水の町。

海と自然に囲まれた豊かな場所。

「さてと、最初に教えた魔術によく属性が合っている場所に着いたわね」

「スプレッドのことか…まぁ、そうだね」

そのほかにも色々と教えてもらった。

「ここから二つ先に行った所に魔術師の町があるわ。そこでは魔術書がいくつも保管さているから、便利で、多数の魔術を覚えられるわ


「そこまで一気に突っ切っちゃわないの?」

「それもいいのだけど…。次の町というか…集落が厄介なのよね」

「厄介?」

「えぇ…森を越えたところに魔術師の町があるの、でもその森は…」


「…?」

「まぁ、そのときになったらわかると思うわ。とりあえず、この町で準備を整えたほうがいいの」

魔王は「んー」と悩んだ顔をして言う。

「そうか、そんなに変なところなんだな」

「そう、…宿屋に泊りがけになると思うから、今のうちに宿屋探しておくわよ」

「うぃっす」

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宿屋をすぐに発見して部屋を借り、野宿で消費した食材を購入して冷蔵庫へ。



「なぁ、具体的に何をすればいいんだ?」

買える物は買って、俺達は港の方へ歩いていた。

「私たちが強くなるっていう手もあるのだけど…数を増やしたほうがいいわ」

「数?つまり仲間?」

「その通り、ここには水の属性王…っと、いたいた」

魔王は水溜りを指差した。

「…へ?」

「この水溜りに潜んでいるわ」

目が点になってしまった。

地面に溜まっている水をまじまじと見るものの、何かが潜んでいる気配はない。

「この水溜りには、別の異世界が広がっているとか…?」

「そんな、どこかの小説みたいな話はないわよ…」

なんだか、この水溜りにスプレッドをぶち込みたくなってしまったのは反射というものか。

「で、この水溜りをどうするの?」

「ん、アツキのスプレッドをお願い」

意外や意外に予想通りであった。

「よし、やってやる」

魔法陣をイメージして、水溜りに向けて…!

「スプレッド(Intermittent spring)」

間欠泉のような水圧が、水溜りに押しかかる。

「のぅおわぁぁぁぁ」

ポンッとすぐに水溜りから一人の女性が飛び上がってきた。

地面にぶつけたお尻をなでながら。

「いてててっ…もしかして、見つかったのかな?」

辺りをキョロキョロと見渡して、ホッと安堵の息をついた。

「ん…この匂い…!もしかして、まおぅうぅぐぐぐ…」

「バカッ!こんなところで堂々と言わないでよ」

魔王がすぐさまに水溜りから出てきた女性の口を抑えて言った。

「あ、ラズベリー様。久しぶりですね」

「えぇ…ルメイトも元気そうね」

「…?」

「アツキ、この子が水の属性王ルメイトよ。今は人間の姿に化けているけれど、本当は人魚なの」

人魚か…なんだか情熱的だな。

「へ、へぇ…初めまして、アツキっていいます」

ペコリッと頭を下げると。

「これは丁寧に、先ほどの通りルメイトっていうの、よろしく」

ルメイトはそういって手を差し出してきたので、軽く握手を交わした。

「ところで、ラズベリー様、いったいどうしたんですか」

「まぁ…色々とあってね。この子と旅をしているの」

「不在だと思ったら…そうですか…」

俺を全身をなめまわすように見る。

「ルメイトに協力を願いたいのだけど…いいかしら?」

「うぅ、ままぁ…」

俺達三人はその刹那、その場からすぐに離れた。

「ルメイト…あんたなんか厄介ごとに巻き込まれてない?」



元いた場所には複数の矢が地面に刺さっている。

「そうなんですよ…ここは危ないから、どこか人気の多いところへ行きましょう」

「わ、わかったわ…」

汗を一つ掻く魔王。

なんだかんだいって、面倒ごとに巻き込まれるのは当然事項であった。

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人の多いカフェに入り、三人でお茶をした。

「で、いったいなんなのよ…」

紅茶をすすった魔王がそう言った。

「聞いてくださいよ…。実を言うとですね、昨日から狩人らしき人物に追われていまして…」

「狩人?」

「そうです、飛び道具を武器にして遠距離から私を狙ってきて…」

「というか、なんで?」

「さ、さぁ…」

ルメイトは曖昧な返事をした。

「…ふんっ…ルメイトは関わると厄介なことになりそうね。他を当たるわ」



「ちょっと待ってくださいよ~。助けてくれないんですか?」

「あなた属性王じゃない、そんぐらい自分一人でなんとかしなさいよ」

「…本当にいいんですね」

「?何が?」

「許可はいただきました」

魔王の頭には複数のハテナマークがのっているようで、俺にもイマイチ意味がわからなかった。

「それではラズベリー様、私はこれで…」

ルメイトはイスから立ち上がり、去っていった。

その瞬間


ルメイトは俺に、殺気を帯びた視線をぶつけた。

その瞳は、まるで死神のよう…で…。

「…アツキ、私は宿屋で作戦を練るわ。ルメイトも行ってしまったし…」

魔王もそう言って、このカフェから離れていった。

「あ、あぁ…」

驚きと恐怖で、声は少し震えていた。

あいつのあの瞳はなんだ、会った時からは感じ取れなかった殺気。

俺を、殺す気…なのか。

「…」

魔王が去ってからも、俺はカフェの机を眺め続け、頭を回転させ続けた。

何かが怪しくて、何かが変だ。

「と、とりえあず…」

机に伏せていた目を上へあげる。



…っ!

…。

そこには、先ほどまで色のあったカフェが殺風景と化していた。

「…そんな、さっきまでこのカフェには多くの人がいて…」

通りにも、人が一人も歩いていない…。

「気付いたのかな?」

耳で感知した時、俺の背筋は凍った。

ひんやりとした一言、先ほどまでここにいた人物が頭をよぎる。

「…ルメイトか」

振り向くと、やはりその人物は立っていた。

さっき去っていったはずなのに。

「さっき、あなたに幻術をかけておいたわ」

「幻術…」

「そう、ここはあっちの世界とは別の世界。あなたと私、二人だけの世界よ」

…なっ。

つまり、俺は誰の援護も受けられない…。それは魔王からもだ。


未熟な俺にとって絶体絶命だ。


「な、なんで…?」

「なんでと聞かれれば…あなたが邪魔だからよ」

じゃ、邪魔だと…。

「あなたがいると魔王様が弱くなるんだよねぇ…。クズみたいな奴のせいで弱くなるのを見ていられると思う?」

「くっ…。」


「尊敬する魔王様が弱くなるなんて、憧れの魔王様が弱くなるなんて見ていられるわけないのよ」

お、俺のせいで魔王が…弱くなっているのか…。

その一言を聞いて、俺の不安は矛先は方向性を変える。

「なんてね、それは表向きの理由だわ」

「…」

「本当はね、私、人間が大嫌いなの」