
●宗教において高貴な神仏の姿で現れ、神仏が説くであろうと人間が考える、もっともらしい善や真理を説き、奇跡を演出する存在の正体とは?
なわふみひと氏は自身のHPにおいて浜田政彦氏の『人類を操る異次元の暗黒宇宙人』『異次元に広がる超文明世界の謎』の2著について次のように述べている。
(転載開始)
「 神様を装って人類を操ろうとしている存在」
‥‥「神様」の概念の整理をしておく必要があります。私が「宇宙絶対神」「スーパーパワー」などと表現している神様とは、たとえば私たち人間をはじめとする生き物を生かしてくれている存在です。
科学の発達とともに明らかになってきた人間をはじめとする生き物の体の構造や機能をみましても、その絶妙な仕組みには驚かされますが、そのような働きを司る法則のことを、人間的に表現すれば「神様の働き」と見ることができます。
またこの地球上の自然界の営みを概観しましても、文字通り“神業”としか思えないほどの調和した世界が広がっています。それは私たちの肉眼では見ることのできないミクロの世界においても同様です。このような宇宙の森羅万象を作り出し、動かしている存在のことを、私は「宇宙絶対神」と呼び、神社や教会などで崇められている宗教的な神様と区別しています。すなわち、「人が切に願えばその願いを聞き届けてくださる」といった人間中心の神様とは区別しているのです
一方、異次元には私たち人類に対してさまざまな働きかけをする“神的”な存在がいることも確かです。それを“神様”と思って崇拝してきたのが人類の歴史といえるかもしれません。
たとえば、旧約聖書に出てくる「ゴッド」は、私の言う「宇宙絶対神」とは似ても似つかぬ“人間的な”神様です。神様自ら「私は妬む神である」などと宣言していること1つとってみましても、宇宙の運行を司る荘厳な神様というよりも、単に異次元の一部で勢力を張っている存在だとしか思えません。そのような“神様”を、古代の人々は「人類を救済してくれるありがたい存在」として崇めてきたわけです。旧約聖書を教本としている宗教団体は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの信者を合計すると、いま世界中で何十億人にも達しているのです。
ということで、前回ご紹介しました二冊の本の内容を引用しながら、これから「“神様”を装って人類を操ろうとしている存在とは何か。またそれはどんな目的を持っているのか」ということについて考えてみたいと思います。そのことを明らかにしておかないと、神様なる存在に過剰な期待をすることにもなり、私たち自身の終末の生き方を誤らせる可能性があるからです。
(転載終了)
アメリカの作家、ジャーナリスト、未確認飛行物体および超常現象の研究家であるジョン・A・キールは、現代における多くのUFO遭遇(ヒューマノイドとの遭遇・接触を含む)に関するレポートが、古代の民間伝承や宗教における天使や神との遭遇譚と酷似していることを指摘したうえで、UFOは飛行機械ではなく、心霊現象の一種であると主張した。UFO現象は、メディアにとって1つのビジネス産業であると考えた場合、異星人の乗り物である方が、断然都合がよいのである。大衆は小難しい異次元理論よりは、勧善懲悪もののSFストーリーを好むからだ。
キールは1960年代からの数10年間の調査で、実に数千件のUFO事件を調べているが、UFOの正体は何処かの星の異星人である、というよりは、むしろ心霊現象に遥かに近い現象であることを発見している。最終的にキールは、ある恐るべき結論に達してしまった。
それは、UFO現象とは、異次元に棲む知的な存在が、UFO現象を通して人々の前に現れて、人類に対して大規模なペテン工作を展開しているというものであった。しかも人類は、はるか太古の時代から現代に至るまで「連中」の繰り広げる、“奇跡ショウ”や大芝居に騙され続けてきた。
「連中」は、その時代の人類の文化形態に合わせた外観で現れる。古代の時代には、天空や地底の奥深くから現れる神々や悪魔として恐れられ、現代では宇宙から飛来した自称「高度な宇宙人」として登場するのだ。
異次元に起源を持つUFO現象は、人類の思考や習慣を模倣して現実化して現れる。“彼ら”は太古の時代より、神々として人類の前に現れて、人類史を操作し続けているが、古代では神々として、現代では高度な宇宙文明の異星人(エイリアン)として現れる。だが、“彼ら”はいったい人類をどこに導こうとしているのであろうか?
UFO現象は、異次元世界の住人が、われわれ地球人類を騙すために繰り広げている、壮大な宇宙ショーであると、前著『異次元に広がる超文明世界の謎』 では指摘した。彼らは何らかの目的のために、太古の時代から人類史に介入し続けており、人類を意図的にある方向へと誘導しようとしているのだ。異次元に棲む非物質存在である“彼ら”は、我々の物質世界に侵入して物質化する。
その現れ方は時代によって様々だ。太古の時代には「空飛ぶ船に乗った神々」や、地下世界から現れる不気味な暗黒神として現れると、当時の人類精神に衝撃を与えた。
“彼ら”を神々と思い込んだ当時の人々は、“彼ら”を崇拝する宗教を造り上げ、授けられた知恵によって文明を築いたのである。では現代ではどうだろう?
もし古代宗教が、“彼ら”の介入によって生まれたものであるとすると、この神々に見られる不完全さは、「連中」に対する不信感と重なるものである。そして、こうした神話的な起源を基に誕生した世界宗教が、人類史を動かしてきたとすると、その行き先は一体‥‥想像するだに恐ろしい。
『人類を操る異次元の暗黒宇宙人』より抜粋
●ファティマの奇跡で出現した少し性格の悪い“マリア様”の正体とは?
事件は1917年5月13日、快晴の昼日中に起こった。舞台はポルトガルの小さな村ファティマ。羊飼いの3人の娘の目を突如、太陽よりも強烈な光が貫いた。光は呆然とする3人をスッポリと呑み込んでしまい、光り輝く世界の中で、3人の目の前に美しい女が現れた、高貴さを漂わせた女の背後には、いわゆる後光が射しており、金糸で刺繍されたドレスは、えもいわれぬ美しさだった。だがもっとも印象的だったのは、女の眼で、それは今までに見たこともないような、不思議な眼差しだった。
謎の女は3人に向かって、自分は「天国から来た」と語り、「毎月13日に現れるから自分の仕事を手伝うように」と命令した。この命令に3人が頷くと、女は満足した様子で光の彼方に消えて行った。(中略)7月13日のコンタクト日には、なんと5,000人もの大群衆が集まってしまったのである。この謎の女は、3人に向かって「共産主義」を悪魔の思想と語ってこき下ろした。
さらに1ケ月後の8月13日、この時は騒ぎになることを恐れた当局によって3人は拘束されてコンタクト会場に向かえなかったが、現地には実に1万8千人の群衆が押し寄せせていた。約束の時問、女は姿を現さなかったが、雷鳴が轟いて“奇妙な形の雲”が現れた。
9月13日、なんと3万人の大群衆が集まった。そして正午かっきりに、突然太陽が日食のように変化すると、どこからともなく正体不明の光が射し込んで、暗くなった会場一帯を照らし出したのである。やがて東の空に光る球形の飛行物体が現れて、西の方向に飛び去って行ったが、この時空からは、白っぽい綿のような奇妙な物質が雪のように降り注いだ。群衆は気付かなかったが、異変が起きている最中、3人は現れた女と話し込んでいたのであった。だが女は、前回、警察に拘束された3人が、会場に来なかったことをチクチクと責めたという。本当に神なのだろうか.....。
10月13日、ボルテイジは最高潮に達した。10万人の観客が見守る中、またしても正午かっきりに雷が鳴り響いた。そしてどこからともなく現れた雲が3人を包み込んだのである。雲の中の3人の前には、例の女が現れて、いつものように宗教的な説教を始めた。話し終えた女は雲と共に去って行ったが、そのとたん、太陽が車輪のようにグルグル回り出し、四方八方に光を放射し始めた。やがて動き出した太陽は、火花を散らしながら猛スビードでジグザグに動き出したのである。この奇跡ショウに感極まった観客達は「おお神よ!!」と涙して、地にひれ伏したのである。
この女の教えは有名な『ファティマの第3の予言』として残ることになった。その予言とは、第一次世界大戦の終結と第二次世界大戦の勃発に関するもので、いずれも細部に至ることまでピタリと的中していた。
筆者はUFO現象の面から、ファティマで起きた奇跡を考察してみたが、どう考えても現れた謎の女は、“神を装った存在”の化身(女神ヴァージョン)としか思えない。
以上『人類を操る異次元の暗黒宇宙人』より抜粋
この出来事の後、世界の人口の約50%が感染し、死亡者は2,000万人以上に上ったスペイン風邪が発生し、各国の兵士が戦えなくなり、第一次世界大戦終結が早まったと言われている。結果として予言が的中した訳だが、この奇跡を演出した“神を装った存在”がスペイン風邪を引き起こした張本人である疑いが濃厚ではなかろうか。
UFOの起源の探求家であるウィリアム・ブラムリーの著書「エデンの神々」によると、中世のペストの流行はネズミや当時の不衛生な社会環境が直接の原因ではないらしい。ブラムリーはペストに関する当時の記録の中に、正体不明の“全身黒ずくめの男”が街に現れ、噴霧器のような器具で謎の霧を噴霧した直後に、街で腺ペストが大発生していたという、衝撃的な記録を見つけ出したのだ。
当時の記録によると、中世のぺストの流行には彗星 ( 空中の光り物 ) の出現と、いわゆる黒い“死神”装束の謎のよそ者の村や町への“突然の侵入”が関係しており、直前には必ず黒い“死の霧”が発生しているのだという。
現代的な視点でこれを見れば、当時の記録にある“彗星”はその記述内容からみて現在知られている天体の“彗星”を指すものではなく、恐らくUFOを指していると思われる。
また“死神”というのは、ペストの発生直前に実際に現れた“謎の全身黒ずくめの見知らぬよそ者”で、手に鎌状のモノを持っていたらしく、その人物が「悪臭のある“黒い死の霧”」を発生させると、人々がバタバタとペストにかかって倒れ、村が全滅した…ということらしい。だが、これは所謂“MIB”の中世版で、その正体はUFO搭乗者ではないのか? 恐らくは何らかの理由で、彼等が中世ヨーロッパの住民を相当大量に“間引き”する必要があった…という事なのだろう。
前出の『人類を操る異次元の暗黒宇宙人』には“彼ら”が神を装って出現し啓示を与えたり、奇跡を演出した事例がいくつか紹介されているがその1つを紹介すると
「モルモン教の発祥にも“彼ら”が関与」
1820年、ある早春の朝のことである。アメリカ・ニューヨーク州パルマイラの若者、ジョセフ・スミス(1805-1844)は、聖書の一節に霊感を受けて、人気のない森に独り人って行った。すると突然、「イエス・キリスト」と「天上の父」を語る2人の男が目の前に現れて、スミスに霊的な啓示を語りかけた。
さらに男たちは、スミスを「聖霊」と見なして仲間に加えると、“3人”でキリスト教の秘儀である三位一体を表現したのである。日頃から神秘思想に熱中し、白日夢を見るように神の世界を観想していたスミスは、たちまち現れた男たちをイエスと父(神)と確信Lて、信じ崇めたのであった。(中略)
3年後の夜、今度はスミスの寝室にモロナイと包乗る“光を放つ男”が現れた。モロナイは知られざる超古代のアメリカの歴史について話を始め‥‥‥言われるままにある場所を掘り起こしたところ、地中から未知の金属板が現れた、板には.小思議な文字が書かれてあり、解読によって神の教えであることが判明した。そしてこの教えは本となり、今日のモルモン教の聖典となったのである.
当時スミスは、月には人間が住んでいると主張していたが、「謎の男たち」、宇宙版モーゼの十戒を思わせる板、寝室体験、未知の文字など、UFO現象にはお馴染みの内容であふれており、“彼ら”がいかにして人類の宗教形成に関与したかを知る上で、貴重な事例だ。
生長の家でも病気が治るといった奇跡が起きているが、宇宙学の『神霊星界通信記録」には邪神邪霊が住吉大神なる神を装って出現したり、ある人に取り憑いて病気にさせ、その人が生長の家に接したら離れ、その結果病気が治るという奇跡を演出した、と告白する場面が数多く記載されている。
本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合・作成 生長の家『今昔物語』より
─── 雅宣氏はコロンビア大学院の留学中に「後催眠暗示」の施術を受けると共に、高度なオカルト的降霊術によって暗黒霊界層の巨大悪霊魂を憑依させられたものと考えられます。帰国後、雅宣氏はその憑依している悪霊と二人三脚の歩みをして「生長の家教団」を衰退から消滅へと導いているのであります。
あの過てる、自己の思いを曲げぬ押し強さは、一人の人間の力ではなく、別の大きな力の存在が無くては出来るものではありません。この“悪霊の憑依”に関して現教団の一部で明らかに間違った話が広まっているようなので現教団のその話を信じている信徒さんにご注意申しあげておきます。
<<雅宣総裁の講習会で、ある女性信徒の人が雅宣総裁の“環境についての講話”を「また環境か、いやだなぁ」と思いながらふと雅宣総裁の顔を見た時に、雅宣総裁の顔が、本部会館の御神像に替わったのだそうです。
その人は「雅宣総裁は生長の家大神と直結されていた。地球環境回復運動も神様がなさっていたのだ。このことに気がつかなかった私は、間違っていました。どうか赦して下さい。」と壇上の雅宣総裁に懺悔し中心帰一を誓った、のだそうです。
この信徒さんの体験は嘘のない事実でしょう。しかし、間違いの部分は「生長の家大神さま」が顕われて来られたのではなくして、雅宣総裁に憑依している巨大悪霊が「生長の家の大神」に変貌して現れたと解釈すべきであります。この様なことは、『生命の實相』をしっかり読んでいれば当然わかることであります。何故に、「生長の家」の崩壊を目指している雅宣総裁のような低級な左翼唯物霊魂に超高級神霊界の「生長の家の大神様」が訪れられて来るなんて、常識の世界で少し考えてもおかしいと思わなければなりません。───
*************
第1次大本事件(当局による弾圧)の警察記録には、信者の身体が勝手に動き出し、道場の中を転げまわってしまうという現象等「鎮魂帰神」による精神障害や精神異常に陥る人が続出した事例が多く記録されている。
邪神に祈りを捧げると、身体が勝手に動き出してしまったりするそうだ。その代表的な例が「こっくりさん」。狐という低級霊にお願いする為、手が勝手に動き出す。運が悪いと取り付かれ、精神を病んでしまう事もある。
生長の家の掲示板より
745 :名無しさん@3周年:2006/05/26(金) 22:47:37 ID:ESM121bG
「神想観はマジでやらない方がいい。手が勝手に動き出したり痺れたりする。特に夜やるとこうなる。」
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「われらの務めは成功にあらず、失敗にたゆまずしてさらに進むことなり」
─スチーブンスン
「人生は学校である そこでは幸福よりも不幸の方がよい教師である」
(フリーチェ ロシアの文学史家 芸術学者)
「苦しみの中から、もっとも強い魂が生まれる。もっとも偉大な人格は、深い傷跡を持っている。」
ハリール・ジブラーン(世界的詩人)
・「希望より不安を大切にする」
・「失敗するしか成功する方法はない」
・「成長より会社がつぶれないことが大切」
・「ほめるより𠮟るやさしさが大切」
ダイソー創業者 矢野博丈
100年以上前からの欧米の著名な学者による心霊研究(スピリチュアリズム)は生長の家の教えが誤りであることを明白に示している。谷口雅春は自説に都合の悪い研究結果は全て排除して紹介しているのだ。
スピリチュアリズムに本格的に触れてみると「生長の家」がそれらの思想をかなり偏って紹介していることが分かり驚いた。「生長の家」は有名でない霊界通信しか紹介しておらず、それも宇宙観・人間観といった最も重要な部分をほとんど紹介していないのだ。意図的であることは確かだった。これで「生長の家」の教義に対する疑義が決定的になった。
超心理学の基本的方法論は,19世紀のスピリチュアリズムの中で培われた。心霊主義は,人間は死後にもその魂が引き続き存在し(これ自体は古くからの伝統的考えである),ときには生者がその魂と交信できるとする考え方である。交信の可能性を初めて主張したのは,18世紀のスウェーデンの科学者・予言者,スウェデンボルグである。彼は,歴史上の人物の魂と交わったとして,教義を広めた。
19世紀には,誰でもが交霊会を通して魂と交信できるという考え方が一般的となった。交霊会では,通常「霊媒」と呼ばれる「特異能力者」が鍵となり,死者の魂からの交信を受けたり,テーブル浮遊や物資化現象を起こしたりしたという。交霊会において,かなり大掛かりで奇妙なPK現象が報告されたために,多くの科学者を巻き込んだ心霊研究へと展開していくのである。
1882年には,最初の学術団体である心霊研究協会(SPR)がロンドンに設立された。会長はオックスフォード大学の倫理学教授,シジウィックであったが,評議員には,著名な科学者が多数,名を連ねた。テレビ表示装置の原理を発見した物理学者のクルックス,ダーウィンと平行して進化論を唱えた博物学者のウォーレス,ノーベル物理学賞を受賞したアルゴンガスの発見者レイリー卿,同じくノーベル物理学賞を受賞した電子の発見者トムソンらである。
続いて,ニューヨークに米国心霊研究協会(ASPR),パリに国際心霊研究会が設立された。フランスではノーベル生理学賞を受賞したシャルル・リシェら、アメリカでは,ウィリアム・ジェームズやマクドゥーガルなどの著名な心理学者が研究を推進した。(ウィリアム・ジェームズは哲学者としても有名であるが「アメリカ心理学の父」とも評される。マクドゥーガルは「現代心理学史上の巨星」と評されている。)
【歴代の心霊研究協会会長】
1882-1884 ヘンリー・シジウィック、哲学者
1892-1894 A・J・バルフォア、イギリスの首相、バルフォア宣言で有名
1894-1895 ウィリアム・ジェイムズ、心理学者、哲学者
1896-1897 ウィリアム・クルックス卿、物理学者、化学者
1901-1903 オリバー・ロッジ卿、物理学者
1904 W・F・バレット、物理学者
1905 シャルル・リシェ、ノーベル医学生理学賞受賞
1906-1907 ジェラルド・バルフォア、政治家
1908-1909 エレノア・シジウィック、超心理学者
1913 アンリ・ベルクソン、哲学者、ノーベル文学賞受賞
1915-1916 ギルバート・マリー、古典文学者
1919 レイリー公、ノーベル物理学賞受賞
1923 カミーユ・フラマリオン、天文学者
1926-1927 ドリーシュ、ドイツの生物学者、哲学者
1935-1936 C・D・ブロード、哲学者
1939-1941 H・H・プライス、哲学者
1965-1969 アリスター・ハーディ卿、動物学者
1980 J・B・ライン、超心理学者
1999-2004 バーナード・カー、ロンドン大学の数学、天文学の教授
「人間が神の子」というのは真理ではあるが.....
スピリチュアリズムでは人間は霊的存在であるとするが、万人がそのことを自覚して生活しているわけではない。そのために魂が目覚めて(霊的覚醒)、人間は霊的存在であるという事実を自覚するためには、人生における苦難や試練は欠かせない。この苦難や試練を学ぶ最適な場所として地上世界があるが、一般にこの世界を学校やトレーニングセンターに喩えて表現している。そしてこの世界であらゆる体験(直接体験・間接体験)を通して学び、教訓を身に付けていくことになる。
地上世界での学びには苦しみや試練などの困難が伴っており、この困難という試練が与えられることにより自らの人間性(霊性)が磨かれていくことになる。人生における試練には、人によって人間関係に基づく悲哀であったり、病気であったリ、事業や生活上の危機であったりと異なっているが、これらはいわばオーダーメイドの研磨剤であると云える。この研磨剤によって己の人間性(霊性)を磨くことになるが、人によってその磨き粉の粒子のきめが粗かったり細かかったりする。磨き粉の粒子のきめが粗い場合は苦難や痛みが大きく辛いことになる。
全ての人間には神の火花である神性が均一に付与されており、この神性が霊体や肉体等の媒体を通して、不完全ながら物質世界の中で顕現(この度合いは人によって異なる)されている。しかし、同時に生身の身体を持つが故に動物時代の残存物である本能をも合わせて有している。この生身の身体には生存本能たる生命維持の欲求や、種族本能たる性欲、人としての社会性を有するがゆえに持つ名誉欲や権勢欲、物欲などが、肉体として生存していくために生まれつき付与されている。
肉体として生存していくことが前提となるために、これらの本能は利己的・エゴ的に作用している。このような性格の異なる2つの働きである神性=霊(利他)と本能=肉体(利己)の綱引きの中で、私たちの意識が毎日揺れ動いている。この状態はいわば神性の顕現(利他的な神性の発現)を強めるために肉体という重い衣装を身にまとい、より高い負荷(悩みや苦しみ、困難など)をかけて霊性を磨いているともいえる。
このようにして地上世界における苦難や試練などを味わってこそ、人生の意義を深く理解することができて、霊的な目を開くきっかけともなる。一般的に苦難の渦中にいる者にとっては、この世的な視点から悪戦苦闘している場合が多いので苦難の本質を正確に理解することは難しい。しかし苦しみや試練などの体験を積むことによって人間的成長(霊的成長)がはかられたり、年齢を重ねて客観的に人生を振り変えることができれば、いわば山の頂からすそ野を見渡した場合と同じように苦しみの全体像がよく理解できる。
苦難と同一目線の平面上で見るのではなく、視点を変えて客観視することによって始めて「苦労に感謝する」という言葉が口から出てくることになる。ここから地上世界は様々な体験によって霊性を強化して、次の生活に向けて準備を整える場所であるため、魂のトレーニングセンターであり学校であるということになる。
霊界通信で最も有名なものは「シルバーバーチ」である。これももちろん霊界の様子については説いているが、メインはやはり宇宙観・人間観である。それと現世利益全開の「生長の家」の卑俗な教義とを比べて頂きたい。
“人間は神と同等の能力は持っていない”──あくまでも「人間」という生命体である。
◆人間とは神の種子を宿した分身です。小にしては人間は神であり、また魂の進歩に応じて開かれる神の通路です。従って、宇宙に内在する一切の力を使うことのできる生きもの、と言うことができます。
人間は創造主ではないのです。しかし、これに何かを加え、その形を変え、建設し、これを動かし、これを改善し、美化し、結び付ける等、その住む世界をより良くし、さらにはこの世を包む大宇宙をより良くすることができます。神は人類に、手段と材料の全てを与え給いました。だから人間がこれを使えば世界を変えることすらできます。
しかし、それを以って世界を創造すること、これは不可能です。人間とはそういう存在なのです。
◆そこには、これでお終いという最後の界層は存在しません。これ以上はないという完全の域は存在しません。あなた方も、そしてこの私も、刻一刻と進化向上しております。そして私より高い界層まで進化している霊から聞いた所によれば、その霊たちの背後にはさらに高級な霊の世界が控えているとのことです。とにかく終着点というものは存在しないのです。もし存在するとしたら、創造進化という宇宙の大原則が崩れてしまいます。
一方に「完全なるもの」があり、他方に「不完全なるもの」があります。しかし、不完全なるものもその内部に完全性の種子を宿しております。なぜなら完全性は不完全性から生じるものだからです。完全性は完全性から生まれるのではなくて不完全性から生まれるのです。
種子が暗い土中に埋められるのは、養分を摂取して発芽後の生長に備えるためです。それと同じく、人間的生命の種子が物質界という暗黒の世界に生まれてくるのは、霊界へ戻ってからの進化に備えて地上的体験を積むためです。地上的体験は、いかなる種類のものであっても、大きな宇宙機構の中で得られる要素の一つであることに違いはありません。
悲しみ・落胆・挫折……こうしたものは人間的心情からすればあって欲しくないものかも知れませんが、魂の進化にとっては掛け替えのない貴重な体験なのです。勿論その一つ一つの体験の最中にあってはそうは思えないでしょう。人生体験の価値を明確に認識できるのは、こちらへ来てその全体像を見つめることが出来るようになった時です。逆境の中にあった時こそ性格が試され、悲哀の中にあった時こそ魂が強化されていたことを知るものです。
◆調和を基本的摂理とするこの大宇宙にあっては、あなた方一人一人が大霊の計画に貢献しているのです。地上生活での出来事は、時には辛さと絶望、痛みと悲惨さに満ちていることもあるでしょうが、その全てが、永遠の旅路に向かうための試練なのです。
暗黒と光、陰と日向といった、まったく対照的なものも、実は一個の統一体の側面の反射に過ぎません。陰なくしては日向も有り得ず、光なくしては暗黒も有り得ません。それと同じ理屈で、困難は魂が向上するための階段です。困難・障害・ハンディキャップ――こうしたものは魂の試練なのです。それを克服した時、魂はより強くなり、より純粋になり、より充実し、かくして進化が得られるのです。
◆無限の可能性を秘めた魂の潜在的資質が、困難も苦痛もなく、陰も悲しみの体験もなしに発現すると思われますか。発現するはずがありません。悲哀の極みをなめ尽くして初めて、魂の奥底からの喜びが味わえるのです。生命の階段を低く下りるほど、それだけ高く上がれるのです。地上人生の陰と思える体験を多く味わうほど、それだけ日向の喜びがひとしお身にしみるのです。
◆人間が体験する苦難の中で、正しく理解し正々堂々と立ち向かって何の益ももたらさないものは一つもありません。一体、困難も試練もない物的世界というものが想像できるでしょうか。そういう世界では何の進化もありません。克服すべきものが何もありません。あるのは堕落のみです。
◆全てのことが霊性進化の肥やしになるのです。そのうち皆さんも肉体の束縛から解放されて曇りのない目で地上人生を振り返る時がまいります。その時、紆余曲折した一見取り留めもない出来事の絡み合いの中で、その一つ一つがちゃんとした意味をもち、皆さんの魂を目覚めさせ、その可能性を引き出す上で意義があったことを、つぶさに理解なさるはずです。
――これからも無限に苦難の道が続くのでしょうか。
そうです。無限に続きます。何となれば、苦難の試練を経て初めて神性が開発されるからです。金塊がハンマーで砕かれ磨きをかけられて初めてあの輝きを見せるように、神性も苦難の試練を受けて初めて、強く逞しい輝きを見せるのです。
――そうなると死後に天国があるということが意味がないのではないでしょうか。
今日のあなたには天国のように思えることが、明日は天国とは思えなくなるものです。というのは、真の幸福というものは今より少し でも高いものを目指して努力するところにあるからです。
◆ 「思い通りにならないこと」こそが、この物質世界が生み出す価値の源ではないでしょうか。私たちは、「思い通りにならない」という価値ある現実の中で、いかに正しく苦悩しながら生き、普段は思い通りにならないからこそ時折出会うことができる「願いがかなうという喜び」を、いかに正しく味わって感謝するかということを、日々の人間生活の中で学んでいるのではないでしょうか。
私たちは、わざわざ、「思い通りにならない」という状況を体験し、この物質世界で人間として生きる人生の妙味を味わうために、自分の意志で、生まれてくることを選んだのです。
◆摂理は完璧であり自動的に働きます。誰1人として逃れられる者はいません。自由意志そのものすら摂理の1つであり、その働き具合は洞察力を具えた進化の階梯にある者には明瞭に看て取ることができます。
◆摂理に逆らった生き方をする人は、一個の人間であろうと大勢の集団であろうと、民族全体であろうと国家全体であろうと、いつかはその代償を支払わねばなりません。その摂理の働きが完璧であることは常々申し上げている通りです。その働きが人間の目には目えないことがあるかも知れません。しかし、原因と結果は必ず連鎖して働きます。摂理がそのようになっているのです。こうしたことは何度も申し上げてきたことです。摂理、大霊の摂理以外に何もありませんと改めて申し上げるのは、そういう理由からです。
◆大霊はあくまでも大霊です。宇宙の絶対的法則であり、その働きは完璧です。完全無欠性によって産み出されたものだからです。その完全無欠性から生まれた法則が万一機能しなくなったら、宇宙は大混乱を来します。大霊が予測しなかった事態が生じて創造機構の手直しを余儀なくさせられることがあるとしたら、大霊は完全無欠でなくなり、不完全ということになります。
“カルマ(因果律)による病気の存在”
地上世界は、前世でつくった悪いカルマの償いのために、さまざまな苦しみを体験する場所です。前世のカルマは、しばしば“病気の苦しみ”という形で現れますが、そうしたケースでは、一定の苦しみを経てカルマが清算されないかぎり病気が完治することはありません。 カルマが残っているうちは、どのような手段を講じても病気は治りません。これはスピリチュアリズムが明らかにした深遠な霊的事実です。
カルマが原因となっている病気は、将来どれほど医学が発達しても根治させることはできません。またどれほど優れた心霊治療家にかかっても治癒させることはできません。こうした霊的事実が分からないと、有名な心霊治療家を次々と渡り歩き、奇跡を求めて血眼(ちまなこ)になる、ということになってしまいます。
「カルマによって病気が発生する」という事実は、いかなる養生法や健康維持の努力をしても病気になることがある、ということを意味しています。病気による苦しみの体験が、その人の霊的成長にとって必要であるから病気になる、ということなのです。それは肉体の健康よりも、霊的成長の方がはるかに重要であるということを示しています。
カルマによる病気の場合は“何が何でも治そう”と焦ることは、かえってマイナスとなります。病気の苦しみを霊的成長にとって必要なものと受け止め、そこから教訓を学び取ろうとすることが大切です。病気は、カルマを帳消しにして霊的成長の道をリセットしてくれる、ありがたいチャンスなのです。
カルマは永遠の法則である。カルマの法則から自由になるのは人間でなくなった時。罪のない人間がどうしてこんな悲惨な世界に住んでいるのかな? 生長の家の哲学能力欠乏者の皆さん、答えて下さい。
生長の家の掲示板にも次のような批判があった。
12 :名無しさん@3周年:04/03/08 16:07
以前まで講習会に何度も行ってたが納得いかなかった。しかしシルバーバーチの霊訓を読んですべてが理解できた。所詮、生長の家も利益を目的としたそこら辺の宗教と同じだ。 生長の家の教義に納得が行かない人はシルバーバーチの霊訓を読んでみるといい。これほど完璧な真理は存在しない、とわかるはずだろうから。
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■全生命の生きる目的とは?
『宇宙人ユミットからの手紙』: ジャン・ピエール・プチ著より
全ての生命の生きる目的は宇宙の全ての生命の進化に貢献することである。宇宙は巨大な魂のネットワークで構成され、全ての生命は潜在意識を介して魂のネットワークで結ばれ、この情報が互いの進化に貢献している。人類は、地球という3次元の世界で、進化のための体験をしている。地球は地球人類の魂の学びのための体験場に過ぎない。体験の結果が「宇宙の集合的魂」の進化及び宇宙全体の進化に反映される。これが人間に与えられた生きる目的である。
各生命は、各々が自由な体験をすることにより、結果が魂のネットワークで集約された「宇宙の集合的魂」に収集され、良い結果が「宇宙の集合的魂」の進化及び宇宙のすべての魂の進化に結びつくことになる。これが生命体(魂)に与えられた生きる目的である。
動物・植物にも魂と心があり魂のネットワークで結ばれ、体験が進化に役立っており、それが植物、動物の生きる目的である。
また、地球を始めとした星も生命で、心(魂)を持っている。こうして全宇宙のすべての生物の魂はネットワークで結ばれ進化のシステムを作っている。次項の魂のネットワークで述べるが、残念なことに地球人類はこのネットワークに完全な形で繋がっていないのである。人類は1日も早く魂のネットワークに対して、潜在意識を通じてアクセスする方法を学ぶ必要がある。
●宇宙人ユミットの説
宇宙人ユミットは手紙で、フランスの科学者ジャン・ピエール・プチ氏に、アインシュタインの理論の一部訂正を教え、プチ氏は宇宙人ユミットから教えられた理論が実験結果と非常に整合し、正しさを立証していると、著書「宇宙人ユミットからの手紙」の中で述べている。また、このような高度な科学理論を知る人間は地球に存在するはずがなく、宇宙人の存在として考えざるを得ないと述べている。
宇宙人ユミットも全ての魂、つまり、地球上の生物はもとより、存在する全ての生命は魂のネットワークで結ばれ、互の進化に影響し合っているという。それが生命体の生きる目的である。
世界的な占星学者バーバラ・ハンド・クロウ氏も著書「プレアデス銀河の夜明け」の中で、同じ事を述べている。
●人類の生きる目的
人類の生きる目的は宗教から得られるものではない。現存の各宗教は、人類創造の主である宇宙人アヌンナキの教えを基に少しずつ変形したものと考えられる。人間の生きる目的は地球での体験により魂のネットワークを通じて宇宙全体の魂(全生命)の進化に貢献することである。
●魂のネットワークとは(宇宙人ユミットの説)
魂のネットワークとは宇宙の全ての生物の魂からの情報を集約し宇宙全体の進化を行うものである。
視床下部の希少原子=クリプトン原子が魂と肉体を結んでいる。これが魂とのいわばテレパシー通信である。そして、すべての魂を結び付けるため、ひとつの集約した魂が存在し、この原理で全ての人、全ての生物にテレパシーを送り続けている。この集約した魂を宇宙人ユミットは「宇宙の集合的魂」と呼んでいる。
この「宇宙の集合的魂」はあの世の世界である。あの世の世界は非物質的世界で、この世は物質からなる肉体という構造がある。ここで「死」とはクリプトン原子ネットワークが崩壊することである。
宇宙は発展途上にある巨大な生き物である。人間や全ての生物、全ての魂はあの世の世界の「宇宙の集合的魂」の目となり耳となり経験を蓄積している。あの世の世界の「宇宙の集合的魂」の進化に寄与することが全ての生命(魂)の生きる目的である。
●「宇宙の集合的魂」の役割
「宇宙の集合的魂」は全ての生物の進化をコントロールしている。各生物から集められた体験の結果が集約され、良い結果が生物の進化として各々の生物に送られる。
イエス・キリストはこのようにして「宇宙の集合的魂」から特別の進化が与えられた人間である。
上記は偉大な「宇宙の集合的魂」の仮説であるが、ならばこれを神と呼ぶべきか?「宇宙の集合的魂」は自然発生的に進化を司り、自分を崇高な存在として祭り上げられるのを好まないようである。偉大な力を持っていても、絶対的な神であることは望んでいないのであろう。その自然発生的に進化を起こすことが、とりもなおさず真の進化であるからである。まるで進化したコンピューターのような冷静さがある。