いいかげんにっき
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レイ・デイヴィスの最新アルバム『アメリカーナⅡ』の”ザ・リアル・ワールド”

 

 この曲は2007年のアルバム『ワーキング・マンズ・カフェ』に挿入されていましたので、12年ぶりのセルフカバーです。レイ・デイヴィスならではの哲学的な歌詞が魅力的です。

 

👇これはライブバージョンです。

 

 

 

軽老の日

今日はケエロウの日なので、早く家にケエロウと思ったが、1日じゅう家にいたので、ケエル必要はなかった。

 

 

 

東京五輪でのマラソン代表内定

本日午前中に行われたマラソンの東京五輪代表選考会(MSG)で女子では鈴木亜由子さんが2位となり、代表に内定しました。今日のレースでは1位と2位の違いほぼありません。3位と4位の違いは月とスッポンくらい違います。
 今回が生涯2度目のマラソンだった鈴木亜由子さんは、かなり余力を残してゴールしていましたし、まだまだ伸びしろがあると思いました。

 

 

 

明日のマラソン、あの人が怪我ででないのが残念!

昨日、鈴木亜由子さんのことを記事にしましたが、わたしには実はもう1人、応援している選手がいます。関根花観さんです。実は、関根さんは鈴木亜由子さんと同じ、日本郵政に属し、まるで姉妹のように仲良しこよしなのです。鈴木さんは関根さんのことを「はなちゃん」と言って、可愛がっておられるとのこと。

その関根さんは、怪我の為、明日のMSGに出場できないのです。残念!

 

 

 

 

楽しみなMSG

 いよいよ明後日、9月15日にMSGが行われます。来年の東京五輪のマラソン代表(男女2人)が選抜されます。あと1名ずつも、ほぼMSGの3位の人が選ばれる可能性があります。

 

 わたしは、女子マラソンの鈴木亜由子さんを応援しています。地元のスーパースターだからですが、飛び跳ねるように走る姿がかっこいいと思っているのも理由です。

 

 

 

 

レイ・デイヴィスの最新アルバム『アメリカーナⅡ』の”We will get there”

レイ・デイヴィスの最新アルバム『アメリカーナⅡ』の”The Take”

 歌詞の中に、ジョニー・キャッシュの「Big River」への言及があります。レイは「ミネアポリスのセントポールに来れて嬉しいよ。ここでジョニー・キャッシュは「大きな川」と出合い、岸辺に座って涙を流した」と歌っています。しかしジョニー・キャッシュ自身がかれの「大きな川」で歌っているのは、「ミネソタ州セントポールであの女とたまたま出会い、あの女のためにビッグ・リバーをあふれさせるほど涙を流した」という意味合いです。

 たぶん、レイは、確認せず、記憶の中にあるジョニー・キャッシュの歌をそのまま歌詞にしたのだと思います。何しろジョニー・キャッシュの「ビッグ・リバー」は1958年のヒット曲なのですから。

 

 

👇こちらだと歌詞がはっきりわかります。

 

 

 

 

55年前の今日...キンクスのあの曲がNo.1になりました。

1964年9月10日、キンクスの第3弾シングル、「ユー・リアリー・ガット・ミー」がイギリスのヒットチャートで1位になりました。この曲は今や、ロック界のクラシックといえる地位にあります。それから55年経過して、今なおレイもデイブも音楽活動を継続していることは本当に素晴らしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

”いらぬ正しさ”

「いらぬ正しさ」...”言いえて妙”だと思いました。そもそも「これはやったほうが良い」と言い出したら、仕事は際限なく広がっていきます。きりがありません。メタボさんのように、おかしなことはおかしいと言える雰囲気が職場にあれば、どんな職場も働きやすくなると思います。それが真の働き方改革だと思います。

昨日、講演を聞きました。

昨日の午後、前川喜平さんの講演を聞きました。

メモを整理しました。

190908 あいち教育大集会

前川喜平さんの講演「子どもたちが主体的に学び合える学校づくり」

(日本福祉大学名古屋キャンパスにて)

13時半から15時までの予定でしたが、前川さんは1550分まで講演をなさいました。もともと予定されていた質疑時間が1時間から10分に短くなりました。以下、前川さんの講演内容を、わたしのメモにもとづいて再現します。言うまでもなく、完全な再現とはいえません。

 

暑いですね。真夏ですね。地球全体がおかしくなっています。22世紀まで生きる人はこの会場にはおられないと思いますが、今の子どもたちは22世紀まで生きる。そのとき地球はどうなっているのか、心配です。

2022年度に新学習指導要領が実施されます。それをどうとらえるのか。もっとも、38年の間、働いていた文部省(文科省)で、わたしは教育内容や教育方法のような(文科省でいう)“内的事項”にはかかわっていません。半分は大臣のお世話や国会議員との調整をやっていました。面白くなかった。あと半分は(文科省でいう)“外的事項”にかかわっていました。たとえば財務課長(給与)として。財務課長の際は、小泉内閣の改革にかかわっていたのですが、小泉内閣も酷い政策をやっていました。たとえば「三位一体の改革」というのは、地方自治を拡大すると言いながら、ようするに地方にまわすお金を減額するというものでした。「自主性を与える」という名目で、配分するお金を削るというやり方は大学政策でもみられます。名大も、愛教大もひどい目にあっています。

ところで今回の新学習指導要領は事務次官のときに一読しました。難しいことが書いてあってよく分からないことも多いです。書いている人だって分かっていないような気がします。ですので、指導要領の一言一句を苦労して理解しようなどとしなくてもいいと思います。

1976年の旭川学力テスト事件の最高裁判決は学習指導要領を決める権限を国に認めたが、しかしそれは大綱的基準でしかないと言っています。2011年の七生養護学校事件(2003年に東京都教育委員会と都議3名が、東京都立七生養護学校における性教育に対して行った介入をめぐる民事裁判)に係る東京高裁の確定判決では、同養護学校教員が行った性教育は学習指導要領に違反するものではないとされました。すなわち学習指導要領は大綱的基準でしかないのです。

最近、文科省は「カリキュラムマネジメント」と言っています。そもそも教育課程は学校でつくるもの。文科省は口を出す権限はないのです。ところが20183月の、わたしの名古屋市立八王子中学校での講演に文科省は口を出しました。わたしこと前川喜平は中学生のためのキャリア教育の教材でしかなかったのに。学校教育は自治事務です。行政による教育への介入、国による地方への介入は許されません。教科はいわば学問です。学問の成果にもとづいておこなわれるべきです。文科大臣でなく、独立した公益機関が教科を決めていくべきなのです。

学習指導要領は10年に1度改訂されますが、根本はそう変わらない。マイナーチェンジをフルモデルチェンジであると見せかけている。今回の改訂の目玉はアクティブラーニングです。しかし“アクティブラーニング”は、もともとは大学教育改革のためのスローガンだったのです。それが小中高用に使われただけなのです。しかし特に幼少は以前からアクティブラーニングはやっていました。幼児は遊びながら学ぶのです。

学習指導要領は細かく書きすぎです。授業時間が多すぎます。「標準授業時数」は上下幅のある概念のはずなのに、最低基準のようになっています。10%程度少なくてもいいのです。ゆとり教育=学力低下と印象づけられています。文科省の言うことにいちいち振り回されなくていいのです。「あーそーですか」と対応しておけばいいのです。

小学校英語やプログラミング教育について、文科省は条件整備をしていません。そのような教科について免許状を有しない教師に授業を委ねていいのでしょうか。真に資格を有した教員を配置すべきです。

「主体的、対話的、深い学び」というスローガンは良いと思います。

そもそも学校って、何のためにあるのでしょうか。1)過去からの遺産を伝える。2)未来を生きるための準備。つまり学校は過去と現在をつなぐ場所なのです。

安倍総理が考える憲法「改正」が実現したら大変なことになる。人権は蹂躙され、戦争になり、独裁になってしまう。

多民族共生社会こそ作るべき。予測できない未来。自分たちの社会を自分たちで作る。そういう力を持つ人間を育てるべき。そのためにも子どもたちに自分で学んでいく力を与えるべきです。

自分を信じることができる人間=疑うことができる人間。そういう人間を育てる。素直というのは他の人の言いなりになることではありません。

教育基本法は2006年に改悪されてしまいましたが、「日本国憲法」「個人の尊厳」「学問の自由」というような重要なキーワードは残っています。焼け残った柱に日本国憲法の光を当てると大切なことが浮かんできます。「人格の完成」というのは、主体的な学習者になるということだと思います。「個人の尊厳」を否定するいかなる価値もありません。「個人の尊厳」より大切な価値はないのです。

平和で民主的な国家及び社会の形成者」の「形成者」という言葉も重要です。そのためにも「学び合える」ことが肝心です。

学校が本当に人権を尊重する場になっているのでしょうか。学校が子どもにとって息苦しい場になっていないと言えるのでしょうか。学校は子どもを人権の主体であるとは認めていないのような気がします。というのは余計な校則が増えているからです。だから不登校が増えているのだと思います。余計な校則といえば「語先後礼」(ごせんごれい)というのがあるそうですね。最初に「おはようございます」と語ってから、礼をするというものです。別に言葉と動作が同時だってかまわないと思うのですが。

インクルーシブ教育が大切です。人間は生きているだけで価値があります。

異文化共生教育が大切です。大阪府立高校では外国人生徒に母語の学習を保障しているところがあります。少子高齢化が進む日本は多文化共生社会の方向を目指すべきです。

平和教育が大切です。戦争は無知から生じるのですから。学ぶことで戦争を抑止できます。ガルトゥングの言う「積極的平和主義」に真の意味は、貧困や差別を無くすと平和になるという考え方です。

主権者教育が大切です。たとえば学校で子どもたちが校則について考えることが必要だと思います。自民党の政治家はさかんに教育の政治的中立性、公平性について述べます。が、権力者が「中立」というのは、自分への批判を封じ込めるためなのです。

1976年にドイツで提唱されたボイステルバッハ・コンセンサスの「政治教育3原則」参考になります。すなわち

  圧倒の禁止

  論争性の原則

  生徒志向の原則

 政治的な話題でも、教師は自分の意見を述べて良いのです。押しつけ(圧倒)てはいけないだけなのです。

 道徳教育に関していえば、日本国憲法にもとづく教育が大切だと思います。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3原則です。

 

 

 

 

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