ある日、青年は突風と大雨の中、一匹の猫を拾った。

その日暮らしの青年は、猫を充分に養えずにいる自分をひどく嫌悪し、この生活を変えて、猫と楽しく暮らそうと決心したのだった。


それから数年が経ち、猫との満たされた生活の中、拾った猫が、実は魔物であるネコマタであるという事実を知り

魔物であるアルラウネやオーガと知り合い、

青年の人生はまた、大きく変化を遂げていくことになるのだった。


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オーガが過去を打ち明けてくれた日から、数日が経った頃だろうか。

青年は日課である農作業の中、悩んでいることがあった。

オーガが過去を話してくれた時、衝撃な事実がたくさんあった。

しかし、それと同じように自分の知識の無さを思い知らされたのだ。

例えば、世界の価値観が変わってしまったこと。

例えば、この世界の魔王が代替わりしていたことだった。

これは青年の中でもとても衝撃的であった。

あのタイミングが少し遅ければ青年は死んでいたし

あのタイミングが少し早ければ、きっと村は救われていた。

しかし、ネコマタとの出会いはなかっただろう。

だが、「ネコマタとの出会いはなかっただろう。」そう思えるのはネコマタと出会えたからこそだ。

過去のことを悩んだって埒があかないはずだ。前を見よう。

そんな人生の偶然もそうだが、やはり、世間知らずにも程があるだろう…。と青年は思い悩んでいた。

前を見て生きていくためにも、もう少しこの世界を知っておきたかった。

「ねぇ、ネコマタ…」

「なんですか?」

怪力であるネコマタは、手馴れた農作業をぱっぱと終わらせており、日に日に農作業の終わる時間が早まっていた。

ちなみに、青年との(夫婦との)共同作業を楽しむ反面、早く作業を終わらせ、青年とらぶらぶ、いちゃいちゃしたいというのがネコマタの思いであった。

「僕ってこの世界のこと、本当に知らないことばっかりだって思い知らされたんだ…」

「そうですね…。ご主人様はつい最近まで、世界の価値観や魔物が変わってしまったことさえ知らなかったですもんね」

「う、うん、だからさ、一度、この山を下りて町へ行ってみないか?」

「えっ、町へ…ですか?」

ネコマタは予想通り驚いたような表情をして、続いて何を勘違いしたのか頬を赤らめた。

「そ、それって婚前旅行ですか…?」

ごもごもと何かを呟いているのだが、聞き取れない。

「世界のことをもっと知っておきたいんだ。この世界で営む一人の人間としてさ」

「そうですかぁ…。でも、それも必要ですよね」

「それに、ネコマタと一緒に行ったらもっと楽しいと思うんだ」

ぱぁぁぁと満開の花が咲くような笑顔になったネコマタ。

「ご、ご主人様…!是非行きましょう!婚前旅行に!!」

「こ、婚前旅行…?」

「あ、いぇ、な、なんでもないですよぉ…」

青年から視線をはずして、もじもじとしているネコマタ。

「あはっ、そこまで思ってくれてるってだけで嬉しいよ。ありがとうネコマタ」

「は、はぃぃ」

頬を真っ赤にしながら、答えた。


それから青年達は、翌日の婚前旅行へ向けて準備を始めた。

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―翌日―

「それじゃ、町へ行こうか」

「はい」

「ゆっくりしてきなよ~」

ほんわかとした表情をしたアルラウネは、その大きな花弁に体重を乗せて手を振っていた。

アルラウネがいなければ、青年が考えた「町へ降りる」というイベントは進まなかったことだろう。

なぜなら、アルラウネが畑の野菜の管理をしてくれると申し出てくれたのだ。

町へ行けば野菜の管理ができなくなってしまうという問題を解消してくれた。

「アルラウネ、しっかり頼むよ」

「うん、あったしに任せておきなってぇ」

頼もしいという感じもあるのだが、のん気なアルラウネであるため、青年は多少心配していた。

「どーせ行くには、アルラウネに任せなきゃいけねーんだから、どーんと任せておけって」

とオーガがそう言い放つと、青年は「確かに…」と納得した。

「んじゃ行ってくるぜ、アルラウネ」

「あいあいさー」

昨日の会議で、オーガも着いてくることになっていたのだった。

この世界の価値観は変わっており、昔は凶暴で恐れられた「オーガ」という種族の見方も変わってきていた。

確かに、今でも凶暴ではあるものの、多少は受け入れられているから大丈夫だということ。

昔なら、オーガが町へ入ってきたというだけで大騒ぎだったのになぁ・・・と何となく呟いた青年。



そのためか、町へ一緒に連れて行っても安心できるそうだ。

というより、オーガがいることでネコマタと青年の安全も確保できるということ。

「オーガ、お前は僕に縛られることはないんだから、他の好きな人とか見つけないのか?」

変わってしまった世界に習って、青年はオーガの呪縛を解いてやろうとする。

「ネコマタと僕のように、他のいい人を見つけるべきじゃないか」という思考に至っている青年。

「気が向いたらな…」

吐き捨てるように言ったオーガ。

「そういえば、出会った時からずっと思っていたんですがご主人様」

出会ったというと、猫の時だろうか?

「うん」

「ご主人様って、何て言う名前なんですか?」

「えっ、あ、名前ね」

青年はハッと気付き、自分の名前を思い出した。

「もう、名前なんて必要ないって思ってたから、忘れかけていたよ…」

「名前が必要ない、ですか?」

「僕はずっとずっと独りだったから、誰かに名前を呼んでもらうこともなかったんだ。だから、忘れてしまったよ」

「名乗ることも忘れてしまっていた」そう青年は静かに呟く。

その横では、オーガが少しだけ悲しい表情を見せた。

しかし、青年は何も言わなかった。

先日、オーガと青年は話し合って和解したのだが、青年は、オーガが全て吹っ切れているわけではないとわかっている。

だからこそ、「気にするな」なんて軽々しく声をかけることはできなかった。

「そうだね、もうここには僕とともに進んでくれる魔物達がいるし、呼ぶ名前が必要だね」

とても嬉しそうに、青年は満面の笑みを見せた。

久しぶりに、自分の名前を呼んでくれる。そういう期待を言葉に孕んでいた。

「僕の名前は「柳(やなぎ)」 土方 柳(ひじかた やなぎ)だよ」

「ご主人様は柳っていう名前、なんですね…とっても良い名ですね」

「あははっ、ありがとう」

「柳、か…。ずっとずっと傍で見てきたのに、名前も知らないなんて、案外俺達って無知だな」

オーガは静かにそう呟いた。

それに何の意味があるのか、僕達には何となくわかる気がした。


詳しく知ろうなんて思わないけど

ただ傍にいるだけで、それだけでいい

それだけで、僕達は過ごしていけるのだ。



三人は、同じようにそんなことを考えていたのだった。

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