木漏れ日の中で
ある晴れた休日の午後、史跡の散歩道を歩いてみた。
周りの樹木の間から洩れる光が、歴史が感じられる石畳みの上に投影するコントラストが実に美しい。
辺りに見とれて歩いていた私の隣にいつの間にか、見知らぬ女の子が並んで歩いていた。
まだ4~5歳と思われるその女の子は、この迷路のように枝分かれした石畳の歩道を、まるで私に従うかのように並んで着いてきた。
どうしたものかと…少し戸惑っている私に対して、彼女は実に堂々した態度だった。
しばらく、親子のように並んで歩いていた二人だったが…
ふと枝分かれした道で、急に私は左に逸れてみた。
(それは、その子がついて来るのか、探る意味も持っていたのであるが…。)
そこで、不意を突かれた彼女は、石段の上で、つまずいて転んでしまったのだ。
『あっ』!と思ったが遅かった…。
うつぶせに倒れこんだ彼女は、泣き声を上げた。
それは、しばらく一緒に歩いていて、言葉も交わさなかったその女の子の初めて聞く声だった。
『大丈夫?』
私も、初めて彼女に話し掛けた。
なかなか起き上がれない彼女の両脇を抱え、起き上がらせた。
左手の掌に、少し擦り剥けて血がにじんでいた。
その自分の掌から滲む赤い血を見た彼女は、更にそのつぶらな瞳から、大粒の涙を溢れさせた。
『大丈夫…大丈夫だから』
そう言って私は、掌と傷口についた砂を優しくさすって落としてあげた。
財布の中にバンドエイドを入れいていたのを思い出した…。
『これ貼っておくから、おうちでお母さんに消毒してもらってね。』
そう言って、彼女の小さな掌にバンドエイドを一枚貼って、彼女の頭を撫ぜた。
さっきまで、大粒の涙を流していたその子は、私の顔を見ると笑顔を浮かべ、少しだけコクリとうなずくと、小走りで、私の前から離れ、木漏れ日の溢れるその歴史の森の奥へと消えていったのだった。