほしい人がいるの」
「あ、会ってほしい人?」
「私の妹よ」
なぜ、さとりの妹に会わなければいけないのだろうか。
「この部屋にいるわ…」
心が読めるはずなのに、さとりはあえてそれをスルーした…。
聞いても意味がないということか、これは実際に会って見ろと言っているのだろう。
目の前のドアノブを回して、俺を部屋に入るように指示する。
「…わかったよ…」
恐怖心がないわけではない。
もしかしたら、怪物でも入っているのかもしれない…と。
さとりの妹が怪物とか言うのは中々ひどいけど。
でも、さとりの時々見せる深刻な顔は、それを打ち消していた。
静かに戸が閉まる。
そこはリビングになっていて、なぜか四つあるイスに、一人の少女がポツンと座っていた。
「…」
リビングへ進むと、ずっと下を向いていた少女が、虚ろな瞳をこちらへ向ける。
「どうも…俺、白鳥神無って言うだけどさ…き、君のお姉ちゃんのお誘いでここに来たんだ、よろしくね…?」
なんで俺がこんなことをしなければいけないのか疑問の塊である。
下手な笑みを作って話しかけるものの、少女の表情は変化しない。
てゆうか、俺は元々口下手なんだっつーの。
さとりに名前だけでも聞いてくればよかったと後悔した。
重い空気のせいか、身動きが取れない。
少女は俺に興味がないのか、一目見て、下を向いたまま。
この状況を打破するには、やっぱり…近付くことだろうか。
久しぶりに人見知りが発動して、戸惑っている。
コツン。
俺の足が一歩踏み出すと、少女は虚ろな瞳で、俺の視線を跳ね返す。
「…近付かないで」
鋭い一言に静止する。
あれ、幻想郷に来てこんな拒絶のされ方
今まであっただろうか。
「…ど、どうして」
少女の言葉が体を固めてしまったせいか、もう一歩踏み出そうとは思っていないのにバランスを崩してしまって…。
コツンと床に悲しく足音が響いた。
「近付くな!!」
次の瞬間、何が起こっただろうか、自分でも意識が飛んでしまったとしか思えない。
俺は、リビングにあった窓から飛び降りようとしていた。
「えっ…」
驚きと恐怖で、落ちる先の地面を見つめる。
「な、なにこれ…もしかして、この子の能力?」
急いで窓を閉める。
鼓動を高めようとする心臓を押さえて、座りこんでしまう。
少女を見ると、相変わらず虚ろな瞳で、下を向いていた。
少しだけ、黒い気が見えた…!
ナズーリンの時と、同じような、不気味な感じ。
…しかし、今は死を目の前にした恐怖心がまさり、この部屋を出てしまったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
部屋を出ると、さとりは険しい顔をしていた。
「…何がなんだか理解できないが…。あの子一体どうしちゃったんだよ…」
何で俺がこんな目にあわなければいけないのだろうか。
俺はこの地霊殻に観光しに来ただけだと言うのに。
「前にも言ったけど、私は自分の能力のせいで、嫌われ者の妖怪だったの」
「…あの子もそうだってことか?」
さとりは頷く。
「あの子は私のように立ち直れなかった、だから心と能力を閉ざしてしまい、無意識を操れるようになったの」
あっ…。
だから、俺はあの子に無意識を操られて、自殺をしようとしてしまったのか…。
手の平を見ると、少しだけ震えていた。
随分前まで、死を受け入れることができたはずなのに…。
今は震えている。
はは、変わったなぁ…。
「姉である私でさえ…あの子を救えることができなかった…。私も、あなたと同じようなに、窓から飛び降りそうになったわ」
さとりは苦しそうな表情を浮かべる。
「私があなたをここに招いたのは、観光の意もあるけど、妹のことでもあるの…」
さとり達がわざわざ招いた意、そして、紫が一瞬、俺が地霊殻へ行くことを躊躇した意。
…すべて繋がっていく気がした。
「俺に…か?」
眉を潜める。
どうして、俺に・・・?
「あなたにしか頼めないの、あなたのような人にしか」
俺のような・・・人?
「えぇ」
さとりは頷いた。
「実の姉であるさとりができなかったこと、俺にできるだろうか」
「…あなたに頼みたいの」
…。
「…その頼み、断っておく」
死を隣り合わせにして、頭を頷ける者はいない。
ましては、今さっき自殺しかけたんだ。
「…神無が決めることだものね」
やるせない表情のさとりは、俺から視線を外した。
「あれっ、でも…」
しかし、さとりは俺の瞳をキョトンとして見つめた。
「だけど、俺の意思でやらせてもらう」
「えっ…?」
「俺は頼まれなくても俺自身の意思であの子を救いたいんだ。孤独は俺も良く知っているから…さ…」
「か、神無…っ!」
「俺は自分の意思でやる、さとりに頼まれたからじゃないぞ?だからさ、俺が万が一、死んでしまった時…」
「自分を責めたりしないでくれ」
これが、死を隣り合わせにした者の、本当の意思なんだろうか。
「…えぇ」
さとりは驚きつつも、真剣に頷いた。
「じゃあ、あなたの部屋に案内するわね」
「うん」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さとりが案内してくれた部屋は、とても綺麗な部屋であった。
「ありがと、とってもいい部屋だね」
「えぇ、気に入ってもらえてよかったわ」
「それじゃ」
「あぁ、また」
ガチャンという音ともに部屋のドアが閉まった。
「…そんなあなただらこそ」
「あの子に触れて欲しいの」
ドアの前で、静かに呟くさとり。