夜に啼く鶯 -13ページ目

夜に啼く鶯

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中央線に乗るため駅に戻ってきたけれど待ち合わせ場所に向かうには一時間ほど早い。前日調べ物をしていてたまたま見つけた場所はここからすぐだったはず。HPを開くと八重洲北口から徒歩五分。行って戻ればちょうど良い時間だ。出口を見つけるのに十五分かかったけれど。

多くの知の巨人たちの結晶、量子力学とナノテクノロジーの申し子スマートフォンをもってしても辿り着けなかった愛すべき出口には、頬に感じる冷たい風の来る方に行ってみるというプリミティブな方法で辿り着いた。

 

寒いとまではいかないそぼ降る雨の中水溜まりを避けながら歩く。折り畳み傘を使うのはいつ以来だろう。そうなるのが怖くて嫌がる私に昼から雨の予報なんだから持っていきなさいと母が無理やり弁当と共にリュックサックにねじ込んだ遠足の時以来か。

キオスクで買った傘のイデアとでも言うべき底なしに特徴のない傘をさしていると自分もその一部になってしまったような気がしてくる。

 

歩くために出かけることが増えた。長い距離を歩きたい。人気のない寂れた山寺はその点都合がいい。考え事をするためか、しないためか、歩く。

違うな。考え事じゃない。考え事なら答えが出せるかもしれない。ただの問い。

地底湖の底で砂礫を巻き上げ続ける湧水のように噴出する問い。問いは新たな問いを生み問いのまま漂う。私には止める術はなく、その問いに答える権限もない。どうすることもできない。湧くだけ湧けばいい。僕は一人出かけて行って歩く事しか出来ない。

 

お一人様でも大丈夫ですよ!薄汚れたコックコートを着た客引きが威勢のよい声をかけてくる。好きで一人になった訳じゃないよ。

客引きの肩越しに白熱灯の色味を模した灯りが照らす店内を覗くとカウンター席の端のスツールが二つ空いているのが見える。暫く眺め続ける私に客引きは何かを話し続ける。

 

一度通り過ぎた群馬県をPRする大きなポスターが壁に貼られた群馬銀行が入ったビルの手前隣。そこが入り口だった。

管理人不在の管理人室の前を通ってエレベーターに乗り4階のボタンを押す。4階。寺はもちろん、収蔵庫や博物館美術館で仏像を観たことはあるけれど雑居ビルの4階で観るのは初めてだ。 

扉が開くと正面の壁に

←東京長浜観音堂

と書かれたプレートが貼られていた。

マーチンらしきスリッポンを履いたオカッパ頭の女性がいらっしゃいませ、傘はそちらにどうぞと傘立てを指した。

 

廊下と部屋の間には扉の様な仕切るものはなく、照明の落とされた部屋に入るとモニターが設えられた壁の前にキュービィロップの形をした椅子が数脚置かれ、60代くらいの男女が座って画面を見つめている。画面の中では見覚えのある老人が近江訛りで観音の里の説明をしていた。

反対側の壁には高月を中心にした寺の所在地が描かれた湖北の地図が掛けられている。

概ね月替わりで長浜から観音が鉄砲玉として送り込まれるようだが今月は渡岸寺の(国宝じゃない方、小っさい方の)十一面観音立像がどどんとアクリルケースの中で光を浴び屹立する。40cmくらいだけど。

???渡岸寺?渡岸寺はよく行くし先月も二度ほど行ったけれどこんな方いらっしゃったかな?こんなぷにぷにの艶めかしい口元お持ちなら記憶に残っているはずだけれど思い出せない。間近で見られる収蔵庫の方ではなく本堂内陣の遥か彼方に御座したアレか?よくわからない。出張から帰ったころにもう一度行ってみよう。

 

こちらは初めてですか?と女性が聞いてくる。

そうです、と答えるとこの施設と、長浜の観音信仰の歴史(京の鬼門の鬼門にあたり・・・鶏足寺は白山信仰も・・・云々)などを簡単に解説してくれた。オフィシャルに。

長浜に行かれたことは?と聞かれ一瞬答えにつまる。歩くために行きます。何なら週二で行きますとも言えない。

先月あったお祭りに行きましたよ、と答える。とても素晴らしかったとも。

それはよかったです、と女性は笑顔で答えた後、パンフレットがたくさん刺さった棚から一枚を取り出すと、仏教彫刻史の専門家が同行して解説しながら寺を巡回するツアーが今月あるんですがもう埋まってしまったんです、と申し訳なさそうに私に見せてくれた。

それは残念です、とオフィシャルに答える。

 

実際の所、祭りは素晴らしかった。望外と言ってもいいくらいだ。

実を言えば祭りの事は聞いていたけれどすっかり忘れていて、姉川近くの温泉に行く折、いつもとは違う光景、いつも人影まばらな町を人々がそぞろ歩いているのを見て思い出したのだ。

祭りには三十余りの寺が参加していて、この辺りではありがちだが廃寺になっていたり、住職はいるが住職は住職の或いは別の仕事をしていて事前に連絡をしなければ観られない所も散見されるのだがこの日は一日開け放たれていて行けば観られる。これもありがちだが地元の有志の方が近江訛りで朴訥と、あるいは快活に解説もしてくれる。微に入り細に入り詳しく説明してくれる人もいれば、そうでない人もいる。白山信仰ったってこっから白山なんか見えねえんだもん、どうだろね?とオフィシャルでない意見も聞ける。

 

臨時駐車場になっている駅の駐車場に何とか空きを見つけて車を停めて祭りの本部となっている寺に向かい歩く。

駅のすぐ隣がだだっ広い無料駐車場だと言えば大体どんなところか想像できるだろう。

停められた車のナンバープレートを見ると隣接県はもちろん結構な遠方からも来ているようだ。

空には雲一つなく、茹だるような纏わりつく暑さもやっと落ち着き歩くに気持ちの良い気温だ。奥に見える伊吹山地はまだ紅葉の足音も聞こえないが手前に広がった田園では黄金色の稲穂が頭を垂れ、蕎麦の小さな花群が咲き乱れ、コアオハナムグリが脇目も振らず頭を突っ込み花をむぐっている。単眼複眼動物に脇目があるのかは知らない。水路ではカワニナが唐草模様を作り、薄と荻が覇を競うように畦道を覆う。

事前に申し込めば一日お任せで連れまわしてくれるバスツアーもあるし、パスを買えば乗り放題の巡回バスが何台も周回しているからお好みで回ってもいい。歩きたければ歩けばいい。

臨時のバス停の前でパスを首から提げた年齢も性別も様々な人たちがガイドマップを広げて行き先を相談したり、仏像の蘊蓄を傾けたり、昼ご飯どうしようかなどと話している。観音めぐりと言う性格もあってか皆穏やかで楽しげだ。巡礼。

 

滋賀の寺は距離が近い。内陣の中までどうぞというところもあって物理的距離も近いし、心情的にも近い。小さな誰もいない本堂で仏像を眺めていると檀家の人々がわらわらとやってきて、あははははごめんなさいね、年に三度ある法要が今日なのよ、とがこんがこんとすべての扉を開け放ち、数ある厨子の扉もばたんばたんと開け放ちずぉおおおと掃除機をかけ始め、一緒にお勤めしていく?という事もある。

近江商人気質なのか至る所に○○五百円○○三百円○○千五百円と張り紙が貼られ商売っ気あけすけなところもある。

いずれにせよ、信長に焼かれた、という恨み節は必ず入るから信長LOVE県の民は注意が必要だ。

 

それは残念です。次があれば是非参加します。もう一度観音に目をやり、礼を言う。

帰り際、青山は混んでいましたか?私が提げていた白い買い物袋に目をとめ女性が言った。

それほどでもなかったですよ、イベントの方は随分並んでいたようですけれど。

 

駐車場バス一台普通自動車十台と書いてあった寺に着いたがどこにもそれらしきものが見当たらない。電話をかけて尋ねると駐車場?そんなものあったかね?十台?それくらいの気概ってことかね?川沿いにでも停めておいて、という事であった。

先月訪れた高月の資料館に妙に惹かれる仏像の写真があった。

肌は虫が食ったのか腐敗したのか焼けたのかぼろぼろに崩れ、ある者は肩から、或いは肘から先が欠損していた。破損仏だ。私は固まり写真を眺め続けた。館長が説明をしてくれるが全く頭に入ってこない。あれがここにある。

 

雨はまだ降っていた。傘を開き駅に向かう。客引きが声をかけてきた店の前を通る。

客引きはもういなかった。空いていたカウンターの端の席には笑い合う男女の後ろ姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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