「な、ナズーリン!」

「私、先に行きます」

今この時は、俺が人間であることを呪いそうになった。

美鈴は更に加速して、森の中へ消えて行く。

「はぁ…はぁ…」

人間の足では、到底、美鈴のスピードに追いつけない。

しかし、美鈴はきちんと通ってきた道に印をつけてくれていた。


美鈴が通ったであろう道を進むと、深い森の中、木の幹に縛られているナズーリンを発見した。


ナズーリンはボロボロで、見ていられない程、痛々しい姿だった。

「な、ナズーリン…大丈夫か!?」


縄をすぐに解いてやらないと…。

犯人が誰かなんて、今はどうでもいい

ナズーリンを助けたいその一心で、ナズーリンへ駆け寄る。

「し…白…鳥…、だめ…だ」


その光景に呆然としていた美鈴も気付く。

「…あっ、ダメです白鳥さん!!」

二人の言葉が耳に届いたのは、ナズーリンに触れた時のことだった。

「えっ」

足元で奇妙な音がして、すぐ、全身に激痛が走った。

「うぐっ…」

まるで、電流が走ったような一瞬の出来事。

視界が少しだけ、ぼやけている。

い、一体、何が…!?

「くっ……」

また、いつこの激痛が襲ってくるかわからない恐怖。

だけど、俺はナズーリンの縄を解いてやろうと立ち上がる。

以前簡単に解けたのなら、今回だって、すぐに解けるはずだ…!

こんな痛々しい姿なんて、見たく、ない。

「白…鳥…」

「見ているしかないなんて…」

後ろから、行動を起こすことができない美鈴の悔しい声が聞こえる。

その思いだけで十分さ。

立ち上がってすぐに、全身に激痛が走り始める。

動くたびに、電流が走る、関節が軋む。



力も、出ない…。

だけど…だけど…。

助けたい、救ってやりたい。




「やめ…て」

泣きそうなナズーリンの表情が少しだけ見えた。



持続する痛みに、膝をついてしまう。

音も遠くなり、視界も狭くなってくる。

何もかもが遠くなり、また孤独になる気がした。

だから、俺は精一杯手を伸ばす。

大切な友人のために・・・。

また、手放してしまわないように。






「「「私の…大切な友人を傷つけた」」」

遠くなる音をなんとか掴むと、鼓膜を揺らしたのは、その言葉だった。

ナズーリンの雰囲気が…変わった。

その一言が頭を巡り、ナズーリンを見上げる。

「な、ナズー…リン?」


どす黒い何かがナズーリンを包み、縄はすでに燃えカスとなっていた。

「うっ…、な、ナズーリン、どうしたんだ…?」

「私の、大切な友人を傷つけた…。許さない。許さない…人間め…」

全く変わってしまったその声で、ナズーリンはそう言った。

「俺は、大丈夫…だから、ナズーリン…」

何か、嫌な予感がしたんだ。

いつのまにか消えてしまった激痛なんてものは気にならず、目の前のナズーリンを懸命に説得しようとしていた。

「大丈夫だから…」

何とかして、 ナズーリンを助けなければ。


今の君は、ナズーリンじゃないような、そんな気がする


この黒い闇に、君が飲み込まれてしまったら

もう、手が届かないような気がしたんだ。

だから…。

「許さないぁぁぁぁい!!」

黒い気を撒き散らして、ナズーリンは目の前から消えてしまった。

強い風が全身を打ちつけて、後ろへ倒れそうになるのを美鈴が支えてくれた。

「あっ…ナズーリン…」


失ってしまう。

また、失ってしまうのか。

俺のせいで、変わってしまったナズーリンを。

救えなかった。

精一杯・・・手を伸ばしたはずなのに・・・!

「白鳥さん!!人間の里の方向へ行きました!!」

俺の顔を覗き込んで、真剣な表情の美鈴。

「…」

変わり果てた友人の姿を目の当たりにして、空っぽの俺の目に映ったのは、空から寅丸が降りてくる姿だった。

「白鳥さん…」

俺はどんな表情をしているだろうか。

何もできなかったこの手には、喪失感という文字が似合っている。

「白鳥さん、ナズーリンを止めてやってください」

「寅丸…」

「私は、ナズーリンに何もしてやれませんでした。今も昔も…しかし、白鳥さんは、ナズーリンに笑顔をくれています」

「俺が…笑顔を…」

「私といる時、ナズーリンはいつも白鳥さんのことを話します。白鳥さんが、大切な友人であったことも」

どす黒い気を放っているナズーリンを、止めることができるだろうか…。

力もない、弱い俺に。

「力なんて必要ありません、ナズーリンを変えたのは、白鳥さんの優しさです」

俺の思考を読みぬいたのか、寅丸が俺の疑問を、勇気へ変えてくれた。

「俺の優しさ…」

手の平をじっと見つめる。

まだ微か残っている・・・。

手を繋いだ時のナズーリンの温かさ。

「白鳥さん!!」

今、俺ができることはなんだろう。

俺でなければできないこと。

今死んだら、俺は絶対後悔する。

ナズーリンを救えなかった苦しみ。



「寅丸、俺をナズーリンの元へ連れてってくれないか」

「白鳥さん…」

「ナズーリンは大切な友人だ。だから、止めたいんだ」

ナズーリンの温かさをギュッと握り締める。



「はい、わかりました」

寅丸は俺の手を握った。