妖怪の山は、相変わらずでかい。
朝と変わってしまったものは、空の色。
茜色、オレンジ色に染まりはじめた空と、美しい陰影が妖怪の山へ映える。
「…やばい」
隙間も見つかる気配がない、このままじゃ妖怪にパクッと食われてしまう…。
「椛っ出てきてくれないか」
大声で山へ問うと、近くの林がガサガサと音を立てて、すぐ目の前に、何者かが着地した。
「た、助かった…」
立ち上がったそのものは、椛であった。
その姿を確認するとともに安堵する
危うく妖怪の餌食にでもなるところだったよ…。
「どうしたんですか?もう夕暮れですよ」
椛は少しだけ疲れた顔をしていた。
これって俺のせいだよねあきらか。
でも、そんなわかりやすい顔されるとへこむって。
「すまないが、妖怪の山の頂上まで、案内してもらえないか」
「はぁ…でも、人間の足じゃ、夜になってしまいますが?」
ため息をついたよ!そんなにいやなのかよ!?
いつも将棋してるんじゃないのかよ!?
「実を言うと、家に帰れなくなってしまって…守矢神社にでもかくまってもらおうと思っているんだ…」
「なんとも珍しい光景ですね…ふむ、可能性を高いほうを選ぶべきなのは、当然のことですものね」
「あぁ…頼めないか?」
「うーん」と長く考える椛。
そんなに悩むの?ここで断られたら死んじゃうけど。
「承知しました。この犬走椛が、白鳥さんを頂上までご案内しましょう」
緊張の面持ちで聞いた椛の言葉が、俺を生かしてくれるというものでよかった。
「よ、良かった…。ありがとう…」
「でも帰れなくなったって、迷子の迷子の白鳥さんですか」
椛が冗談で言ったつもりなんだろうけど、俺にとっては迷子の迷子の白鳥さんは死活問題なんです。
笑う余裕がなかった。
「はい、では、話している時間もないので、早速山へ入りますよ」
「了解」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
遅い人間のペースに、椛はきちんと合わせてくれた。
「ごめん、遅くて」
たとえ謝ったとして早くなるわけでもないんだけどね。
「いぇ、気にしないでいいですよ」
椛は手を振って否定する。
「夜になると、ここの森はいっそう活発になりますし、危険ですからね。私がついておかないと、食べられてしまいます」
サラッと怖いことを椛が言う。
「あぁ、本当にありがとうね」
「でも、いい妖怪もいっぱいいますからね」
「うん、それもきちんとわかっている。だって、すぐ目の前にいるじゃないか」
目の前にいる妖怪に笑いかけると、椛が慌て始める。
「い、い、いや、私のことではなくてですね…他の妖怪のことぉ…」
「うん…俺は妖怪に、本当に世話になっているからな」
「妖怪に…ですか」
八雲家の顔が始めに思い浮かんだ。
このまま、一生会えないなんてこと…ないよな。
紫はそんなことしないはず。
何か、トラブルがあったんだ。
隙間を作れない…何かが。
「それが、酔っ払ったーとか、寝てたーとかの方が、何かとっても気が楽になるな」
「はぃ?」
つい言葉にしてしまったことに遅れて気付く。
「あ、なんでもない」
「そうですか?…そういえば白鳥さん、先程、ミスティアさん達と用事があったみたいですが、どういう用事だったんでしょうか?」
椛の言葉を聞くと、朱鷺子があの後どうなったのか、気になってきてしまった。
「妖怪と人間の、種族を超えた恋なんてね…そんな感じの用事かも」
「危険な香りがしますねぇ…どういう人なんですか、白鳥さんって」
椛は俺にじとーと含みのある視線を向けてくる。
それだけ聞くと、確かに俺のことを言っているように思えるよね。
「あ、いや、俺じゃないから」
「本当ですかぁ?」
椛の瞳を見た瞬間、思考を覗かれているような感じがした。
「えっ…。あ、いや…本当だよ」
両手で否定のポーズを取りながら、歩みを進める。
闇が近付くにつれて、くだらない恐怖心がじわじわと膨れ上がってきた。
「け、結構歩いたけど、後どれぐらい?」
「もうちょっとです。幸い、深い夜になる前にはつけると思います」
深い夜と書いて深夜というんだよ?
さっきまで夕暮れだったよね…。
「そうかぁ、よかった」
表向きはそんなことを言ってみたけど、内心焦っています。
妖怪に食べられたとか、そんな死に方は勘弁してほしいからな。
「白鳥さんって、ずっと思ってましたけど…不思議な人間ですよね」
何気なく、椛がそう呟いた。
「妖怪に好かれている人間なんて、不思議です。妖怪にお世話になっていると言っていましたし…」
暗くてよく見えないが、椛はこちらを向いていると思う。
「好かれているかどうかはわからないけど、俺は…妖怪に命を拾ってもらったような、ものだからさ…」
「拾ってもらった…ですか…?」
「あぁ、あんまり詳しくは話せないんだ…でも、俺は妖怪が好きだぞ。この世界の人間よりはずっと」
ナズーリンの事情を知っている俺には、この世界の人間はそう見えてしまう。
「人間よりも好きなんですかぁ?やっぱり、不思議ですねぇ」
「前に、人間にイジメられている妖怪と知り合ってからだよ」
妖怪は人間の天敵である。
そういう偏見で、無害な妖怪達が苦しんでいる。
でも、人間の里にいる、妖怪が好きな人間までも、俺の偏見で嫌ってしまっているのかもしれない。
なんとなく複雑で、やるせないんだ。
人と妖怪。
複雑に絡み合って、混じり合ったものが幻想郷。
俺には答えが出せない、とても難しい世界だ。
「あっ、ほら、白鳥さん、私達の集落が見えてきましたよ」
椛の言葉で我に返る。
だけどぼんやりしていて見えない。
椛は夜でも目が利くんだよね、便利でいいや。
「とりあえず、これで一安心かも」
二度目の安堵をつく。
ただ、周りの状況はいまいちわからない。
「それでは白鳥さん、私は残った仕事をしてきますね」
残った仕事、か…。
先程から背筋にゾッとする恐怖心…。
「わ、わかった。本当に長い時間ありがとうな」
「いえ、では、また会いましょう」
手を振って、歩いてきた道を、木の枝と枝を器用に使って消えていってしまった。
「本当に、ありがとうな…」
消えてしまったその闇へと言葉を発してみる。
「さ、後は守矢神社にでもいきますかぁ」
集落を抜けて、長い階段を登りきると、そこには神社がある。
「ここに来るの久しぶりだなぁ」
足がもう疲労で限界であるため、とりあえず神社で一休みしたい。
本当にこの妖怪の山を足で登ってきたのか不思議である。
「早苗~いたら出てきてくれないか?」
縁側へとまわると、早苗はひょっこり出てきた。
「あっ、白鳥さんじゃないですか。お久しぶりですね」
「うん、久しぶり」
縁側へ腰をかけると、早苗も隣へ腰掛けた。
「早苗、ちょっと頼みごとがあるんだけど…。いいかな?」
「はい、まずは言ってみてください」
「今日、ここに泊まっていってもいいかな?」
「へっ…と…」
確かに、用件だけを示したらそうなるので、ここまで経緯を早苗に話す。
「…まぁ、色々とあってだな、家に帰れなくなってしまったんだ…。申し訳ないが、今日一日でもいいから泊めてくれないだろうか?」
「はぁ…はしょりすぎて、詳しくはわかりませんが。…家に帰れなくなってしまったんですね」
「そぅそぅ」
「あっ…待ってください。前回隙間から橙さんと出てきたってことは…もしかして白鳥さんは、紫さんのお家に住んでいるんですか?」
「……ビンゴ…。そう、紫の家に居候しているんだ。だけど、隙間が消えてしまって、家に帰れないんだ…」
こういうことって言っていいのか微妙だなぁ。
「な、なるほどぉ…。とりあえず、上がりますか。…ご飯どうしますか?」
「んっ、俺の分は作らなくていいや。バッグに簡単なもの持ってきたから。手間かけるのも」
バッグをごそごそとあさっていると、早苗がバッグの中身を覗き込んだ。
「パンばっかりじゃないですか…。これでは、栄養が偏りますよ」
「そうかな?まぁ一日ぐらいいいよ」
いつも、八雲家で栄養を重視した料理してるから。
「栄養は偏ってはいけませんよ!?だから、ご飯は私が作りますから」
フンッ!と胸を張る早苗。
「迷惑かからない?」
「大丈夫です。毎日料理作っていますから」
「そ、そっか…」
「はい!では、早速夕食を作ってきますから、リビングで待っていてください」
こうして、俺は守矢神社へ一日宿泊することになった。
ということは、あの二人も…。
「諏訪子様、神奈子様、お久しぶりです」
早苗に案内してもらったリビングへ入ると、案の定神様二人がいた。
神様とは思えないリビングでのくつろぎかた。
俺はずっと黙想とかしてるかと思ってたよ!
「正座なんかしないていいよ?」
神様の前なので、なんだか畏まってしまう。
「あっ、はい…」
諏訪子様がそう申し出てくれたので、足を崩す。
「ふっふ~。さては、早苗に気があるから泊まったんでしょぉ~?」
諏訪子様がニヤニヤと肘で突っつく。
そのたびに位の違いのためかビクビクしている。
「そうだとしたら、神無をこらしめてやらなきゃな」
「もう、神奈子。怖がっちゃうよぉ」
神様がこんな近くにいるとわかっているんだが、この二人を見ていると…普通の家庭にしか見えない。
「で、で、で、?本当はどうなのよ」
「どうって…?」
諏訪子様にそう問うと、肩を軽くはたかれた。
「それを私から言わせるのぉ…?」
諏訪子様はいやらしい笑みを浮かべている。
「そんな気はないですよ。以前、妖怪に食われそうになったことがあるので、かくまってもらおうと思ったんです」
きっぱり理由を言ってあげると、諏訪子様が「むー」とにごった顔をする。
「ちぇ~、面白くないなぁ~」
「ななななっ、なんて会話しているんですか、三人とも!!」
台所から早苗が真っ赤な顔を出して叫んだ。
「食事運びますからね!」
いい匂いがすると思って。
机へ運ばれてきたのは、カレーだった。
「カレーかぁ…。久々に、八雲家へ帰ったら作ろうかなぁ…」
「作る話より、まずは食べてみてくださいよ」
四人で囲んだテーブルに、スプーンが置かれると。
四人揃って「いただきまーす」と食事への感謝を込めて言う。
八雲家に近い雰囲気があると思った。
「白鳥さん、お口にあいますか?」
ははっ…あの時も、藍はそんなことを言っていたな。
干物と冷凍食品だったのにな…。
そう思うと、急に笑みがこぼれてきた。
でも、一生懸命作った感じは伝わってきてたよ。
「おいしぃよ。俺よりずっとうまい」
「えっ、白鳥さんは料理するんですか?」
「うん、八雲家じゃよく作ってる」
「やっぱり、神無は八雲家に世話になってたんだな」
神奈子様が口にカレーをつけてそう言った。
あ、つられて言ってしまった。
「やっぱり?」
「ん…いや…前回、橙と一緒に出てきたからな」
「やっぱりそこでわかっちゃいますか」
「うむ…。まぁ・・・・・・今日は強い力を使ってしまったから…」
何かがボソッと聞こえた気がした。
あまり追求しても仕方ないだろうと、カレーを食べることに集中した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
食事を終えて、一段落したところで、外は嵐になっていた。
「予定通り、すごい雨だな」
神奈子様が縁側へ出る。
「よ、予定通りってなんですか」
「最近、雨が降らないから水不足だったんだ。だから、諏訪子と協力して、雨を降らせてやったんだ」
神様って天候も変えられるのか…。
やっぱ神様ってすごいな。
「間違えて嵐になってしまったようだがな」
「なんですかそれ…」
それってずいぶん迷惑な話だと思うんだが。
水不足を解消できるのはいいけど、先ほどの晴天からここまでひどい嵐になるなんて誰も思わないはずだ。
てゆうか危うく、この嵐に俺が直面するところだったよ!?
危ない、危ない…。
そういえば、幻想郷には天気予報とかないんだよな。
夕立とかあったら、とても不便だと思う。
「あたしと諏訪子の力が大き過ぎたようだが、まぁ…水不足は解消できるはずだ」
勝ち誇ったような表情で、神奈子様はそう言った。
何に勝ったのかはなぞである。
ピョンピョンと跳ねきた諏訪子様や、早苗も揃って、この嵐を眺めている。
「雨を見るとワクワクするっ!!」
飛び跳ねながら諏訪子様は雨へ打たれに行った。
えっ、その洋服のままで!?カッパとか着たほうがいいような気がするけど。
「諏訪子様!濡れた洋服で入らないようにしてくださいね?タオルここ置いておきますから」
予想していたのか、苦笑いを浮かべながら片手にもっていたバスタオルを床へ置く。
「わかってるよ、早苗~」
笑顔で全身をびしょびしょに塗らす諏訪子様のその姿は、神様というよりかは幼い子供のように思えた。
そんな神様が隣人のように過ごしているのは不思議な感じが、する。
そんなのん気な光景に和んでいると、神社の外から激しい足音とともに、一人の女性が飛び込んできた。
「はぁ…はぁ…」
「あ、文さん!?」
その姿を目撃した早苗が驚愕の声をあげ、嵐の中、息遣いの荒い文へ全員が駆け寄る。
「どうしたんですか!?」
早苗が今にも倒れてしまいそうにボロボロな文に肩を貸してやる。
「白鳥さん…」
雨音の中、文が小さな声で俺を呼んだ。
「文、どうしたんだよ!?」
俺も早苗と同様の行動を取ると文は重たそうな体をなんとか持ち上げて、俺の瞳を見つめる。
「椛と…最後にいたのは白鳥さんですよね…椛がどこへ行ったか知りませんか…」
「椛…は、仕事で、森の方へ戻っていったはず…だ…っ!」
一時間、二時間程度の前のことに思考を巡らせていると、不安とともに、聞きたくもない予想が浮かんできた。
この予想だにしない嵐。
つまり…。
「…もしかして…」
朝と変わってしまったものは、空の色。
茜色、オレンジ色に染まりはじめた空と、美しい陰影が妖怪の山へ映える。
「…やばい」
隙間も見つかる気配がない、このままじゃ妖怪にパクッと食われてしまう…。
「椛っ出てきてくれないか」
大声で山へ問うと、近くの林がガサガサと音を立てて、すぐ目の前に、何者かが着地した。
「た、助かった…」
立ち上がったそのものは、椛であった。
その姿を確認するとともに安堵する
危うく妖怪の餌食にでもなるところだったよ…。
「どうしたんですか?もう夕暮れですよ」
椛は少しだけ疲れた顔をしていた。
これって俺のせいだよねあきらか。
でも、そんなわかりやすい顔されるとへこむって。
「すまないが、妖怪の山の頂上まで、案内してもらえないか」
「はぁ…でも、人間の足じゃ、夜になってしまいますが?」
ため息をついたよ!そんなにいやなのかよ!?
いつも将棋してるんじゃないのかよ!?
「実を言うと、家に帰れなくなってしまって…守矢神社にでもかくまってもらおうと思っているんだ…」
「なんとも珍しい光景ですね…ふむ、可能性を高いほうを選ぶべきなのは、当然のことですものね」
「あぁ…頼めないか?」
「うーん」と長く考える椛。
そんなに悩むの?ここで断られたら死んじゃうけど。
「承知しました。この犬走椛が、白鳥さんを頂上までご案内しましょう」
緊張の面持ちで聞いた椛の言葉が、俺を生かしてくれるというものでよかった。
「よ、良かった…。ありがとう…」
「でも帰れなくなったって、迷子の迷子の白鳥さんですか」
椛が冗談で言ったつもりなんだろうけど、俺にとっては迷子の迷子の白鳥さんは死活問題なんです。
笑う余裕がなかった。
「はい、では、話している時間もないので、早速山へ入りますよ」
「了解」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
遅い人間のペースに、椛はきちんと合わせてくれた。
「ごめん、遅くて」
たとえ謝ったとして早くなるわけでもないんだけどね。
「いぇ、気にしないでいいですよ」
椛は手を振って否定する。
「夜になると、ここの森はいっそう活発になりますし、危険ですからね。私がついておかないと、食べられてしまいます」
サラッと怖いことを椛が言う。
「あぁ、本当にありがとうね」
「でも、いい妖怪もいっぱいいますからね」
「うん、それもきちんとわかっている。だって、すぐ目の前にいるじゃないか」
目の前にいる妖怪に笑いかけると、椛が慌て始める。
「い、い、いや、私のことではなくてですね…他の妖怪のことぉ…」
「うん…俺は妖怪に、本当に世話になっているからな」
「妖怪に…ですか」
八雲家の顔が始めに思い浮かんだ。
このまま、一生会えないなんてこと…ないよな。
紫はそんなことしないはず。
何か、トラブルがあったんだ。
隙間を作れない…何かが。
「それが、酔っ払ったーとか、寝てたーとかの方が、何かとっても気が楽になるな」
「はぃ?」
つい言葉にしてしまったことに遅れて気付く。
「あ、なんでもない」
「そうですか?…そういえば白鳥さん、先程、ミスティアさん達と用事があったみたいですが、どういう用事だったんでしょうか?」
椛の言葉を聞くと、朱鷺子があの後どうなったのか、気になってきてしまった。
「妖怪と人間の、種族を超えた恋なんてね…そんな感じの用事かも」
「危険な香りがしますねぇ…どういう人なんですか、白鳥さんって」
椛は俺にじとーと含みのある視線を向けてくる。
それだけ聞くと、確かに俺のことを言っているように思えるよね。
「あ、いや、俺じゃないから」
「本当ですかぁ?」
椛の瞳を見た瞬間、思考を覗かれているような感じがした。
「えっ…。あ、いや…本当だよ」
両手で否定のポーズを取りながら、歩みを進める。
闇が近付くにつれて、くだらない恐怖心がじわじわと膨れ上がってきた。
「け、結構歩いたけど、後どれぐらい?」
「もうちょっとです。幸い、深い夜になる前にはつけると思います」
深い夜と書いて深夜というんだよ?
さっきまで夕暮れだったよね…。
「そうかぁ、よかった」
表向きはそんなことを言ってみたけど、内心焦っています。
妖怪に食べられたとか、そんな死に方は勘弁してほしいからな。
「白鳥さんって、ずっと思ってましたけど…不思議な人間ですよね」
何気なく、椛がそう呟いた。
「妖怪に好かれている人間なんて、不思議です。妖怪にお世話になっていると言っていましたし…」
暗くてよく見えないが、椛はこちらを向いていると思う。
「好かれているかどうかはわからないけど、俺は…妖怪に命を拾ってもらったような、ものだからさ…」
「拾ってもらった…ですか…?」
「あぁ、あんまり詳しくは話せないんだ…でも、俺は妖怪が好きだぞ。この世界の人間よりはずっと」
ナズーリンの事情を知っている俺には、この世界の人間はそう見えてしまう。
「人間よりも好きなんですかぁ?やっぱり、不思議ですねぇ」
「前に、人間にイジメられている妖怪と知り合ってからだよ」
妖怪は人間の天敵である。
そういう偏見で、無害な妖怪達が苦しんでいる。
でも、人間の里にいる、妖怪が好きな人間までも、俺の偏見で嫌ってしまっているのかもしれない。
なんとなく複雑で、やるせないんだ。
人と妖怪。
複雑に絡み合って、混じり合ったものが幻想郷。
俺には答えが出せない、とても難しい世界だ。
「あっ、ほら、白鳥さん、私達の集落が見えてきましたよ」
椛の言葉で我に返る。
だけどぼんやりしていて見えない。
椛は夜でも目が利くんだよね、便利でいいや。
「とりあえず、これで一安心かも」
二度目の安堵をつく。
ただ、周りの状況はいまいちわからない。
「それでは白鳥さん、私は残った仕事をしてきますね」
残った仕事、か…。
先程から背筋にゾッとする恐怖心…。
「わ、わかった。本当に長い時間ありがとうな」
「いえ、では、また会いましょう」
手を振って、歩いてきた道を、木の枝と枝を器用に使って消えていってしまった。
「本当に、ありがとうな…」
消えてしまったその闇へと言葉を発してみる。
「さ、後は守矢神社にでもいきますかぁ」
集落を抜けて、長い階段を登りきると、そこには神社がある。
「ここに来るの久しぶりだなぁ」
足がもう疲労で限界であるため、とりあえず神社で一休みしたい。
本当にこの妖怪の山を足で登ってきたのか不思議である。
「早苗~いたら出てきてくれないか?」
縁側へとまわると、早苗はひょっこり出てきた。
「あっ、白鳥さんじゃないですか。お久しぶりですね」
「うん、久しぶり」
縁側へ腰をかけると、早苗も隣へ腰掛けた。
「早苗、ちょっと頼みごとがあるんだけど…。いいかな?」
「はい、まずは言ってみてください」
「今日、ここに泊まっていってもいいかな?」
「へっ…と…」
確かに、用件だけを示したらそうなるので、ここまで経緯を早苗に話す。
「…まぁ、色々とあってだな、家に帰れなくなってしまったんだ…。申し訳ないが、今日一日でもいいから泊めてくれないだろうか?」
「はぁ…はしょりすぎて、詳しくはわかりませんが。…家に帰れなくなってしまったんですね」
「そぅそぅ」
「あっ…待ってください。前回隙間から橙さんと出てきたってことは…もしかして白鳥さんは、紫さんのお家に住んでいるんですか?」
「……ビンゴ…。そう、紫の家に居候しているんだ。だけど、隙間が消えてしまって、家に帰れないんだ…」
こういうことって言っていいのか微妙だなぁ。
「な、なるほどぉ…。とりあえず、上がりますか。…ご飯どうしますか?」
「んっ、俺の分は作らなくていいや。バッグに簡単なもの持ってきたから。手間かけるのも」
バッグをごそごそとあさっていると、早苗がバッグの中身を覗き込んだ。
「パンばっかりじゃないですか…。これでは、栄養が偏りますよ」
「そうかな?まぁ一日ぐらいいいよ」
いつも、八雲家で栄養を重視した料理してるから。
「栄養は偏ってはいけませんよ!?だから、ご飯は私が作りますから」
フンッ!と胸を張る早苗。
「迷惑かからない?」
「大丈夫です。毎日料理作っていますから」
「そ、そっか…」
「はい!では、早速夕食を作ってきますから、リビングで待っていてください」
こうして、俺は守矢神社へ一日宿泊することになった。
ということは、あの二人も…。
「諏訪子様、神奈子様、お久しぶりです」
早苗に案内してもらったリビングへ入ると、案の定神様二人がいた。
神様とは思えないリビングでのくつろぎかた。
俺はずっと黙想とかしてるかと思ってたよ!
「正座なんかしないていいよ?」
神様の前なので、なんだか畏まってしまう。
「あっ、はい…」
諏訪子様がそう申し出てくれたので、足を崩す。
「ふっふ~。さては、早苗に気があるから泊まったんでしょぉ~?」
諏訪子様がニヤニヤと肘で突っつく。
そのたびに位の違いのためかビクビクしている。
「そうだとしたら、神無をこらしめてやらなきゃな」
「もう、神奈子。怖がっちゃうよぉ」
神様がこんな近くにいるとわかっているんだが、この二人を見ていると…普通の家庭にしか見えない。
「で、で、で、?本当はどうなのよ」
「どうって…?」
諏訪子様にそう問うと、肩を軽くはたかれた。
「それを私から言わせるのぉ…?」
諏訪子様はいやらしい笑みを浮かべている。
「そんな気はないですよ。以前、妖怪に食われそうになったことがあるので、かくまってもらおうと思ったんです」
きっぱり理由を言ってあげると、諏訪子様が「むー」とにごった顔をする。
「ちぇ~、面白くないなぁ~」
「ななななっ、なんて会話しているんですか、三人とも!!」
台所から早苗が真っ赤な顔を出して叫んだ。
「食事運びますからね!」
いい匂いがすると思って。
机へ運ばれてきたのは、カレーだった。
「カレーかぁ…。久々に、八雲家へ帰ったら作ろうかなぁ…」
「作る話より、まずは食べてみてくださいよ」
四人で囲んだテーブルに、スプーンが置かれると。
四人揃って「いただきまーす」と食事への感謝を込めて言う。
八雲家に近い雰囲気があると思った。
「白鳥さん、お口にあいますか?」
ははっ…あの時も、藍はそんなことを言っていたな。
干物と冷凍食品だったのにな…。
そう思うと、急に笑みがこぼれてきた。
でも、一生懸命作った感じは伝わってきてたよ。
「おいしぃよ。俺よりずっとうまい」
「えっ、白鳥さんは料理するんですか?」
「うん、八雲家じゃよく作ってる」
「やっぱり、神無は八雲家に世話になってたんだな」
神奈子様が口にカレーをつけてそう言った。
あ、つられて言ってしまった。
「やっぱり?」
「ん…いや…前回、橙と一緒に出てきたからな」
「やっぱりそこでわかっちゃいますか」
「うむ…。まぁ・・・・・・今日は強い力を使ってしまったから…」
何かがボソッと聞こえた気がした。
あまり追求しても仕方ないだろうと、カレーを食べることに集中した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
食事を終えて、一段落したところで、外は嵐になっていた。
「予定通り、すごい雨だな」
神奈子様が縁側へ出る。
「よ、予定通りってなんですか」
「最近、雨が降らないから水不足だったんだ。だから、諏訪子と協力して、雨を降らせてやったんだ」
神様って天候も変えられるのか…。
やっぱ神様ってすごいな。
「間違えて嵐になってしまったようだがな」
「なんですかそれ…」
それってずいぶん迷惑な話だと思うんだが。
水不足を解消できるのはいいけど、先ほどの晴天からここまでひどい嵐になるなんて誰も思わないはずだ。
てゆうか危うく、この嵐に俺が直面するところだったよ!?
危ない、危ない…。
そういえば、幻想郷には天気予報とかないんだよな。
夕立とかあったら、とても不便だと思う。
「あたしと諏訪子の力が大き過ぎたようだが、まぁ…水不足は解消できるはずだ」
勝ち誇ったような表情で、神奈子様はそう言った。
何に勝ったのかはなぞである。
ピョンピョンと跳ねきた諏訪子様や、早苗も揃って、この嵐を眺めている。
「雨を見るとワクワクするっ!!」
飛び跳ねながら諏訪子様は雨へ打たれに行った。
えっ、その洋服のままで!?カッパとか着たほうがいいような気がするけど。
「諏訪子様!濡れた洋服で入らないようにしてくださいね?タオルここ置いておきますから」
予想していたのか、苦笑いを浮かべながら片手にもっていたバスタオルを床へ置く。
「わかってるよ、早苗~」
笑顔で全身をびしょびしょに塗らす諏訪子様のその姿は、神様というよりかは幼い子供のように思えた。
そんな神様が隣人のように過ごしているのは不思議な感じが、する。
そんなのん気な光景に和んでいると、神社の外から激しい足音とともに、一人の女性が飛び込んできた。
「はぁ…はぁ…」
「あ、文さん!?」
その姿を目撃した早苗が驚愕の声をあげ、嵐の中、息遣いの荒い文へ全員が駆け寄る。
「どうしたんですか!?」
早苗が今にも倒れてしまいそうにボロボロな文に肩を貸してやる。
「白鳥さん…」
雨音の中、文が小さな声で俺を呼んだ。
「文、どうしたんだよ!?」
俺も早苗と同様の行動を取ると文は重たそうな体をなんとか持ち上げて、俺の瞳を見つめる。
「椛と…最後にいたのは白鳥さんですよね…椛がどこへ行ったか知りませんか…」
「椛…は、仕事で、森の方へ戻っていったはず…だ…っ!」
一時間、二時間程度の前のことに思考を巡らせていると、不安とともに、聞きたくもない予想が浮かんできた。
この予想だにしない嵐。
つまり…。
「…もしかして…」