私の気ままな一人旅は5年前のちょうど7月7日に始まった 。
アパルトマンの窓からは豆粒のようなサクレクールが見え、いつまでも日の暮れない夜のParisは美しかった。彦星と織姫も瞬く銀河で再会を果たしているのだろうかなどと想像している間に眠りに落ちていった。

ほっと一息ついた数日後であったろうか、ぶらぶらと街を歩いていると素敵な洋書が目に入ったので本屋さんを覗いてみることにした。

「へぇ~面白そうな本がいっぱいあるな」とくるくる店内を散策していると、ふいにおじさんが私の前に現れた。ずんぐりしたいかにも外国のおじさんといった風体でフランス語と片言の英語を交えながら話し掛けてきた。




「こんにちは君はベトナム人かい?」

「え?日本人?そうかい 違いがよくわからないなぁ ふ~ん」

「ところで。僕には日本人のアーティストの友人が居て名前は ノグチイサオっていうんだよ。」

「今夜一緒に食事でもどう?」




突然の誘いに私は面食らった。
もう色恋沙汰なんてとっくに卒業している年齢だろうと思ったからだ。
そして聞き逃せなかったのはノグチイサオである。

きっとおじさんは有名人の「ノグチ イサム」と言いたかったに違いない。
いくらParisでもそんな話は簡単に信用出来ないし、有名人の友達を持つ程のオーラは残念ながらおじさんにはなかった。
アジア人を見つけては手当たり次第に声を掛けているのであろう。
これ以上の会話は無用だと見切った私は

「イイエ、ワタシハイソガシイノデ・・」

とお断りした。日本人男性だったら大抵の場合この時点で諦めてくれるがそこはフランス人、全くめげる様子もなく攻撃を続けてきた。ちょっと焦った私は他に言葉も知らないので

「トテモトテモ イソガシイ サヨウナラ」と早口でおじさんに別れを告げた。
さすがアムールの国、油断がならないのはスリだけじゃありませんね。