今日の朝、僕ら家族の飼い犬が亡くなくった。
年齢は、はっきりとは分からないが、おそらく11歳くらいであったと思う。

僕が小学校高学年の頃に「あいつ」は我が家にやってきた。

これまでは、家の外で飼っていたが、最近は寒さや病気の関係上
家の中で飼ってた。
老化で犬用のおしめをしていた。
僕を見てもウゥーと吠えられて正直怖いなともおもっていた。

そんな「あいつ」が今日の朝、息をひきとった。

僕が中学校野球でひどく疲れていても
犬小屋から出てきて、遊んだものだ。


僕に初めて彼女が出来て彼女が家に来た時も
彼女にウゥーとうなっていた。

今までに出来た彼女を全部見たことがあるのは
「あいつ」であろう。
家族でも見たことがない僕の彼女も「あいつ」は知っている。

就職活動でなかなか内定を得ることができない時でも
「あいつ」は無言で僕を見ていた。
「もっと頑張れ」といっているのか
「お疲れ様」といっているのか、
僕には見当もつかないが、いるだけで安心させられていた
僕自身がいることは確かであった。
そんなことを考えていると、僕自身を良く知ってくれている仲間を失ってしまったような感じである。

なぜ散歩にいくことを面倒くさがり、散歩に行かなかったのか
もっとおいしいモノを食べさえてやればよかったとか
車でもっといろいろな所に連れて行けばよかったとか

後悔ばかりが残っている。
「後悔しない人間はいない」という誰かの言葉を思い出した。

「あいつ」は生きていて、楽しいと思っていたのだろうか

「あいつ」は生きていて、幸せと思っっていたのだろうか

「あいつ」は死ぬ時に、生まれてきてよかったと思っていたのだろうか

僕は、この質問を「あいつ」にぶつけることが怖い。
なぜなら『何もできなかった』ではなく

『何もしなかった』ことを僕自身が分かっているから

今できる最大限のことを「あいつ」にしてはいない。

僕の今までの人生はそこそこ頑張っていたつもりだった。
でも一生懸命になって成し遂げたことは全くない。

それに僕は誰かを
生まれてきて良かった、幸せだった、と思わせることができているのだろうか

今自分が大切だと思っている人であっても
僕は何度も傷つけてしまっているし
大好きだった人も傷つけている。

僕は周りの人を幸せにしてあげられているのだろうか
反対に不幸にしているのではないだろうか

これもまた訊くのが怖い
これまでの僕自身の生き方すべてを見直すきっかけにしようと思う。

僕は父と母だけでは生まれてはこなかった。
本当に多くの人がいて『幸せになってほしい』という願いを託されて生まれてきた。


自分だけが幸せという状態はこの世に存在しない。
周りにいる人が幸せでなくては、自分も幸せにはなれないと思う。
きれいごとを言っていることは分かっている。

でも僕は、たくさんの人の幸せを願い、創り
そして自分自信も幸せになりたい。

僕はそんな人生を送りたい。

『人間は絶対後悔する。』といった人の言葉には続きがある。

『だからどんなことも本気で全力でやるしかない。
でなくては、もっと後悔してしまうからである』
















ここ2,3日の朝方6時くらいは、結構涼しいですね。
日中は、まだまだ暑いですが、頑張って乗り越えていきましょう。

アルバイトをしている時に、スタッフから
『優しいから、○○さんはそのうちモテるようになるよ』と若干上から目線で言われてしまいました。
たしかに理解はできるのですが、果たして、そうなのでしょうか。

僕自身、ひねくれている部分があると感じていますが
僕は、『モテたいから、優しくしているんじゃない。』と思っています。

優しく接している相手に、モテたいという欲求をもっているとは言えず
単にきつく言えないからなのかもしれない。
冷たく接する人も、中にはいます。
しかし案外愛情がこもっていたりする場合もあります。

人間の気持ちは、なかなかそう単純ではないのだと思います。
単純ではないから、お互いに気持ちが通じ合うなんてことは、
容易ではなないのだと思います。

お互いの気持ちを理解しあえている、と思っていても
実は、勘違いだった、ということも多いと思います。

公共広告機構でもこのようなタイトルを見ましたが
『思いは誰にも見えないけれど、思いやりは誰にでも見える。』

今日から私も少しずつ思いを形に、相手にも分かる形で伝えていきます。
VOGUEというファッション業界に強い影響力を持つ
雑誌があることは、みなさんも知っていると思います。

以前、テレビで特集が組まれていたこともありました。

そのドキュメンタリー番組のワンシーンに

『私は素晴らしいと思うものを編集長の一存で切り捨てられるのは辛い。
次の仕事に移ることができない。

でも私は、編集長の好きなモノをわざわざ作ったりしない。
私は、私が最高と思えるモノを創り
それが編集長に認められた時が最高に楽しい瞬間である。』

このドキュメントを見ていて

誰にでもできる仕事をしていては、生き残れない、
私にしかできない、という私自身の価値を生み出すことが
必要なのだと感じました。

僕は、どんな仕事ができるのか、不安ですが、楽しみでもあります。