愛欲リサイクル
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「『大切な人』の心を離さない本」近藤裕



著者: 近藤 裕
タイトル: 「大切な人」の心を離さない本―愛を上手に育てるために


愛 を学ぼう
 「愛すること」「愛されること」とは? 私は何故いつも恋愛で失敗してばかりなのだろう? なぜ失恋ばかりするんだろう? 
 恋愛における何故? を、読みやすく紐解く本。
 著者の近藤裕氏は、教育学博士(臨床心理)であり、サイコセラピスト(心理療法士)なのだ。恋愛についての疑問に取り組む事も数多らしく、この本を書いてからは本当にたくさん、恋愛についての質問などを手紙で、実地で受けるようになったとか(後著より)。
 恋愛をしたことのある人なら、誰もが一度は悩む事があるはず。例えば、

・付き合っている相手の事がわからなくなった
・相手の事が信じられなくなった
・相手が黙っていると、何を考えているのかわからなくて、不安になるんです。
  二人でいると退屈なんだろうか。私が嫌いになったんだろうかって。
・……ウソをつく。それも一回なら許せるが、何回も。
  ばれるとわかっていて、平気でウソをつくんです。
(冒頭より)


 などなど、他にも私自身よく聞く「私と仕事のどっちを取るの!」や、「愛されてる証拠が欲しい」そんな言葉にもズバっと斬り込んでいます。斬り込むとはいっても、優しくわかりやすく「それはよくないよ、逆効果だよ」なんていう感じ。愛の駆け引きを学ぶのではなく、もっと根本的な事を考えさせてくれる本です。

愛は技能だ
 生きることと同じで、愛することについても少なからず学ばなくてはならない…
 これまでを振り返って、何がいけなかったのかが身に染みてよくわからされるはず。それは女性でも男性でも、きっと同じだと思います。
 これまでの失敗を振り返り、何がいけなかったのかと原因を追究して次に活かす。そういった努力や勉強が、愛にも必要なのです。

愛する学習はピアノレッスンのように
 愛は育てるもの。と始まるこの一節、E・フロムというアメリカの社会心理学者の本から引用しつつ、どのように育てるのかを解説。

 ピアノは誰でも叩いて音を出すことはできる。子どもにもできる。
 子どもは、はじめは面白がってピアノを叩く。それは、まわりの者にはうるさい雑音としか聞こえない。でも子ども本人は、「ピアノを弾いている」と思っている。
 それが、レッスンを受け、正しい弾き方を学ぶうちに、少しずつ楽譜に従って曲を弾けるようになる。上達した人がピアノを弾けば、心地よいメロディとなって私たちの心を慰めたり、幻想の世界に誘ってくれたりする。
 ピアノを弾く技術を学んでいるのといないのでは、雲泥の差だ。


 "愛する能力"もこれと同じである、と謳っている。あぁ、確かにそうかもしれない。と思ったものです。勉強して、独りよがりな愛の押し付けをしても誰も喜んではくれないだろうし、なによりそんなのは"愛"とは言えないと、この柳生自身強く思います。

終わりに
 これから新しい出会いを求めて頑張る人にも、まさに今頑張っている最中の人にも、是非読んでみて欲しい。恋も愛も、壊れそうになった時や壊したくない時、ただただ諦めて流れに身を任せるだけでなく、「壊したくない」と強く思うだけでなく、実際に学んでみよう。軽く心地よいショックを受けつつ、まずは少しでも自分を変える事。
 相手にばかり変わる事を求めて、それが叶わなかったときに残念がる。「どうしてあの人は……」そう思ってないですか? 自分自身にも多少なりよくない点があると考える人はいるのでしょうか。
 少しでも「もしかしたら、私にもいけないところがあるのかも知れない」、そう思ったらすぐ読むべし!

 バレンタインはもうすぐ! これを読んで、愛を育てるノウハウを身につけて、頑張って二人で愛を育てて下さい!

「間宮兄弟」江國香織



感想
 女性にもてない男性が読めば、恋愛至上主義な社会からの逸脱を許された気分になって癒されるか、お前がもてないのはこうだからだよ、とつきつけられ責められた気分になって身につまされるかのどっちかじゃなかろうか。ただ、少なくとも、作者の間宮兄弟に対する視線は優しく、強引過ぎて痛い人な弟も、奥手すぎて話にならない兄の方も、決して嫌悪感を持っては描かれていない。だから、許された気分になるにしろ、責められた気分になるにしろ、読んで嫌な気になることはないだろう。

 癒し系の男性を求める女性が読めば、間宮兄弟を好きになれると思うけど、もし、そんな人でも、現実世界に間宮兄弟がいて、二人に会ったとしたらそれでも好きになれるんだろうか、と少し意地悪く考えてしまう。ある女性の登場人物は、弟に家に遊びに来るように誘われて「弟はダメ男だけど性格はそんなに悪くないから兄は期待できるかも」と誘いにのって遊びに行く。遊びに行ってはみたものの、その兄を一目みて、彼女は来たことを後悔する。そんな間宮兄弟。人間は外見じゃない、中身だ、とはいっても、現実問題そんなわりきれたもんでもないだろう。小説を読むだけなら、もてないのもわかるけど、彼らを男としての良さを分かる女性がもうちょっといてもよさそうなもんだと思う。彼らの人の良さを理解する女性は登場するが、それでもやっぱり男としてはみていない。

 ただ、男性に理想を求める女性が読んだら、きっといらいらしっぱなしだ。三十過ぎて、兄弟で慰めあうように暮らしている二人。よく言えば無理をしない自然体だけど、悪く言えば、ただ向上心がないだけだ。

この本の楽しみ方
 数いる登場人物の中から誰に共感したか共感しなかったかを、読後親しい人と話し合うと面白いんじゃないかと思う。好みが分かれそうな気がする。

 ちなみに僕が一番共感できたのは、直美の彼氏だった。最近のデートがラブホばかりになったからといって、遠くへ行くのが面倒なわけじゃない。会話が少なくなったからといって飽きたわけじゃない。彼女の尺度で愛情を計るように「――もっと何か話して」なんていわれたって困るよね。逆に嫌いなのは依子。もともと、間宮兄弟も彼女の事はあまり好ましくは思ってないから、そういう風に描かれてはいるけども。

総評
 特に大した事件があるわけでもなし、もてない男の日常が描かれてるだけだけど、ほのぼのした気分にはなれる。際立って変わった人物も出てこないし、大した事件も起こらないけど、そのこと自体が安心して読める理由の一つとなる。色んな事に疲れたときに読む癒し系の一冊。

「ケータイ・プチポエム」コバルト編集部



著者: 阿部 和重, 加藤 千恵, コバルト編集部
タイトル: ケータイ・プチポエム
この本を知ったきっかけ
 コンビニの夜勤をしてるので雑誌の入荷にも携わるわけですが、いつ入荷したのかも知らず、ある朝の帰りにふと単行本のラックを見たら可愛らしい文庫本が1冊だけ残ってた。文庫本自体はいくつもあったんだけど、可愛らしすぎるそのピンク色の背表紙にひかれて手にとってみた。
 背表紙には、ドット文字で「ケータイ・プチポエム」の文字。正直いかにも感は拭えなかったんだけど、ない部構成にまた一層の興味をひかれて購入に至ったという訳です。

全体の内容と構成
 どうもコバルトのサイトでポエムの募集をしていたらしく、ケータイによる手軽な投稿システムも相まってか、現代チックな構成のポエムが大部分を占めてました。その殆どが若い女の子の手によるもの。
 本の半分以上を「恋愛編」、残りを「テーマ編」として、投稿されたポエムの中から選者が選びぬいたプチポエムを掲載。あまり多くはないけれど、それゆえに一つひとつをじっくり読む気にさせてくれる。若い子が手がけたポエムとは言え、なかなかに考えさせられるものもあります。「まったく、今の子は何を考えてるのかわからない」なんて嘆くのはもう、時代遅れかもしれません。一つひとつのプチポエムにこめられた感情や、驚くほど深い表現力には正直脱帽する部分もありました。が、やっぱり部分的に「あれ?」と思わされるものもあるのは否めないことで、その辺はご愛嬌として読んであげるのもいいかもしれない。

 見開きの右側が携帯電話のディスプレイを模したイラスト、そのイラストのディスプレイ部分にプチポエムが載ってます。さながら携帯電話のメール画面を見ているような感覚で。で、見開きの左側に選者による解説。
 ここで気になったのが、一方の選者による偏った選出がちょっと多いかなぁ、と思ったこと。多いとは言っても2~3編なんだけど、読んでるがわからしたら2度「僕はこれ好きだなぁ」をくり返されただけでも充分ひっかかるんじゃなかろうか。もちろんそう言うのが気にならない人もいるかもしれないけど、もう一方の選者はまったくといっていい程偏った評価をしていない(多少主観が絡むのは仕方がないにしても)だけに、「これだったら選者の評価なんて載せずにその分もっとプチポエムを見せて欲しかった」と思っても仕方ないんじゃないかと。

 一つ取り上げるとしたら、

「番号」
私はいつまで、
電話番号を
ながめているんだろう?


 携帯電話があってこそ、現代だからこそ生まれたケータイ・プチポエム。広く携帯電話が普及した今だから、あぁ、わかるわかる! と共感できる人も多いはず。ケータイも、現代も、どちらが欠けてもできなかっただろうケータイ・プチポエム。
 ディスプレイに映るひとつの電話番号をながめて、ふと我に返る。「いつまでやってんだろ、私」と。非常に乙女チックだけど、男女共に共感できる。携帯電話を持ってる人なら、その多くがこういう思いを抱いた事があるだろう、その情景。

 乙女チックなのが少々苦手な柳生ではありますが、行き過ぎない乙女感覚にはちょっと心地好ささえ覚えてしまいます。

最後に
 お値段もお手軽価格なので、興味がわいたら読んで見てはいかがでしょう。個人的には、共感して切なくもなり、反感も覚え、表現力の深さに驚き、なかなか楽しめる一冊でした。イラストも多く、POPアート的なプチポエムによく合っていて違和感もない。頭の中で情景を描きやすくしてくれる手伝いもしてくれているし、なによりちょっと気分だけ若返ったような気になります(笑)
 選者の解説さえ読み流してしまえれば、くどくなく手軽にさらりと読める一冊かと。

「われ笑う、ゆえにわれあり」土屋賢二



著者: 土屋 賢二
タイトル: われ笑う、ゆえにわれあり

こんなに笑える本があったなんて!!

文丸の家にお邪魔していたときに、不意にテーブルに置かれたこの本をすっ、と手にとって(帯にかいてある一文を)読んでもう大変。

「私の人となりについていえば、容貌と性格と知能にはかなりの問題があるものの、しかしそれを除けば、これといってとくに欠点はないと言い切れる」

こういう知的におバカなのが大好きなもので(失礼)、それはもうハマりました!
笑いたい時にお勧めです。ただ、笑いのツボは人によって違うので必ず笑えるという保証はしませんが、それでも本屋に行ったら是非とも一度目を通していただきたいものです!
手にとってまずは目次。そこからして「えっ」と思わされたりして。

・今日からタバコをやめられる―でなくても禁煙をやめられる
・助手との対話
・愛ってなんぼのものであるか?―懐疑主義的恋愛論
・わたしのプロフィール
・人間を定義するのは不可能である
・あなたも今日から老化が楽しめる
・汝みずからを笑え
・あなたも今日からワープロが好きになる
・洗濯の概念―大きい顔をされないための概念分析
・わたしはこうして健康に打ち勝った・・・など


さすれば書店で立ち読みは不可能と思い知るでしょう!
ましてや電車の中で読もうなんて自殺行為!ハマり過ぎてもう、自宅に戻ってから歯医者に行って、麻酔が切れてきて歯茎が疼くのを笑い飛ばしたくて衝動買いしてきました。文丸のところで全て読めなかったので。でも買うだけの事はある!

棚に並んでるだけ全部買って来た訳です!!棚にあるだけ!!
5冊ですけどね。

それでも買いすぎ?いやいや。土屋先生は100冊でも買え、とおっしゃっているのでまだまだ少ないのです。
100冊買えなくてすみません。謝るだけで100冊買う努力はしませんが。

是非是非、お手にとって、書店で読むのはあまりにも無理だ!と思い知った上ですぐさまレジへ直行して下さい。
書店に入って本を手に取った瞬間レジへ直行していただくのもいいかもしれません。

「クリスマスの4人」井上夢人


 こんなオチありなのか?

 例えば、だ。お店でお品書きを見て、てんぷら定食を注文したとする。すると、ウェイトレスが料理を運んでくる。運ばれてきたお盆の上には、飯椀と汁椀があって、メインのてんぷらがあって、わきにはふた付きの湯のみ大の陶器。その湯のみ大の陶器のふたを開けると、中はたまごの薄い黄色。表面上なにも見えていないが、この中には銀杏や鶏肉が沈んでいることを想像する。美味しそうな茶碗蒸しだなと思いながら、冷めないようにその陶器のふたを元通りにしておく。メインのてんぷらを食べ終えて、さて、茶碗蒸しを食べようと思い、一口分箸でつまんで口に運ぶ。そこで初めて間違いに気づく。確かにたまごの黄色だ。でも、これは、この味は……。

 これはプリンだ。

 そういう感じ。
 確かにどこにも、茶碗蒸しだと書いてないから、勝手に勘違いをした僕が悪い。だけど、てんぷら定食についてたら、普通はプリンだとは思わない。

 例えがわかりにくいか。

 僕はこの作品をミステリだと思って読んだ。

 1970年。その年二十歳になったばかりの四人が夜のドライブを楽しんでいる。そこに一人の男が突然飛び出してくる。その時ハンドルを握っていた人間は、よりにもよって無免許。その上、マリファナまでやっている。よけきれるはずも無かった。そして、車全体を衝撃が包む。四人は車から降りて、轢いてしまったであろう男を確認する。すでに死んでいた。警察を呼ぶべきか、呼ばないべきか。四人は悩む。無免許な上にマリファナまでやっている。もし警察に捕まれば、その刑罰は重いものとなるだろう。そして出た結論は、呼ばずに逃げよう、ということだった。それから、10年後。その死んだはずの男が、四人の前に姿を現す。それだけではなくさらに、その10年後には……。またさらにその10年後に……。そして、そこから更に10年後の2000年。衝撃の結末が訪れる。

 なぜ、死んだはずの男が? 一体どういうことだ。どんな結末がまっているんだ、と思いながら読んだわけで……。ミステリだとはどこにも書いてないわけだから、どんなオチでもいいわけだけど……。
 ミステリじゃなければ、何なんだということになるけど、それを書くとネタバレになるので、書かない方向で。

 でも、オチはともかくとして、文章は好き。特に、1970年に二十歳だった四人が、10年ごとに、その四人の関係性や生活を変えていっている様子の描写はうまい。それと共に変化する時代背景も描かれており、そういった部分でも充分楽しめた。

 岡嶋二人が解散する前の作品はかなり読んだけど、解散して井上夢人だけになってからの作品は初めて読んだ。岡嶋二人のイメージをもったまま読んだから、こんなオチありか、と思ったけど、今回でこういうオチもありな作家だとわかったし、次からは井上夢人をもっと楽しめそうに思う。