もう、太陽が落ちてしまった暗い闇の中、女性の背中をなんとか見つけた。

「おーい!!頼むよ、待ってくれ」

女性は振り向いて、眉間のシワを寄せた。

ボォッと片手に火を灯せば、銀色の髪が輝いて見せる。

「なんだよ…」

やっと、追い、ついた…。

「俺、この子を守れる程の力、持ってないんだ……頼む、助けてくれないか」

先程は目の前にいる女性のおかげで退けることができたけど、俺を襲ってくる妖怪がいないとは言い切れない。

しかし、俺の無意識の行動に、この人は怒ってしまっているかもしれない。


当然だ、俺達を襲った妖怪を助けてしまったのだから。

だとしても!

この子だけは守ってあげたい。


女性は俺をじーと睨みつけた後。

「…お前に…守ることなんて一生できない」

そう、闇に溶けるように呟いた。

「えっ…」

予想もしなかった言葉を聞いた俺は、全身が固まってしまった。

俺には守ることなんてできない。

それはそうだ、この幻想郷で生きている術など俺にはわからない。

でも、女性の言ったのはそういう意味ではなくて。



「…もうすぐ家だ。着いて来い。」

「あっ、あ…ありがとう…」

女性を追いかけるのに夢中だったため、笹の匂いが充満していることに気付く。
ここは竹に囲まれているんだ…。


――――――――――――――――――――――――――――――

歩いている彼女の後ろで、自分の名前をおそるおそる名乗ってみると。

助けてくれた女性は、「藤原、妹紅だ」と、罰の悪そうな声で名乗ってくれた。


妹紅は、気が進まないのだろう。

それでも、俺達を家へと招いてくれた。


「今、茶淹れてくる」

銀色の髪を揺らしながら、妹紅は去っていってしまう。

妹紅の家は、この竹林には似合わずにポツンッと建っていた。

俺達が家に上がりこむまで、この家に明かりはついていないかったし、妹紅はここに一人で住んでいるのかな?




八雲家と同じような和風な部屋、しかし家具や置き物は一切なく。

真ん中に卓袱台がポツンと置いてあるだけの殺風景。

この家を使っているような感じすらしない。

「あぁ、ありがとう」

この女性は妖怪なのか、それとも、人間なのだろうか?

数分して、足音が明かりをぼんやりと揺らした。

「ほら、緑茶だ。あまり長居はするなよ」

湯気立つ湯飲みを二つ持って来てくれた妹紅は、俺達とは反対側に座る。

「うん…その、さっきは、助けてくれてありがとう。本当に、ありがとう…」

あの時助けてくれなければ、この世界へ来て早々、死んでしまうところであった。

これからこの世界でのんびりと営んでいけたらいい、そう思った矢先。

本当に、このまま生きていけるのだろうか、不安になってきた。

そして、このまま紫が助けてくれなければ、俺達はまた闇の中を彷徨うことになって…しまう…。

「…途中まで見ていた」

俺とは別の方向を向いて、妹紅はこぼした。

「そ、そうか…」

最初から助けてくれればいいのに。 そう一瞬出掛かって言葉は、喉の奥で止まってしまった。

助けるか助けないかは、この人の自由だ。


俺達は、まだ会ったばかりの赤の他人にすぎない。

それは…。

今日出会って来た妖怪達、人間達も、そう…なんだよな…。


そう思うと、急に八雲家が遠くなってしまう気がした。

あってほしくない、絶対、あってほしくない!!

八雲家は確かに、確かに会ってまだ間もない。

でも、きっと違ったつながりがあるはずなんだ…。

「…白鳥、とか言ったか。お前は妖怪の事、何も知らないのか?」

「…ここに来たばかりで、まだ右も左もわからない」

素直に自分の現状を述べることにした。

「夜は凶暴な妖怪がうろつく時間帯だ、人間は大人しく、人間の里に帰ってりゃいいんだよ」

反対側に座った妹紅がそう言った。

人間の里?それはこの地にある里の名前…かな?

名前からして、人が寄り添って暮らしている里みたいだ。

「そうだな…肝に銘じておくよ」

でも、この人も人間の里にいないってことは、やはり妖怪なんだな…。

炎を繰り出す人間なんて現実世界じゃ人間とは言わないけどな。

横で寝ている橙の頭を優しく撫でる。

「…この子が無事で良かった」

心地よさそうに俺の膝で眠っている橙を見ていると、この子が無事でいればもう何もいらないとさえ思えてくる。

「お前って、あたしと似てるかもな」

突然、妹紅はそんなことを言い出した。

妹紅の目を見つめる。

「力もないのに、精一杯他人を守ろうとして…さ」

「……」

「……なんであの時、お前を襲った妖怪を助けたんだ?」

その質問に、どう返していいかわからず、黙ってしまう。

複雑な感情が、舞い戻ってくる気がした。

そう、あの時の感覚。

「あいつが凶暴な妖怪だったら、お前等二人はもう、この場にはいないかもしれない。そうだろ?」

「あぁ…」

「その子の事を考えるんだったら、なおさらだろ」


静かに頷く。