翌朝、早めに起きて朝食を作った。

これからお世話になる人達に、今から少しでも恩を返せるように…と。

朝食だから、簡単なもので済まそうっかな。




「神無、早いね」

料理を始めて数分、藍が茶の間の障子を開けてそうもらした。

そう言う藍もきっちり早いよ。

「勝手に冷蔵庫の中身使っちゃってるけど、大丈夫?」

ちなみに、案外冷凍食品が多いのは秘密である。

冷凍庫ではなく、冷蔵庫にある食品をきちんと使いました、俺は。

「いや、気にしないでいいよ」

「そっか、良かった…藍、朝食食べる?」

「うん、神無が作ってくれるのなら食べようかな」

そう言って、すぐに茶の間を出ていってしまった。

「こんなもんかな、後は二人を起こしにいかなきゃっと」

卓袱台に料理を並べていると、三人の足音が聞こえてきた。

どうやらすぐに藍が消えてしまったのは、二人を起こしにいってくれていたみたい。

橙は障子を開けると共に、料理の匂いを堪能しようと鼻をくんくんさせて、目を輝かせ。

紫は机に並べられた料理を見て両手を合わせ、「まぁっ♪」と作った人も気持ちいいぐらいの驚きの声を上げてくれた。

「神無が作ってるって聞いたけど…とってもおいしそう!」

「へぇ~、神無って料理できるんだぁ、更に好感度アップね」


藍も表情からして驚いているようだった。

「独り暮らしだったから、全部作ってたよ」


「なるほど…それでは、いただきますか」

紫達はさっそく机に向かった。


「いただきまーす」

四人揃って、料理を口に運ぶ。

「まぁまぁかな…」

正直、朝食はあんまり力入れて作らないからね…。

一日の始まりの朝はいっぱい食べて、脳みそに栄養を行き渡せた方がいいとかいうけど、そこまで気にしてない。

「あら、おいしい」「おいしいですね」 「おいしぃ~!!」

三人それぞれのおかずを口にして、同じ感想をこぼしくてれた。

…お世辞だとわかっていながら、ちょっと嬉しかったりする。

「ありがと…どんどん食べてくれ」

「これは箸が進むわ。神無、料理うまいねぇ~」

簡単に済ませたんだけど、満足してもらえて良かった。



朝食もすぐに終わり。

橙はテレビを見始めていた。


「なぁ、紫…こっちの世界に来るとき、俺、バッグ持ってなかった?」

「あぁ、持ってたわね。今持って来ようか?」

「頼むよ」

紫は立ち上がることはなく。

昨日見た、隙間に手を伸ばしてバッグを引っ張り出した。

「便利だな…」

一瞬、隙間が使えるようになりたいと思った。

確かに、こんなの持っていたらニートになってしまうな、動かないで色んなもの取れるし。

「今失礼なこと考えたでしょ?」

「いや、別に…」

…自覚してるんだ。

「キッ!」

鋭い紫の視線が痛い。




食器を片付けてバッグの中身を確認する。

すると、過ごしていた高校のたった短い間が脳裏に映った。

受験で疲れてしまった俺は、友達作りなんてものはしなかった。

ずっと独りの記憶。

「どうしたの?神無」

高校の教科書やノートを見つめて動かなくなっていた自分に気付く。

「あ、いや、何でもない…何が入っていたっけ」

バッグの中身を全部出すと、財布やゲーム機、携帯に高校の教科書が見つかった。

「携帯は圏外だし、ゲーム機も充電が切れれば使い物にならないな」

バッグにもう一度しまう。

あれ、テレビあるんだから電気は通っているのかな?

まぁ、いいか。別にゲームやるわけでもないし

「財布は使うかもしれないけど・・・、高校の教科書…ん、藍?」

藍は、ちらばっていた教科書の中で、数学を手にとり、ジロジロと見つめていた。

「…もしかして、興味あるの?」

「…う、うん」

ページをめくるスピードと目玉の動きが比例していることに気がついた。

「…すごい」

「藍は式神だから、数式とか、数学とか得意なの」

藍は熱中の上の熟語があるのかもしれないと思うほど、数学の教科書を見つめていた。

「神無、これは高校…?の教科書といってたよね」

「うん、そうだよ」

「これは、高校で習うものなの?」

「あぁ、その通り。俺は入学したてだから、進んでないけど」

紫はのほほんとした顔で、藍に説明をし始めた。

「日本はね、義務教育っていって、小学校、中学校と教科を習っていくものなの、まぁ知ってるわよね?でも、その上には、高等学校、大学、専門学校とか色々あるのよ」

「そそそうなんですか!?中学までは知っていましたが…。でも、この本はすごく興味深いです」

側にあった筆箱からシャーペンを取り出して、ノートに記入し始めた。

「藍って頭いいんだね」

「数学は得意だと思うわよ」

目と腕の動きが尋常じゃなかった。

「藍、あなた神無に幻想郷案内するって言ってなかったっけ?」

「ちょ、ちょと待ってください。あ、合ってる!!」

数学の教科書と問題集を見比べながら、答えを見て赤ペンでまるつけをする。

何とも要領がいいやり方で、是非一緒に授業を受けてみたいものだ。

「…だめだこりゃ…」

こめかみに手を添えてうなだれる紫に、遅れてある言葉に気がつく。

「え、幻想郷案内って?」

それは初耳だった。

「ん、神無も幻想郷に興味があるでしょ?色々な種族が共存している世界」

「ここも幻想郷なんだよね…?」

「うん、そうよ、でも、ここはちょっと離れているから、きちんとした幻想郷へ行って、見てきてね」

「そうだね…この世界を知ることも、必要だよね」

そう。

あっちではなく、俺はもう、こっちの世界の住人として生きていくと決めたのだから…。

「そう。だから、橙!!」

「ひぇい!?」

テレビを見ていた橙が、突然呼ばれたことに驚き、尻尾をピンッとまっすぐに立たせた。

「神無に、幻想郷の案内を頼んでもいいかしら?」

「で、ででできますよ!」

「うーん、ちょっと心配ねぇ」

橙はテレビから離れて、俺の横に正座する。

「橙も一人前の妖怪です!できます!」

真剣な目をした橙がそう言うと、紫が微笑んだ。

「そう、じゃあお願いしてもいいかしら」

「はい!」

え、そんな打ち合わせも何もしてないとうのに?

すぐに案内するべき場所が浮かんでくるなんて、すごいな橙も。

まぁ、自分の住んでいる土地だから当たり前といえば当たり前か。

「適当に案内してくれればいいから」

「そう、なんですか…?」

「どこへ飛ぶかわからないけどね」

「ふふっ」と悪戯っぽく紫が笑った。

「藍、神無を幻想郷に飛ばすわよ?」

「待ってください紫様!!途中式が飛んでしまいます!!」

変わらず熱中に熱中を見せる藍は両手で両方のこめかみを抑えて、目を瞑ってブツブツと何かを呟き始めた。

途中式、ノートに書きなさいよ…。

「こんなに熱中するなんて、今度問題集でも買ってこようかしらね」

人差し指に顎をのっけて紫がそんなことを言う。

「神無、手を繋いでてね」

「あ、おう」

何かを察知した橙が、手を繋ぐように指示したその瞬間。

「大当たり♪」

紫がウィンクをした途端、光が消えていく。


というより、俺達がどこかへ行ってしまったらしい、茶の間は遠のき、闇の中を落ち続ける。

「うわ、何だ…これ」

「絶対、手を離さないでね」

「お、おう!…」

手を離してしまったら、この闇に飲み込まれてしまいそうで怖かった。



落ちていく方向に見える光、あそこに落ちれば、この闇から抜け出せる…はずだ。