先日書いたバイキングの話ですが、その後いろいろ調べてみたら北極海航路と言うのが今注目されてるそうです。温暖化の影響で北極海が夏の間だけは航行可能になったので、例えばアムステルダムから東京港に来るのにスエズ経由で来るより40日ほど短縮されるそうです。
問題は航行可能といっても砕氷船の先導がないと危ないと言う点と、そのチャーター費用がバカにならないのでまだまだ経済的に有利な話ではないと言う点です。しかしロシアの沿岸を通る北東航路に対し、カナダの上を通る北西航路の方はもう少し実現性があるとか。
そこでですよ、バイキングの時代には砕氷船などないわけですから、ベーリング海峡経由で日本に来るのは無理じゃないかと思うでしょ?ところが「中世の温暖期」と言うのがあって10世紀から14世紀にかけてヨーロッパは温暖だったそうなんです。バイキングが活躍したのは8世紀から13世紀ごろと言われてますから、ここにピッタリはまるわけです。
実際この頃はグリーンランドが氷に覆われてなくて文字通り緑の土地で、バイキングが入植してました。ということはこのグリーンランドの入植地から更に西に、つまり現在の北西航路を通ってベーリング海峡に出たとは考えられないでしょうか?前回とは航路が逆になりますが、こちらの方が可能性が高いかもしれません。
こういう極地の距離感をつかむには、地図ではなくて地球儀の方がいいです。良く使われているメルカトル図法の地図は、赤道から離れるほど距離や面積が拡大されます。この地図で見るとどちらの航路もすごく長く見えますが、実際地球儀で見ると意外と短いんですよ。距離的なことだけを言えばスカンジナビア半島からジブラルタル海峡を経由して地中海に入り、更に黒海沿岸まで達していたことを考えれば、バイキングのアジア進出もありえない話ではないのではないでしょうか?
問題は航行可能といっても砕氷船の先導がないと危ないと言う点と、そのチャーター費用がバカにならないのでまだまだ経済的に有利な話ではないと言う点です。しかしロシアの沿岸を通る北東航路に対し、カナダの上を通る北西航路の方はもう少し実現性があるとか。
そこでですよ、バイキングの時代には砕氷船などないわけですから、ベーリング海峡経由で日本に来るのは無理じゃないかと思うでしょ?ところが「中世の温暖期」と言うのがあって10世紀から14世紀にかけてヨーロッパは温暖だったそうなんです。バイキングが活躍したのは8世紀から13世紀ごろと言われてますから、ここにピッタリはまるわけです。
実際この頃はグリーンランドが氷に覆われてなくて文字通り緑の土地で、バイキングが入植してました。ということはこのグリーンランドの入植地から更に西に、つまり現在の北西航路を通ってベーリング海峡に出たとは考えられないでしょうか?前回とは航路が逆になりますが、こちらの方が可能性が高いかもしれません。
こういう極地の距離感をつかむには、地図ではなくて地球儀の方がいいです。良く使われているメルカトル図法の地図は、赤道から離れるほど距離や面積が拡大されます。この地図で見るとどちらの航路もすごく長く見えますが、実際地球儀で見ると意外と短いんですよ。距離的なことだけを言えばスカンジナビア半島からジブラルタル海峡を経由して地中海に入り、更に黒海沿岸まで達していたことを考えれば、バイキングのアジア進出もありえない話ではないのではないでしょうか?