「な、何か心当たりがあるんですか?白鳥さん」

文は期待の満ちた声をあげるが、俺が考えたのはそうじゃない。

「いやっ…この嵐の中だから…行方不明とかになったのかと思って…」

真剣な眼差しを文の瞳へ向ける。

どうしてこんな大きなこと、早く気がつけなかったんだ…。

「そ、そうなんです。椛が…時間になっても…帰ってこなくて…」

仕事を増やしたのは俺のせいなんだ。

だから、椛はその仕事を終わらせようとして、森へ戻って…!

椛はこの激しい嵐へ直撃したのかもしれない。

「探しても…見つからないんです…。白鳥さんならと思ったんですけど…」

今にも泣きそうな表情でそう呟いた。

文がこんな状態なら…。

「だったら…俺が行く…!!」

辛抱溜まらず、俺は森の方へ走ろうとするが、この神社の神様の腕が肩を掴む。

「お前がいってどうなるんだ…?今は夜で妖怪も多いんだぞ、お前がもしかしたら喰われて…」


「俺のせいなんだ!!椛の仕事を増やしてしまった俺のせいなんだ…!!」

雨音を消す程の声で叫んだ。

自分の生きることばかりに集中していまい、周りが見えてなかったせいだ。

この神社へ泊まる事ができて安堵して、考えが及ばなかった。

「ここでじっとしているなんてこと…俺にではできない!!」

掴んでいた手を振りほどいて、嵐の中を突き抜ける。

「あっ、白鳥さん…」

雨にうたれ続ける早苗の細い手が、神無を掴むことはなかった。

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深い山の中を、がむしゃらに俺は走り続けた。

大量の水を吸って重たくなった服を着て走り続ける。

疲れなんてものは感じなかった。

思考回路や全身も今は麻痺していた。

ただ、無事であってほしいという願いだけが全身の動力となる。



最悪の事態は、いつでも脳裏に…。


「…」

不安と恐怖が次第に高まってくる。

そして、弱い精神が支配を始める。

俺のせいで椛が行方不明になってしまった。

心に深く突き刺さる重し。


このまま、死んだほうがいっそう楽なんじゃないか。

もともと、死にぞこない…なんだからさ。


どれだけそんなことを思ってきただろうか。

消えない精神は、消えない過去と重なってしまっている。


――――――そんなこと考えている暇あったら、目見開いて、前を向きなさいよ

誰かが、何かを呟いた気がした。

魂は、白鳥神無という人間に戻ってきた。

「えっ…」

脳内に再生される、聞き覚えのある声。


――――――この嵐の中、なにやってるのよ


それは、ここにいるはずのないパチュリーの声だった。

…そうだ、パチュリーから貰ったものがあったんだ。

気付いて、ポケットに入っていたお札を思い出す。

―――――そのお札を頼りに、私の思考をあなたに飛ばしているわ…。一体何やっているのかしら。

真っ暗闇の中、パチュリーの言葉だけが確かなものに思える。

一筋の、希望。

今…行方不明になった椛を探しているんだ。

――――――そぅ…わかったわ、あなたに助けてもらったお礼もあるから、探知系の魔法を使って探すわ、少し待ってて

パ、パチュリー…。

泣きそうな程の嬉しさがこみ上げてきた。

と同時に、何も出来ない自分の無力さに嘆く。

それでも、走り続けようとする足は止まらない。


不思議な呪文が聞こえる。


―――――私の言葉に合わせて動いて、すぐに右へ行って、そう、そしたら左へ行くと小さな崖があるはずだわ

崖と言われて、スピードを落とす。

すぐ近くの木の枝が折れていることに気がついた。

椛は枝と枝を遣って進んでいったはず。

――――その崖の下に椛はいるわ。小さな崖だから、慎重に降りれば安全のはず。

そんな迷いなど気にせず、俺は小さな崖を降りきった。

「あっ…椛!」

崖の底に、耳の生えた人が倒れていることに気がついた。

――――なんとかして椛を天狗の集落に運ばないと

「絶対、助けてやるからな…」

椛の体を負ぶって、小さな崖を遠回りして天狗の集落へ向かおうとする。


――――私が集落まで案内するわ。じゃあ、まず…

右も左もわからない山の中、パチュリーの声だけはしっかり響いていた。

それは雨音にも、風の音にも負けないくらいに。

パチュリーの声に耳を傾けながら、俺は一歩ずつでも進んだ。

体は疲れていて、冷えていて 今にでも倒れそうだけど。

全身麻痺してしまっているけれど。

倒れるのなら…せめて、椛を集落に運んだ後。

死ぬのなら、椛が助かった後…と

――――くだらない思考を回さなくていいわ、神無。

パチュリーの声が聞こえた。

―――――私の声だけを聞いて、体を動かしていればいいのよ。余計な事考えなくていいわ。


―――――それに、あなたは私が死なせないわ

その時、俺は嵐の雨に混じって、泣いていたかもしれない。

パチュリーの、嵐とは違った青空のような、ずっと遠くて深い優しさに。

泣くのなら、助けた後にしよう。

そう微かに思えたのだ。


―――――神無、神無。

もうろうとする意識の中、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

でも、もう少しだけ寝かせてほしいな。

最近、色々ありすぎて疲れちゃったよ。

体は冷え切って寒いし…。

もみじ、もみじ…。

あれ、俺ってなんでこんなにボロボロなんだっけ。

…。

椛…っ!

だめだっ!!

ここで俺が倒れてしまった、ら…。

前も後ろも見えない真っ暗闇の中、自分を奮い立たせて何とか前を進んでいった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――着いたわよ。


つ、着いたのか…。

ただ進むだけに集中している俺にとってはそんな自覚などない。

パチュリーの声をもとにして無意識に動いていた。それはまるで操り人形のように。

全身は泥まみれで、今でも足元が深く土の中に眠ってしまっている。

紫に買ってもらった洋服はすでにボロボロであり、雨水を多く含み、俺の体温を奪うだけの条件を揃えている。

それでも、なんとか自分という自分を呼び戻して

俺はすぐに天狗の集落であろう方へ走り出した。

それは自分が生き残るためなんかじゃない

せめて、椛が生きていけるようにも

「誰か、誰かいないか!!椛はここにいる!!」

嵐をもかき消すような大声を最後の力を振り絞って叫ぶと


何事かと集まってきてくれた妖怪達は、知り合いであるのかすんなりと椛を運んでくれた。