それは数日後に起きたことだった。


いつもなら僕の隣で寝ているネコマタが忽然と姿を消していたのだった。

「あ、あれ、ネコマタ…?」

最近は隣にいつもいるネコマタに慣れてしまっていた青年は、とても動揺した。

「ネコマター?おーぃ」

もしかしたら、猫の姿でどこかへ行ってしまっているのだろうか。

だとしたら見つかるはずもないかな…。

青年はそう思って家中を探すも、ネコマタはやはりいなかった。

置手紙もなかった。

「…一体どこへいったんだろう」

ネコマタが僕に何も言わずにどこかへ行くなんて…。

あ、そうだ、アルラウネが何か知っているのかもしれない。

ドアを開けると、畑の一部に大きな花が咲いていた。

「あ、アルラウネ。ネコマタ知らないかな?」

「うぅ…おはよう、ネコマタさんなら今朝そっちの方へいったけど」

眠そうにしているアルラウネが指差したのは、大きなりんごの木がある場所へ続く道であった。

「りんご、採りにでも行ったのかな…」

追いかけたほうがいいよね。ネコマタを一人にしちゃうと心配だし。

「僕、ネコマタを追いかけるから、アルラウネ留守番頼んでいいかな?」

「うん、いいよ」

少しだけ心配になったが、とりあえず、アルラウネに頼んでおくことにした。


続く道を走っていると、木の上に、以前見た姿を目にする。

「あ、あれ…。君は」


「ん、なんだお前か」

「久しぶり」

「ふん…。何か用事か?」

青年は少しだけ脅えながら、ネコマタの行方を聞いた。

「あぁ、ネコミミの生えた奴ならこの道を通って行ったぞ」

「そっか、ありがとうオーガ」

「おぅ、そうだ」

青年が走って後を追いかけようとすると、オーガが何か気付いたような声を出した。

「今日はとても雨の嫌な匂いがする…。気をつけたほうがいいぞ」

予想外のオーガの助言。

「おぉ。ありがとうな」

そのまま去っていく青年の後姿を見つめるオーガの瞳は、どこか揺らいでいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

りんごの木の前には、頭に耳の生えた少女がたたずんでいた。

青年はその姿を捉えて、すぐに駆け寄る。

「おーい、ネコマタ」

「ごごごごご主人様!?一体どうして?」

見るからに動揺しているネコマタ。

その腕にはいっぱいのりんご。

「いや、突然ネコマタが消えるから心配になったんだよ…。それに、この後雨が降るらしいんだ」

「そうなんですか?」


「あぁ、だからさっさと家に帰ろう」

「はいっ♪…」

ネコマタが持っていたりんごを半分分けてもらい、一緒になって帰っていると。

ぽつん と鼻の先に雨粒の感触が伝わってきた。

「あ、やば、もう降ってくるかもしれない」

しかし、走るにも走りずらい…。

「ネコマタ、りんご運ぶのは僕がやるから、君は先に帰ってていいよ」

「いいえっ!私も一緒に運びますっ」

僕の提案に食って掛かってきたネコマタ。

「あ、雨降ってきちゃうよ?」

「大丈夫です、ご主人様と一緒がいいんです」

「そ、そっか。でも、雨降りそうだからちょっと急ぐよ」

とりんごを落とさぬように、小走りになるも…。


数分後には激しい雨と突風に見舞われていたのだった。

「くっ、これはきつい」

りんごを落とさないように、ネコマタに突風や雨が直撃しないように先頭を進む青年。

しかし、前が見えず、進もうにも進めなかった。

「ご、ごめんネコマタ…」


「大丈夫です、ご主人様…すいませんこんなことになってしまって」

そう小さくなりながらネコマタは呟いた。

「気にしないでいいよ。…僕も、ネコマタと一緒にいたいんだ」


「ご主人様…!」






「全く、やかせてくれるじゃねーか」

突然、男勝りな声がおぼろに聞こえた。

「この声は、オーガ…?」

目の前に、重い音を立てながら着地する。

その姿はやはり、先ほど見たオーガであった。

「俺が道を切り開いていやるから、とりあえず俺の後ろについてこい」

そういうオーガは、突風と激しい雨の中、僕達の目の前で堂々と仁王立ちしていた。

おかげで雨や風の影響を多少受けずに進めるようになった。

「あ、ありがとうオーガ…」

「ありがとうございます、オーガさん」

「…」

決してぶれることなく進んでくれたオーガのおかげで、視線の先に僕達の家が見えてきた。

「礼を言われる程のことでもねーよ。特に、人間の男性、お前にはな」

「えっ…?」

その言葉に疑問を覚えたものの、あまり気にせず僕たちは無事に帰宅できた。

「オーガ、お礼にご飯食べていってくれないか」


僕達の家の前で突っ立ったままのオーガを家へ招こうとした。

「そんな大そうなことしてないぞ」

「いいんだ。僕がオーガにご飯を食べていってほしい。ただそれだけなんだよ」

そんなオーガの先には、アルラウネが嵐に直撃していた。

「アルラウネ…君は大丈夫なのか?」

「植物は嵐に慣れているから、大丈夫だよぉー」

とか、そんなことをアルラウネは言ったような気がする。遠くにいるものだから口の動きでしかわからない。

とりあえず、あれで大丈夫なのかな…?

アルラウネはあまり動かない方がいいのかな。

「あいつは大丈夫だろう」

「そ、そっか…。じゃ、オーガ入ってくれよ」

「あ、あぁ…」

なんとも気が進まないといったようにオーガが、無駄に四つある席に座り、ネコマタは料理を提供してくれた。

「ご主人様、勝手にいなくなってしまってすいませんでした…」

料理を並べ終えたネコマタは青年の隣に座り、申し訳なさそうに呟いたのだが、

青年は提供された料理に驚いていた。

「あ、あぁ…。まぁ、置手紙ぐらいしてくれな?。それにしても…この料理は一体…」

青年の目の前には大きなパウンドケーキが置いてあった。

「はい、今日はご主人様のお誕生日ですから…。本当は内緒で作りたかったんですけどね」

「ほ、本当に!?あ、ありがとう!!とっても嬉しいよ」

「はい、どうぞ召し上がってください。オーガさんも遠慮しないでくださいね」

「あ、あぁ」

「ご主人様、誕生日おめでとうです」

無邪気な笑顔で、ネコマタは僕を祝ってくれた。

「うん」



こうして、三人は箸を進めて、ネコマタの絶品料理に感嘆の声を上げた。

「うまいよ、ネコマタ!また腕上げたんじゃないか」

「こんなうまいものを食べたのは初めてかもしれない」

「はいっ、ありがとうございますっ♪」

こうして、絶品料理だけあって、数分で料理は空っぽになってしまった。


「ふぅ、ごちそうさまでした」

「うむ、うまかったぞ」


「ご愁傷様でした」

ネコマタと青年はすぐに食器を片付け始め、オーガは食後の余韻に浸っていた。

「さてと、オーガ、今日はありがとうございました。本当に助かりました」

「だからそんなこといいって言ってるだろ…。特にお前にはな」

先ほどは気にしなかったが、二度目となると何かが引っ掛かるものがある。

「さっきからそんな感じだが、一体、どういうことなんだ?」

そう聞くと、オーガは悲しそうに目を伏せて、重たい口を開いた。

「いつかはお前に話さなければいけないと思っていたんだ、あの時からな…」


「あの、時?」










「お前の家族を殺したのは     俺なんだ」





そう、衝撃の一言を放った。