山をおりて、青年がかつて住んでいた村であろう場所を越えて数十分歩いたところで

とても大きな町へと出る。

この地を青年は、多少知っていた。

旅人や冒険家などが立ち寄ったりするのにとても便利なグッズから、この町で生活できるのに充分な食料まで何でもそろっている。

「着いたね…」

町へ行くための大きな門を通ると、そこには衝撃の光景があった。

「これって…」

青年は一歩後退する。

「ご主人様、この世界ではもう、これが普通になっているんですよ…」

そこにあったのは、魔物と人々が行きかう、昔にはなかった町の姿。

カップルと思える者達も、全て人間の男性と魔物の女性の二組。

人間の女性なんていなくなってしまっていた。

「…」

何も言葉が出なくなってしまった青年の傍へ、ネコマタがそっと寄り添った。

「ご主人様、ショックだとは思います。しかし、もう…」

それは、何度もネコマタに言われてきたせりふだった。

隣人はすでに、魔物である…と。

「大丈夫だネコマタ、だって、僕の隣人も魔物である君じゃないか」

にこっと笑うと、周りのカップルと同じようにしたいのか、ネコマタは腕を組み始めた。

「はいっ、ご主人様♪」

それに答えるように、ネコマタも笑顔を見せた。

一人だけ取り残されているオーガは「惚気てくれる…」と後ろで呟いていた。

それから、三人は売っている商品を見て歩き始めた。

「今夜はホテルに泊まろっか、じっくり見ていきたいし」

のん気に言う青年に、ネコマタは過剰に反応した。

「ほ、ホホホホホテルですか!?」

赤面して、両手で顔を覆って体と尻尾をふりふりさせているネコマタ。

「ん?ホテルがどうかしたの?」

「いいいいいや、ななななんでもないですにゃ…」

語尾につい「にゃ」といってしまうほど動揺しているのであった。

店に出回っている物は、見慣れている野菜(畑で育てている)から、見たことの無い不自然な果実まで幅広かった。

「…なんか、世界が変わってから不思議な果実が増えたな」

これはなんていう異国の地の実であろうか、青年は首を傾げた。

「そうですね、魔物と共存し始めてから、珍しい物が出回るようになりましたよね」

多分、魔物のせいで近づけなかった地の物だと思いますよ。とネコマタは付け加えた。

「で、こういうのってどんな効果があるんだろうね」

「多分、精力UPとか、発情とかそういった類かと…」

「それは魔物が共存し始めてから栽培され始めたとかしか…」

ほげーとした顔で言う青年。

ところでオーガは?というと、同じように商品を見つつ、青年の護衛をしていた。

青年は周りから見れば妻持ちなので、そこまで用心することはないというのに…。

「そこのかわいらしい夫婦、こちらの商品、今お安くなっておりますよ。とっても美容にいいんです♪」

どこでも聞きそうな商売発言、少しだけ褒め言葉を入れるのがポイントと言ったところだろうか。

店主の女性はニコニコと笑いかけて、青年とネコマタに先ほど見ていた果実を勧めていた。

ピンク色で、ハートの形をしたいかにも怪しそうな実。

そもそも、自然の中でハートの形をし始める果実なんて聞いたことが無いだろう。

「い、いや、いいよ、少しだけ見に来ただけだからさ」

遠慮がちに両手を胸の前で振り、ネコマタも「大丈夫ですよ」と断った。

そこへ、オーガが急に割り込んできた。

「お前、刑部狸(ぎょうぶだぬき)だろう?」

キッと睨みを利かせたオーガに、店主の女性は一瞬だけ怯んだと思うと、

白い煙とともに正体を現した。

「さすがは魔物さん、全てお見通しってわけですなぁ」

ふふんっと少しだけ笑った。

オーガが言った刑部狸という名前どおり、姿は狸。

「ぎょうぶ、だぬき?」

「商人として生きていく者が多い種族ですよ。こんなふうに人間に化けて商売とかしていることもあるんです。その場合は偽者掴ませたりしますけどね」

「へ、へぇー」

共存とか言うものの、そういう奴もやっぱりいるんだな、用心しよう。

そう思う青年だった。

「バレてしまったからには仕方ないなぁ~。どれかこの商品で欲しいものを一つ持っていっていいですよ」

「口封じということか?」

オーガは変わらず睨みを利かせて、刑部狸へ問う。

「まぁ、そういうことですね」

「怪しいから別にいいんだけどなぁ…」

こういうのに乗って怪しいものでもつかまれそう。

というか、ここに置いてある商品にまともな形がない。

「それじゃあ、これを貰おうかな」

青年が選んだのは、楕円型で、丸い模様がランダムに入っている果実(?)

「これ、周り固いな…」

「それに目をつけるとは、さすがはお目が高いです!」

「えっ」

「そちらの果実は、夫婦に幸せを与えるといわれる幻の果実!売ってお金を得たいところですが、お客様がどうしてもというのなら、譲りましょう!」

何とも嘘っぽい言動。

「でも、何か一つ貰っておかないと店主さん怒るから、これでいいかな…」

万が一の時は捨てればいいし。

「そうですね、これにしましょうよ!」

ネコマタはそんな刑部狸の言動を鵜呑みにして、めちゃくちゃはしゃいでいた。

オーガは怪訝な顔をしたが「まぁ、二人に任せる」と一歩身を引いた。

「持ってみると、でかいな」

「そうですねぇっ!」

結局貰うことにした。

「後、もう変な商売すんなよ」

「肝に銘じておきます!!」

絶対肝に銘じているはずがない。




ネコマタが「持っていいですか?」と言ってきたので、渡すと

外側がとても固い果実を大切そうになでなでし始めた。

やっぱり信じているんだろうなぁ…と青年は騙されやすいネコマタに注意しておこうと思った。


刑部狸から貰った果実をネコマタに渡し、(案外でかい)町を歩いていると…。

「やーくん?」

と、聞き覚えのある単語を耳にして、青年の体が「んっ?」と振り向く。

「あぁ…やっぱり、やーくんの面影があるわ…」

青年は声を掛けてきた一人の魔物を凝視して…

「も、もしかして、母さん?」

「え、ご主人様のお母様!?」

青年の呟きに、ネコマタがビクッ!反応して、目の前の魔物を驚いたように見つめる。

「え、ご主人様のお母様…?」



と同じ言葉を二回繰り返し、小首を傾げた。

なんで繰り返したんだろう。

「だ、だが、生き残りはお前だったはずでは…?」

そこで、魔物の種族についてピンッときたネコマタが一言。

「もしかして、ご主人様のお母様って、生き返ったのでは…?」

「えっ、生き返った?」

それだけでも、衝撃的な事実であった。

「やーくん、とっても大きくなったねぇ…」

そんな青年達の動揺も知らず、お母さんは久々に見る息子の姿をじっと見つめていた。


「つまり、お前の母親はゾンビになって転生したということだ」

「え、は…ぞん、び?」

母さんがゾンビに転生…?

確かに、肌の色は、人間の色とは程遠くなっているし。

見るからに魔物になってしまっている。

青年はもう、それ以上言葉が出ずにいた。

「そうだ、やーくん、うちに遊びに来ない?やーくんの彼女も一緒に」

「わ、私のことでしょうか?そそそその、ご主人様と暮らしてもらっているものです」


ペコっと大きく頭を下げたネコマタ。

「そう、じゃ三人ともついてきてねっ♪」

呆然としている青年は何も返せず、ただ、母親についていくしかなかった。


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