両目を瞑るが…。

しかし、どれだけ待っても死に至ることはなく、

痛みや衝撃さえなかった。

おそるおそる目を開けると…。



目の前には「もう一人のドラゴン」が、僕を守るように両手を大きく上げて、仁王立ちしていた。



「やめて、ママ」

いつものおどけた、茶目っ気のある声とは一転した、鋭い声が鼓膜を揺らした。

「ふ、う…?」

情けなく、尻から地面にへたりこんでしまった柳は、風を見上げる。

家のドアは強く放たれており、メコも柳の元へ寄り添ってくる

「何をする私の娘よ、その男はお前を巣から奪って持ち帰った最低な奴だぞ!?」

「違うって言ってるだろう!」

未だにその意見を曲げないドラゴンに柳が叫ぶ。


「原因は私なんだから、一番最初に私のところへくればよかったのにっ!どうしてこの人を殺そうとするの!?もう、傷つけないで!!」


しかし、そんなことは気にも留めないで、風は芯のある叫び声を出す。

「私は奪ったとか、譲ったとか、そういうのに興味はないの」

「では、私の元へ帰ってきてくれるか、娘よ…?」

体を少しだけ前へ傾けて、風の母は期待する…が。

風は首を横に振った。

「嫌っ、私はこの人と一緒にいたい」

「なぜだ?はっ、そういうことか、そこの男にたぶらかせているのだな?」

不気味は笑みを浮かべたドラゴンは殺気を周囲に撒き散らした。

「だったら、その男と死と共に、その目を覚まさせてやる」

ドラゴンは鋭い爪を構えて、走り出そうとする。

「おまっ、娘がいるんだぞ!?なんてことを」

しかし、走り出すことなくドラゴンの動きはとまってしまう。

なぜなら、一人の勇敢な魔物が、風の母を抑えたのだ。

「いい加減にしやがれ」

どすの聞いた声が周囲に、静かに響く。

ドラゴンの手首をガッチリと握り締めて、力の入れすぎで震えている手。

そう、それはリオだった。

「例えお前がドラゴンだとしても、柳を傷つけるのなら容赦はしないぞ…」

キッと睨み付けると、握っていた手首を振り払い、腹に強い蹴りをお見舞いさせる。

「ぐっ!」

と腹の辺りを押さえたまま後ろへ投げ出される。

「…ママ」

「く、ぞろぞろと…」

痛みに引きつった表情を浮かべるドラゴン。

それはそうであろう、腕っ節も強く運動能力も高いオーガの、本気の蹴りをまともに喰らったのだから。

「私は本気で言ってるのママ!」

「ぐっ、…娘よ…なぜそこまで頑固にその男から離れようとしないのだ?そいつは…」

「そんなの関係ない!」


言葉が紡がれる前に、風の叫びが聞こえた。

「例えこの人が私のパパじゃないとしても、この三ヶ月過ごしてきたわかったの、何も知らない私に色んな事を教えてくれて、何も知らないパパだって、私をきちんと育ててくれた」

風は一生懸命に母親であるドラゴンに訴えかけていた。

「それに、ママは言ってた、ママも私のことを拾ったって!だとしたらパパとママは状況的に同じなんでしょう?」

「だとしたら…」

風は一瞬だけ俯いて、しかし目の前の母親を見つめる

「私は親子でもないのに、親子であろうと懸命に努力するパパの方が好きっ!!周りを傷つけて、暴力だけで解決しようとするママよりずっとずっと…!!」





「親子じゃないからこそ、本来の親子以上の関係が…パパと私にはあると思うからっ!!だから私は、パパと一緒にいたいっ!!」


そう胸のうちを叫んだ風に、柳を含めた五人は呆然とただ立ち尽くし、風の訴えに耳を傾けていることしかできなかった。

風はこの三ヶ月を経て、そこまで思ってくれていたのか…。

僕はそんなたいそうなことをしてきたわけでも、ないのにな…。




その雰囲気に一声を上げたのは、母であるドラゴンだった。

「娘よ、立派に、成長したな…」

そう呟いたドラゴンの表情は一変していた。

そこにはドラゴンとして牙を向いていた姿ではなく、一人の母としての姿があった。

「私は大きな勘違いをしていたようだな…娘の言葉を聞いて、目を覚まされたよ」

「ドラゴン…」

「すまない、人間の男…そして、娘をここまで育ててくれて感謝している」

「あ、あぁ…」


柳は驚きつつ、そう返事を返した。

「頭に血が上りすぎてしまったようだ…。だがもう心配することはない。もうお前たちに危害を加えたりはしないさ」


その言葉を聞いて、一同はホッと胸をなでおろした。

そして、現実へ呼び覚まされたように風が慌て始めた。


「わ、私、何を言って……ぱ、パパ、大丈夫?」

わたわたしていた風は、一番心配な柳へ駆け寄る。

「大丈夫だよ、風が守ってくれたからさ…」

優しく微笑むと、風は驚いたように目を大き、安心したように微笑を返してくれた。

「人間の男よ、お前が娘の言う父なのだとしたら、私は娘の母であるのだな…」

突然そう言うドラゴンを見ると、少しだけ頬を赤らめて、もじもじとしていた。

「んっ?」と何か嫌な予感がする柳。

「そうだとしたら、やはり一緒にいた方が、娘の為だと、お、思わないか?」

「ま、まぁ、そうだな」

そっぽを向いたり、体を左右に揺らしたり、手を胸の前でぎゅっと掴んだりしてたっぷり時間をかけてから


「一緒に住むことはできないだろうか?」


「え?」


「ほ、本当にママ!?」

風は一同の二度目の唖然とした表情とは違い、嬉しそうにきらきらとした笑顔を見せる。


「ママがここに住んでくれたら嬉しいよ!ねぇ、パパいいでしょう!?」

柳の胸元に両手を添えて、星の含んだ瞳で見つめられてしまう。

こうなると、断りずらい…。

「い、良い…のかな?…」

「や、柳さん本当に良いんですか?どこの馬ともわからぬ骨に!」

メコは焦っているのか言語バランスを崩していた。

「い、いや、だって娘がいるんだよ?僕達に危害を加えるようには見えないからさ」

それに、もううちの家族は五人になってしまった。

今一人増えたところで、変わらないかもしれない。

「あはは、また愉快な仲間が増えるんだねっ!それは私としても嬉しいよっ」

アルは快諾してくれた。

「ふむ、まぁ、極端に悪い奴じゃなさそうだが、闇討ちとかしようとしたら、速攻でお前を倒しにいくからな」

そういうリオ。

夜でもきちんと僕達を見張っててくれる点、やっぱりリオは頼もしい。

「大丈夫だ。娘が愛してやまない男を、母が殺すと思うか?」

娘が愛してやまない父って一体どういうことだろう?


「むぅ、そうですけどぉ…」

ただメコはむっーと唇を尖らせて、その場を終わらせた。

「私はドラゴンのアヤというものだ。末永くよろしく頼むぞ」

柳の前まで来て握手を交わすアヤの晴れ晴れしい表情とは違い、柳の頭の上にはクエスチョンマークが生えていた。

「す、末永くってなんだ?」

「そのままの通りだ」

そう言い放つアヤ。

「や、柳さぁぁ~ん」

目頭に涙を浮かべながら柳の腕を揺すり続けていた。