病院の中の人間模様を感じて
病院の薬局窓口で、80代のおばあちゃん
自分に処方された薬について聞いてみえました。
「この塗り薬は、前に貰った薬と名前が違うけど、今までのより効き目があるのですかね?」
窓口の薬剤師さんは、優しく
「今までのと新しいお薬を混ぜたものになってますから今までのお薬で治らなかった所も
今回のお薬で効果が出ると思いますから様子見てください」
という様なことを説明する。
私は後ろに並んで、そのやりとりを見ていて、
施設には、このくらいのお年寄りの方はいらっしゃると思いますが、
みんな、痒いときは私達が、家族から預かった、病院で処方されたお薬を
塗りますが、殆ど「これはなんのお薬?」と聞かれたことはなかったな、、」
と思いました。
このおばあちゃんは、自分の身体は自分で管理する、という姿勢がとても微笑ましかったです。
そして、「生きる」ことに一生懸命な気がしました。
おなあちゃんの質問は、「もう一つ教えてください」という感じでしばらく続きました。
待合室では3人のご婦人が話しています。
明るい大きな声なので、聞こうと思わなくても聞こえてきました。
お一人は、車椅子に乗っていらっしゃいますが、化粧もバッっちり。少し濃いかな?
位の紅い口紅ですが、きっと顔色の悪さを隠していらっしゃるのかな、、
と思いました。
3人とも、同じ世代で70前の様です。
会話に中に「うちのお父さん、70になったからねー」
と聞こえてきたからです。
そのかたは、背がすらっと高く、髪の毛は短く、チリチリパーマでした。
顔はバッチリ濃いメイクです。
乳房を片方切除したため、もう片方の乳房に合わせて作られた
特殊なブラジャーをしているそうです。
最近行った施行で、45歳の女性が、乳癌でお亡くなりになって、そのときに、その母親から
「あのー下着を付けてもらえませんか?特殊なブラジャーなんですが」
と差し出されました。
それは、ブラジャーのパットの部分にシリコンがついていました。
多分、このご婦人も、そんな感じのブラジャーなのだと思いました。
今度生まれ変わったら、また今の主人と一緒になりたい?
という会話になりました。
車椅子のご婦人は、「絶対いや」
理由は、夫の冷たさ の様でした。
チリチリパーマのご婦人は、
「私は、また今の主人と一緒になりたいわー
だってね、主人も一緒に成りたいってくれたんだから」
もう70になるご婦人が、大きな声で公衆の面前でノロケ話か?
でも、なんだか微笑ましかったです。
真ん中のご婦人は発言あったのか、ちょっと記憶にないですが、、、
耳だけピクピク動かしながら、スマホのゲームしながら聞いていた会話でした。
私は何処が悪いっていうと、、
今から検査してもらいますが、「オシッコが出ない病」
に苦しんで、3日間も続けて大学病院に来ています。
膀胱炎にしては、クラビット500をもう3日飲み続けても良くなってこない
顔、身体全体が浮腫んでいます。
それでも、仕事は休みたくなくて、夜勤のある日に救急外来で抗生剤を貰って仕事しました。施設の職員の誰にも内緒です。
やっと雇ってもらったこの施設。辞めるわけにいかないので。
採用時健康診断で、心筋虚血と診断され、一旦は不採用になり、精密検査を実費で
行い、仕事に支障はないでしょう、という医師の診断書を出してもらい、やっと採用に
こぎつけました。
54歳にもなれば、色々不具合がでてくるもんなんですよね。
メンテナンスを怠ったツケがきたのか、
もう2時間も、待合室でこうやって作文書いたり、ラインゲームしたりして過ごしています。
今日は
診断結果によっては、実家に行きます。
お盆前に実家に寄ったとき、父の足が、像の様にパンパンに浮腫んでいました。
施設のおじいちゃんが、同じ像の足で、少しの間、入院をしていました。
心筋梗塞の前兆?カルテを見ると書いてったので、父も心臓から来る浮腫みだと
思い「病院にすぐいって」
といいましたが、介護度5の母の面倒をみているからどうのこうの、、」
と言って行きませんでしたが、デイサービスに母が言っている間に病院に行って
帰りに病院の表玄関で倒れたから、迎えに来て欲しい
と電話がありました。
それでも、納棺の仕事が入っていたし、困ったな、、、
結局、妹から偶然にも電話があって、
父を病院まで迎えに行ってくれることになりました。
父は「心臓の病気が進行してなー薬で治療するから入院はないけど」
妹が迎えに来てくれて今、家に帰って来たと電話ありました。
8月13日のことでしたが、高速道路は渋滞していて
とても行けた状態ではありませんでした。
今の私にとって親の死に目に会えなくても、仕事が大切。
よく芸能人の方が、舞台があって、穴を開けるわけにいかないから、
親の死に目に会えなかった、と言いますが、
私の仕事が、それほど多くの人に迷惑をかける訳でもないし、
親の方が大切でしょう、
という考え方の方が絶対的に多いでしょうが、
そのくらい、プロの意識を持って仕事をしているということを
言いたいのです。
アイパッドが熱くなって来ました。
そうそう、それからお盆中は自分も、オシッコが出ない病で苦しんでいたし
やっとー3時間経って診察呼ばれました。
午後2時から内視鏡検査です。
お昼は病院のレストランで松花堂弁当830円
ちょっと贅沢だけど、豚の角煮が食べたくなっちゃったから
清水の舞台から飛び降りる?覚悟で
チケット買っちゃいました。
此処で1時半まで時間つぶしてっと。

病院の薬局窓口で、80代のおばあちゃん
自分に処方された薬について聞いてみえました。
「この塗り薬は、前に貰った薬と名前が違うけど、今までのより効き目があるのですかね?」
窓口の薬剤師さんは、優しく
「今までのと新しいお薬を混ぜたものになってますから今までのお薬で治らなかった所も
今回のお薬で効果が出ると思いますから様子見てください」
という様なことを説明する。
私は後ろに並んで、そのやりとりを見ていて、
施設には、このくらいのお年寄りの方はいらっしゃると思いますが、
みんな、痒いときは私達が、家族から預かった、病院で処方されたお薬を
塗りますが、殆ど「これはなんのお薬?」と聞かれたことはなかったな、、」
と思いました。
このおばあちゃんは、自分の身体は自分で管理する、という姿勢がとても微笑ましかったです。
そして、「生きる」ことに一生懸命な気がしました。
おなあちゃんの質問は、「もう一つ教えてください」という感じでしばらく続きました。
待合室では3人のご婦人が話しています。
明るい大きな声なので、聞こうと思わなくても聞こえてきました。
お一人は、車椅子に乗っていらっしゃいますが、化粧もバッっちり。少し濃いかな?
位の紅い口紅ですが、きっと顔色の悪さを隠していらっしゃるのかな、、
と思いました。
3人とも、同じ世代で70前の様です。
会話に中に「うちのお父さん、70になったからねー」
と聞こえてきたからです。
そのかたは、背がすらっと高く、髪の毛は短く、チリチリパーマでした。
顔はバッチリ濃いメイクです。
乳房を片方切除したため、もう片方の乳房に合わせて作られた
特殊なブラジャーをしているそうです。
最近行った施行で、45歳の女性が、乳癌でお亡くなりになって、そのときに、その母親から
「あのー下着を付けてもらえませんか?特殊なブラジャーなんですが」
と差し出されました。
それは、ブラジャーのパットの部分にシリコンがついていました。
多分、このご婦人も、そんな感じのブラジャーなのだと思いました。
今度生まれ変わったら、また今の主人と一緒になりたい?
という会話になりました。
車椅子のご婦人は、「絶対いや」
理由は、夫の冷たさ の様でした。
チリチリパーマのご婦人は、
「私は、また今の主人と一緒になりたいわー
だってね、主人も一緒に成りたいってくれたんだから」
もう70になるご婦人が、大きな声で公衆の面前でノロケ話か?
でも、なんだか微笑ましかったです。
真ん中のご婦人は発言あったのか、ちょっと記憶にないですが、、、
耳だけピクピク動かしながら、スマホのゲームしながら聞いていた会話でした。
私は何処が悪いっていうと、、
今から検査してもらいますが、「オシッコが出ない病」
に苦しんで、3日間も続けて大学病院に来ています。
膀胱炎にしては、クラビット500をもう3日飲み続けても良くなってこない
顔、身体全体が浮腫んでいます。
それでも、仕事は休みたくなくて、夜勤のある日に救急外来で抗生剤を貰って仕事しました。施設の職員の誰にも内緒です。
やっと雇ってもらったこの施設。辞めるわけにいかないので。
採用時健康診断で、心筋虚血と診断され、一旦は不採用になり、精密検査を実費で
行い、仕事に支障はないでしょう、という医師の診断書を出してもらい、やっと採用に
こぎつけました。
54歳にもなれば、色々不具合がでてくるもんなんですよね。
メンテナンスを怠ったツケがきたのか、
もう2時間も、待合室でこうやって作文書いたり、ラインゲームしたりして過ごしています。
今日は
診断結果によっては、実家に行きます。
お盆前に実家に寄ったとき、父の足が、像の様にパンパンに浮腫んでいました。
施設のおじいちゃんが、同じ像の足で、少しの間、入院をしていました。
心筋梗塞の前兆?カルテを見ると書いてったので、父も心臓から来る浮腫みだと
思い「病院にすぐいって」
といいましたが、介護度5の母の面倒をみているからどうのこうの、、」
と言って行きませんでしたが、デイサービスに母が言っている間に病院に行って
帰りに病院の表玄関で倒れたから、迎えに来て欲しい
と電話がありました。
それでも、納棺の仕事が入っていたし、困ったな、、、
結局、妹から偶然にも電話があって、
父を病院まで迎えに行ってくれることになりました。
父は「心臓の病気が進行してなー薬で治療するから入院はないけど」
妹が迎えに来てくれて今、家に帰って来たと電話ありました。
8月13日のことでしたが、高速道路は渋滞していて
とても行けた状態ではありませんでした。
今の私にとって親の死に目に会えなくても、仕事が大切。
よく芸能人の方が、舞台があって、穴を開けるわけにいかないから、
親の死に目に会えなかった、と言いますが、
私の仕事が、それほど多くの人に迷惑をかける訳でもないし、
親の方が大切でしょう、
という考え方の方が絶対的に多いでしょうが、
そのくらい、プロの意識を持って仕事をしているということを
言いたいのです。
アイパッドが熱くなって来ました。
そうそう、それからお盆中は自分も、オシッコが出ない病で苦しんでいたし
やっとー3時間経って診察呼ばれました。
午後2時から内視鏡検査です。
お昼は病院のレストランで松花堂弁当830円
ちょっと贅沢だけど、豚の角煮が食べたくなっちゃったから
清水の舞台から飛び降りる?覚悟で
チケット買っちゃいました。
此処で1時半まで時間つぶしてっと。
